CHAPTER5 ビキニ激闘

 7月14日、最高気温30℃もある真夏日は海水浴やプールで遊ぶシーズンだ。フレデリックは次のキメラを造り出す計画を頭に浮かべながら自宅のプールに浸っている。意外にも悪魔と呼ばれる男にも娯楽はあるものだ。フレデリックはグラスにシャンパンゴールドを注ぎ、一口飲むと幹部の一人、アンソニーが現れる。

「何だ?貴様が先にスカーレットに宣戦布告をするつもりか?」

「そうそう。最初にあの女と戦えるのが僕なんて面白いじゃん?」

 アンソニーは30代ほどのアイルランド系アメリカ人。かつてアメリカを牛耳るマフィアに所属しており、そのマフィアは壊滅したものの、最後の生き残りとしてフレデリックと手を組んだのだった。軽い口調で話すがアンソニーはマフィアのトップだった実力者だ。

「ところでさ、僕にはどんなキメラにさしてくれるの?すっごい楽しみでさぁ」

「お前には蜂の遺伝子を用意した。蜂人間になれば、猛毒を持つスズメバチすら使役できる」

「へぇ、面白いじゃん?特に今の時期なら蜂使い放題じゃん」

 蜂人間になると全身から蜂を使役できる微弱な波動を出せるようになり、その波動から蜂の脳に刺激させて従わせるものだ。特に蜂は黒い物に対して攻撃対象になりやすいため、全身黒尽くめのスカーレットなら尚更蜂が襲ってくる。フレデリックはプールから上がると例の蜂遺伝子を組み込んだ液体をアンソニーに見せた。まずフレデリックは人間の運動能力を格段に向上させる薬品"ROBOTICS"を開発し、薬品に蜂の遺伝子を融合させ、それを人間に打つ形でキメラ人間に変えてしまうという発明だ。蜂以外にもスカーレットが戦ったカマキリ男のようにカマキリの遺伝子、その他諸々の生物の遺伝子を融合させることができる。しかしROBOTICS自体には人体に悪影響が多く、肉体と精神が優れていない者が使用すると死に至るほど凶悪なものだ。だが欠陥品ではなく、ROBOTICSと遺伝子を最大限の能力を発揮させるための造りである。

「お前ならこいつに適合できるだろう」

「早速使っちゃうよ?あのスカーレット、殺しちゃうよ?」

 アンソニーは勢いのまま首筋に注射を打った。だが打った直後に起こったのは激しい痛みと胸の動悸だった。

「何だこれは…?グゥ!う…うわぁ~!!」

 10秒以上叫ぶと痛みがなくなったのか、すぐ落ち着きを取り戻した。

「ハハハハハハ…最高だよこの感覚!痛みすら気持ち良いよ!」

 アンソニーは右手を天に上げて「蜂よ来い」と心の中で言うと、飛んでいたスズメバチが数匹集まって来た。フレデリックが言っていたことは本当だったのだ。試しにフレデリックの家で家政婦をしている女性を襲うように指示すると、一目散に蜂は襲いかかった。

「きゃあー!蜂!?痛い…痛い…助けて!」

 全身を刺され続けた女性はアナフィラキシーショックによって命を落とした。

「ごめんね?家政婦殺しちゃった」

「構わん、どうせゴミのような命だ」

「やっぱりあんた残酷ぅ〜!痺れるよ」

 やはりDAという組織は人間ではなく悪魔の集まる集団だ。蜂男となったアンソニーはフレデリックのもとから離れ、スカーレットを探しに行くのだった。


「おはよう、泊めてくれてありがとな」

 スカーレットの家で目を覚ましたポールは長い髪を縛りながら彼女のもとへ歩み寄る。今日はどんな朝ご飯を作っているのだろうかとキッチンを覗く。だがキッチンを覗く前にほんのりと甘い匂いが鼻を抜ける。今日のメニューはフレンチトーストだ。

