CHAPTER4 記憶

 スカーレットはポールを連れて自宅に戻っていた。ポールは彼女の自室を眺めるが、広いのに置いてある家具などが少ないことに不思議がっている。スリッパを出してくれたが、彼女はローファーを脱ぐと既に裸足で歩いている。彼はソファに座り、ただ興味深そうに部屋の周辺を眺める。不思議なことに部屋に家族写真などは飾られていなかったが、一つ飾られていた写真は彼女が高校生の頃に撮られたものだろう。真ん中に彼女が写っており、両サイドに女子生徒が一人ずつ写ったスリーショットでは笑顔でピースしている。他でコレクションに飾っているのは赤ワインのコレクターのみだった。そんな彼女はキッチンへ入り、何か料理を作り始めた。

「どうして私がGreen Roseに入ったか、までだったわね?」

「そうだ、あんたみたいな女性が、どうして裏社会に入ったかだ」

 彼女は身の丈を語りながら器用に料理を続ける。

「私の両親は私が17歳のときに、通り魔に殺されたの。それも後ろから突然刺されてね…」

 彼は彼女も自身と同じように育ての親を殺害されたという過去が共通していることに驚き、彼女はまた語り続ける。

「私のバイト代だけじゃ生活ができなくて、住んでた家も追い出される前に出たの。あっという間にお金がなくなった私は、どこか泊めてくれるところがないか探し回った。いつだったかな?歩いてたら私に声を掛けた人がいたの。あのアンドリューよ」

 彼女を組織に誘ったのはやはりカサンドラではなかった。アンドリューとはGreen Roseの副リーダーの立ち位置にいる男性で、大戦力の一人だ。

「小娘、行く宛がないならうちに来るか?」

「うち?一体どこに連れてくっていうの?」

「着いてからじゃなきゃ詳しいことは言えない」

 彼女は小さく首を縦に振ると、アンドリューの車の助手席に乗って約1時間走った。着いた場所が今のセーフハウスであり、大きい施設のわりに他の人はほとんど出入りしていなかった。

「単刀直入にいうが、俺らは暗殺者集団だ。とりあえずはここで泊めてやる。組織に入るか入らないかはお前が決めろ。だがこれだけは忘れるな。どちらの選択をしてもこの場所を決して外に漏らすな」

 彼女は一瞬にして、このセーフハウス以前に組織での活動も極秘裏に行っていることだと悟り、入るか入らないかの選択肢を与えられても場所を知ってしまっては何故か入らないという選択肢は既になくなっており、彼女にもう迷いはなかった。

「入るわ。私に他の選択肢なんてない」

「いいのか?組織に入った以上、今日から貴様は殺し屋だ。世間からは後ろ指を刺される存在になるぞ。それでも覚悟があるか?」

 そう問われた彼女は深く頷き、契約書にサインをし、押印は自分で指を切った傷で押したのだった。

 スカーレット・グリフィンという天才暗殺者とは様々な努力を積み重ねて形成されていった本来の姿だ。組織に入ったばかりの彼女は当時17歳。高校2年生だった。長く厳しい訓練と、過酷な任務。彼女はとてつもないスピードで戦闘力を身に付けていき、アンドリューですら舌を巻いた。組織での訓練をこなしながら高校を卒業し、大学受験に合格していたが辞退した。彼女が20歳を迎えた頃、アンドリューにあることを言い出した。

「アンドリュー、そろそろ私を暗殺任務に連れてってよ。私に任せた方が、そっちだって仕事がスムーズに進むでしょ?」

 彼女はまるで挑発するようにそう告げ、そこまで強く言われたことがないアンドリューも思わず目を見開いた。彼女がこなしていたのはあくまで戦闘任務で暗殺ではない。だがアンドリューにはまだ彼女が単独で暗殺に赴くのはまだ早いとも感じていた。戦闘と暗殺とでは全く要領が異なり、暗殺ミッションとは隠密行動であり、誰にも任務を悟られてはならない。それでも彼女の答えは既に決まっていた。

「いいえ、暗殺は私だからこそできること。この組織の中で、誰よりもうまくやってみせるわ」

 自信満々に彼女は言っているが、不安感の方が強いだろう。だが彼女の戦闘力はアンドリューすら凌駕し、僅か20歳にして最強戦力となっている。その並外れた実力なら暗殺においてもほぼ100%最強になるに違いないとアンドリューも考えた末、彼女に任務を許可する。

「わかった、だが暗殺とは隠密行動だ。誰にも任務のことを知られてはならない。しかし任務を遂行するための暗殺ならどんな手段を用いてかまわない」

 その言葉を聞いた彼女は小さく微笑み、密かにカスタムを施していたUSPとワイヤーを手に取る。

「お前、その装備だけで行くつもりか?」

「ええ、私にとって重装備は邪魔でしかない。それと、なるべく銃は使わずに終わらせるわ。この銃はあくまでも緊急用よ」

 暗殺任務なら本来遠くから射殺することを考慮してスナイパーライフルも持っていくべきだが、彼女の装備は明らかに軽装だ。敵に見つかって戦闘にでもなれば圧倒的に不利だが、彼女にはステルスにも自信があった。

「ところで、私に任せたいターゲットはどこの誰なの?」

 アンドリューは一枚の写真とターゲットが普段潜伏している場所の地図を見せ始めた。

「今回のターゲットがいるのは日本の京都府だ。四季折々、神社や寺などで多くの観光客を集める賑わいの場所だ」

「京都、平和そのもののような地に、組織が目を付けるような奴がいるなんて…」

 彼女はどこか京都に関して興味深そうだ。日本とはアメリカとは違う古風な文化にとても興味があり、特に京都で芸を見せる"舞妓さん"が彼女にとって美しい存在だ。時期によって京都は観光客の多さが左右される場所であるため、彼女は少しだけ首を傾げた。

「どうした?問題でもあるのか?」

「いいえ、ただ京都は多くの観光客がいる。なるべく人気のない所で仕留めるべきだと考えただけ」

「待て、暗殺はそこまで気にしてはいられない。時間がかかる分被害も増えるぞ?」

「それでも、人が殺された瞬間、現場!全く無関係の人に恐怖を植え付けても問題ないと言うの?」

 そう彼女に問われたアンドリューは返す言葉が出なかった。

「わかった、今回は全てお前に任せる。ただし、下手な情は持つな。暗殺に優しさはいらない」

「取り敢えず、ターゲットの名前と職業の情報だけ私のスマホに送って」

 背中を向けて去っていく彼女にアンドリューはひたすら説得を繰り返すが、既に彼女は聞き流していた。彼女はパスポートの発行や航空券の予約などの手続きを自分で済ませ、京都に着いた頃は4月のことだった。

 2019年4月15日、この時期の京都は多くの中学生たちの修