「いつ出来るんだ?腹減った」

 ポールは早く食べた過ぎてずっと彼女の側にいる。

「ちょっと焦らないで!もうすぐできるわよ」

 その言葉と共に彼女はフレンチトーストを皿に盛り付けた。できあがったフレンチトーストには苺とバナナが添えられている。ポールはテーブルに出された途端食欲のまま一口。甘すぎず、いくらでも食べたくなる味で昨日に引き続きほっぺたが落ちた。

「美味すぎる…フレンチトーストなんて何年ぶりだ?」

「美味しい?気に入ってくれたなら良かったわ」

 甘すぎないフレンチトーストと苺を一緒に食べれば甘酸っぱい味わい。バナナと一緒に食べればフレンチトーストがより甘くなって美味い。楽しく食事をしているとき、彼女はテレビをつけると朝のニュースを見た。報道されていたのはここ数日でスズメバチが大量に街中を飛び、さらに被害が報告されているというものだった。

「続いてのニュースです。昨日よりスズメバチの大量発生が報告されています。既に負傷者、死亡者など続出されている模様であります。警察は誰かが意図的にスズメバチを逃がしたとみて捜査を続けております」

 スズメバチの大量発生を受けて世間はかなり騒がしい状態だ。夏休みのシーズンでも学生たちは外で遊ぶことは危険とされ、さらに食材を買いに行こうにもスズメバチの恐怖からペンシルベニア州は早くもゴーストタウンの一歩手前だ。

「なあスカーレットさん、スズメバチが大量発生って、これは偶然なのかな?」

 少し考え過ぎかもしれないと思ったが、彼女の頭には思い当たる節があった。数日前に戦ったカマキリのような男のことを思い出した。

「いいえ、多分偶然じゃないわ。私が前戦ったカマキリみたいな奴、おそらくDAは蜂のような奴を生み出したんだわ。それにしても困ったわね…」

「蜂なんて誰でも刺される可能性があるよな?特にあんた全身黒尽くめでマジで刺されまくるぞ?」

「そのことなら大丈夫だわ。そのときは裸で戦えばいい」

「いや何考えてるんだよ!?裸…は?」

「冗談だわ。けど戦う場所は考えなきゃいけないわね。なるべく蜂が入ってこれない場所」

 あらゆる考察を巡らせながら朝食を食べ終わり、今は大量発生している蜂の対処を考えなきゃならないため、洗い物はまた帰ったらやろうと決めた。寝間着からいつもの黒尽くめ衣装に着替え、ポールも急いで支度を済ませる。

「えっと、靴下は?」

「いらないわそんなもの。邪魔だし大嫌い」

 やはり彼女は一切靴下は履かず、いつも愛用しているローファーパンプスを履いた。

「助手席に乗って」

 ラングラーのエンジンをかけ、蜂が入ってこないように窓は全て締めた。セーフハウスに向かっている最中に外を見ると今のところ蜂は突進してこないが、空はスズメバチ以外の蜂も飛び回っている。

「こんな数の蜂が飛んでるとみんなパニックになるもんだ。一体誰が?」

「DAの仕業なのは間違いないわ。今は考えている暇はない。早くアンドリューと作戦会議しないと被害が増えちゃうわ」

 飛び回る蜂を眺めていたが、鑑賞に浸っている暇はない。セーフハウスに着くとアンドリューが待っていた。どうやらアンドリューも今回の件を重く見ているようだ。

「待ってたぞ。知ってるかもしれないが、既に多くの人が刺されてる」

 珍しくアンドリューが人命を考えているような発言をしているようで彼女は驚いた。だがアンドリューはボスのカサンドラと違ってそこまで"結果"のみを求めることはしない。自分では「優しくない」と言っているが、彼女からしたらかなりのお人好しだ。

「珍しいわね?あなたが一般人の被害を考えるなんて。ある意味あなたらしいわ」

 彼女に見透かされたのかアンドリューは顔を赤くした。

「うっ、うるせぇわ。ただ蜂がそこら中飛んでて落ち着かないだけだ」

「キャプテン、教えてください。一体蜂の大量発生は誰の仕業なんですか?」

 さっきまでずっと黙っていたポールはアンドリューに尋ねてみた。組織では調べはついているのだろうか?

「蜂を使役しているのは誰かはわからない。ただ確かなことがあるんだ。これを見てくれ」

 アンドリューが取り出したのは蜂による被害が発生した場所が記しされた地図だ。その地図に記されていたのは被害が主に発生している地域には銀行や警察署など、人々の生活を支える場所に集中していた。その日その日で発生している場所は広い範囲ではなく、その一点に集中することは本来はおかしな話だ。警察署を襲うのはおそらく組織に介入してくる邪魔者を排除するため、銀行を襲う理由は組織の運営にも金がいるのだろう。そのために銀行を蜂で襲撃し、混乱している隙に金を強奪するのだろう。

「おそらく次に襲われそうな銀行はこの区域のどこかだ。しかし相手は猛毒のスズメバチ、スカーレット、どうやって戦うつもりだ?」

「確かにこんな格好なら蜂が寄ってきちゃうわね。裸にでもなって戦おうかしら?」

 彼女は本当に裸でスズメバチと戦うのだろうか?という疑問が勿論アンドリューとポールに生まれ、二人は顔を合わせて顔を真っ赤にした。

「本当に全裸になるつもりはないわ。せめて水着に…ん?待って」

「どうかしたのか」

 彼女にどんな案が生まれたのだろうか?その瞬間閃いた!という顔を浮かべ、再び地図を見た。

「次に襲ってきそうな銀行の近くって、地区ではかなり大きめのプールがあるわよね!?」

「あぁ…確かにあるが?それがどうかしたのか?」

「それよ!スズメバチは敵とみなした者に一目散と襲いかかるけど、水の中までは基本襲ってくることはないわ。息継ぎを繰り返しながら戦うのが多分有効よ」

 確かに蜂は水の中まで入ってくる習性はなく、彼女の閃きは確かに有効手段だ。だが夏休みのシーズンは親子連れや学生などが多く利用する大型のプールだ。

「えっ?てことは、あんたビキニになるの…?」

「そうよ?流石にこの服で水に入ったら身体重くなっちゃうからね」

「本当に?」

 ポールは蜂の対処より彼女のビキニを見たい気持ちの方がいっぱいになり、彼女にバレないよう興奮する気持ちを必死で抑えた。

「見たいならせめて私のスピードに追てくることね」

 そういうと彼女はその大型プールがある側の銀行へ向かうべく、またラングラーのエンジンをかける。1時間しか車のエンジンをかけていない状態でも車内はかなり暑く、すかさず冷房の出力を最大にする。

「つーかアチィよ!この時期に蜂を相手とかキツ過ぎるぜ!」

「嫌なら離脱してもいいのよ?」

「いや、冗談だよ」

 セーフハウスから次の目星の銀行までは車で2時間はかかる。彼女はこれまで暗殺者になった経緯を話したりしたが、身の丈を語る必要がなければもう世間ばなしだけだ。

「なぁ、そういえば好きな食べ物って何だ?」

 ポールは初めて彼女のプライベートを尋ねてみた。ポールにとってスカーレットは「恐い女性暗殺者」であるが、普通に見ればただの美しい女性。恋心を抱いても全く不思議なことじゃない。ポールは今まで恋をしたことがなかったため、当然女性と会話することにも慣れず、彼女への質問もどこか変だ。

「ハンバーグかな。子供の頃から好きよ」

「ハンバーグ、意外だな?」

「そう?私はお肉好きよ」

 彼女がスレンダーなのは肉を食べているからなのだろうか?答えはNOだろう。普通に考えてみれば彼女が作る料理は栄養バランスが抜群に良く、偏食がないことであろう。

「逆に嫌いな食べ物は?」

「パクチー!」

 何故か嫌いな食べ物については張った声で言ったためポールは少しビクッと驚いた。彼女にも嫌いな食べ物があるのかと意外な心境だ。

「あのプールが見えてきたわね。そろそろ奴らが動き出すかもしれない、用心しなさい!」

「勿論だ、それより服の下って?」

「内緒!」

 さりげなくビキニを着ているのかを聞こうとしたが、やはり彼女は教えてくれなかった。


 同刻Green Roseのセーフハウス内、アンドリューはDAの工作員のプロフィールや経歴などの資料を読み漁っていた。だが下っ端構成員のプロフィールだけでは組織の根っこまで辿り着くのはやはり難しかった。ボスのカサンドラの意見も聞いておきたい気持ちでいっぱいであるが、カサンドラは顔もわからなければ戦闘力も未知数であるため、機嫌を損なえば何をされるかわからないという恐怖もあった。しかしアンドリューは組織の副長であって階級はトップ2だ。だが彼にはどうしてもカサンドラを恐れる理由があった。カサンドラと直接会ったこともないが、彼が戦って唯一勝てなかった相手はスカーレットだ。まだ20代という若さの女性に負けた経験は彼にとって大きくプライドを傷付けられたこと、そのことから戦闘力が未知数のカサンドラなんて相手にできるはずがないと考えてしまっている。

 頭が混乱する中、一人の男がアンドリューに話しかけてきた。男の名はマルコ、23歳。2年前に組織に入ってきた新入工作員だ。

「キャプテンさ、あのスカーレットって女…何者なんだ?女のくせに気に障るんだよな…」

「おいっ…いつも言っているが口の利き方には気を付けろよ?」

 マルコは組織に入った頃から横柄な態度が目立ち、特に同期に対してはかなり口が悪い。確かにマルコは抜群の運動神経と身体能力を持っているが、組織に入ってから"向上させる"という努力を一切せず、そのくせ訓練中に誰かがミスをすると常にマウントを取って罵るという態度の悪さだ。マルコにとって上下関係はまるでないが、カサンドラにはボスと呼び、アンドリューにはキャプテンと呼んでいるため、最低限の上下関係は認識している模様である。

「俺はな、あいつにだけは勝てなかったんだ。長年殺し屋をやってきたなかで、初めて俺は負けるということを経験した」

「マジかよ~?キャプテンが女に負けたのか!」

 アンドリューはどこか悔しそうな顔を浮かべて自分にとって恥ずかしい経験を話したが、その様子を見てマルコは煽り始めた。そして調子に乗ったマルコがアンドリューの心臓目掛けてナイフを突き刺す!

「何のつもりだ?テメェ誰に向かってやってるかわかってんだよなぁ…?」

 だが突き刺したつもりがアンドリューの胸には全く届いていない。そしてマルコの右腕はあり得ない方向に曲がる。このまま曲げれば一生使えなくなるだろう。

「別になぁ、誰にムカつくとかスカーレットにムカつくとかは自由だ…けどな、そうやって努力もせず勝手に自分の不満ばっか押し付けんじゃねぇぞ!」

「グゥゥ…!クソっ!離しやがれ!」

 約1分は右腕を曲げ続けられただろう。やっと離されたマルコはそれ以上は何も言わず、鬼の形相を向けたまま去っていった。

「マルコ…何があいつの不満を生んでるんだ?」

 DAのことは勿論わからないが、それと同等にマルコの黒い感情もアンドリューにとって不可思議だ。だがマルコはただ単に嫉妬深く、周りに追い越されることに劣等感を抱いているだけだと自分に言い聞かせるしかなかった。だがアンドリューはマルコが企てる悪魔の計画にこの頃気付いていなかった。


 スカーレットは車をプールの駐車場に停めたのは丁度昼過ぎの13時だ。プールからは「ワァ〜」と子供たちの楽しむ声がこだまする。ペンシルベニア州を代表する大型プール施設"Big LAGOON"は軽く200人以上のお客さんが遊んでおり、特に昼過ぎのため既にランチを終えたお客さんが大多数だ。競泳用のプールに円形の流れるプール、さらに大型のウォータースライダーが2箇所もある。勿論ウォータースライダーには年齢制限と身長制限があるが、それでも小さい子供も沢山遊べるプールがあって誰もが好奇心を持つだろう。

 彼女はこんな賑やかなプールを戦いの場にすることは本来したくない気持ちでいっぱいだが、これも蜂の被害を食い止めるためだと言い聞かせるしかなかった。たとえ最強天才のスカーレットでも猛毒を持つスズメバチに刺されればひとたまりもない。

「なぁ、Big LAGOONに避難の連絡した方がいいのか?」

「いいぇ、避難させるにしたらまだの方がいいわ。Big LAGOONの側のライト銀行、まずそこに網を張って犯人を誘き寄せるわ」

 この頃の時間は14時前。銀行の窓口が閉まるのはあと1時間後だ。まだ銀行が襲撃されたという情報も入っていないため、来るならまさしく今の時間だ。彼女とポールは車から降りると、彼女は蜂が飛ぶブゥ〜ンの微かな音を聞き取り、どうやら斜め右後ろから来ている。

「ま・さ・か、犯人から私に会いに来てくれるなんてね。光栄よ?」

 やはりDAに彼女の顔は割れていた。アンソニーはライト銀行を襲撃する予定でいたが、彼女が乗るラングラーを見付けた途端に計画を変更したのだった。彼女はBig LAGOONにすぐ誘き出そうとしたが、彼女でもアンソニーが無表情で蜂を操るのには流石に気付くことができず、奴の攻撃が一足早かった。それに彼女は黒尽くめのため一目散にスズメバチが襲いかかる!何とか持っているバックをブンブン振って蜂を遠ざける。

「(蜂を操っているときは私に向けて刺さねばと焦ってて周りが見えていないかもしれない。だったらその瞬間に攻撃して隙を作るしかない)甘いわね…」

 その一言の直後目にも止まらぬスピードで彼女の銃が発射された!

「(スカーレットさん…いつ銃を抜いたんだ?)」

 彼女の一発はアンソニーの右股に命中。そして一瞬の隙ができたため再びプールへと向かう。だが焦って激昂したアンソニーは標的を近くを歩いている通行人の女性に向けてしまう!

「マズイ!早く逃げて!」

 彼女は何とか女性に大声で逃げるよう注意するが、コンマ1秒反応が遅れてしまう。

「えっ?」

 女性は軽く5箇所刺されてしまい、アナフィラキシーショックを起こしかけている。マズイ…既に呼吸も荒くなっている。彼女はサブで装備していた煙幕ビンを投げてアンソニーを目眩ましにし、すかさず女性にかけよる。

「大丈夫ですか?聞こえますか…?」

 何とか反応できているが、呂律が回らない。早く処置しなきゃ命が危ない。蜂対策に持っていた抗ヒスタミン薬を細かく患部に塗りたくり、救急車の手配を瞬時に済ませる。

「20分ほどで救急車が来るわ。私は予定通りあいつをBig LAGOONまで誘い出す。この人を見守ってて、あとそれと避難連絡、頼むわよ!」

「ああっちょっと!ビ…ビキニ…」

 ビキニが見たかったと言いたかったが言う前に彼女は去っていってしまった。だが何より人命救助が優先のため、これも彼女から与えられたミッションだと素直に受け止め、被害女性を見守ることにし、Big LAGOONにお客さんと従業員の避難勧告をした。

「ヘイっ!こっちよ!」

 彼女は口笛と拍手でアンソニーを挑発するように誘導し、人体に影響が出ないように閃光手榴弾をプール付近に爆発させ、いかにも外で争いごとが起きていますというサインを出した。閃光手榴弾は直視すると確実に視力に影響が出てしまうのもあるが、170デシベルもの爆音が発生する。これは飛行機のジェットエンジンに相当する爆音だ。プールにいた人たちは閃光手榴弾の爆音を聞いたが、彼女の徹底した配慮によって誰も人体に悪影響は出なかった。彼女の想定通り閃光手榴弾の音とポールによる避難勧告によって争いが起きているとプールの利用者が認識し、少し荒業ではあったが避難させることに成功する。だがプールなら当然皆は水着姿、裸足で逃げた。彼女がアンソニーを誘き出したときは既に全員避難していたため、これで周りを気にせずに戦える。

「よくも僕の顔に泥塗ってくれたねぇ…ここで絶対に殺す!」

 彼女は予定通り服とパンツを脱ぎ、下に着ていたピンクのビキニを露わにする。あのスレンダーボディのビキニ姿をポールが見たいと思うのは当然だろう。

「貴様…どういうつもりだ?」

「あなたにとって有利でしょ?さあ、早くかかって来なよ」

 挑発に再び乗ったアンソニーはスズメバチを彼女に放つ!しかし彼女は冷静にプールへダイブする。

「何!貴様…」

 彼女の想定通りスズメバチはプールの中まで入ってこない。彼女は泳ぐセンスも一流であるためアンソニーは水の中にいる彼女をグロッグ18cで狙い撃とうとするが奴は射撃が得意ではないようだ。さらに水の中にいる彼女はボヤケて見えるためうまく視認もできない。彼女は息が続く限り潜り、そしてプールから出るとすかさず銃を撃ち両腕の機能を完全に潰す。そして隙が生まれると彼女の右ハイキックが炸裂!

「痛っ…!」

 やはり足元は裸足であって防御されていないため、初めてアンソニーのスズメバチに刺された。幸い足の裏ではないが親指と人差し指の間に刺されればやっぱり痛いものだ。彼女のハイキックをもろに受けたアンソニーは大きく仰け反り、立ち上がろうとするが右股と両腕を撃たれてもう立てる気力も残っていない。彼女は予め装備していた燃焼手榴弾をアンソニーのパンツの中へ静かに放り込むのだった。

「あなたの可愛いペットごと焼け死になさい…」

 燃焼手榴弾が発火するとアンソニーは抵抗もできず火ダルマになる。火を消そうにも水の中まで辿り着けず、周りに使役していたスズメバチ諸共焼け死んだ。

「ハァ…ハァ…終わったのか?」

 役目を終えたポールはギリギリのところでビキニを見れた。ほぼ裸の身体を見ても彼女に怪我をした痕跡が一切見られず、少し遠くを見たらアンソニーの焼死体が転がっていた。

「あんた、どこも怪我ないのか?」

「えぇ、足だけ蜂に刺されちゃったけど、他は何てことないわ」

 ポールは彼女が蜂に一発刺されただけで他に傷を負わずアンソニーを倒したほどの強さに感心したのと、彼女のビキニ姿に見惚れているでしばらく彼女を眺めていた。

「ちょっといつまで見てるのよ?そろそろ服着たいわ」

 彼女はビキニが濡れたまんまだが、軽く拭き取って服を着る。やっぱり乾いていないためか着心地が悪い。

 彼女とアンソニーの戦いから約1時間後、アンソニーの遺体はGreen Roseに回収されたが、翌日Green LAGOON側はアメニティを一部壊されていたため従業員も昨日利用していたお客さんもニュースを見て何が起こったのかと混乱している。彼女は匿名でGreen LAGOONに損失の補填と迷惑料を含めた35万ドルを支払い、戦いの場にしたことをお金だけで解決することはできないかもしれないが、彼女にとって唯一の償いをしたのだった。


「そうか、アンソニーが死んだか」

「はい、どうやらあの女に殺されたようです」

 フレデリックは部下からアンソニーの死を告げられているが、眉一つ動かしていない。むしろ障害が一つなくなったと心の中で歓喜している。

「あくまでやつらは私の最高傑作を生み出すための余興だ。最高の時間稼ぎなんだよ…」

「いえですが、彼らはボスのために…」

 部下はフレデリックに幹部がいることの重要性を説明しようとするが、説明する前に頭を撃ち抜かれる。

「黙れ…私は私しか信用しない。人を信用した結果、私は大切なものを失ったからなぁ」

 フレデリックは少し言葉が漏れてしまった。

「皮肉だなぁ…こうでもしなきゃ償えないなんて」

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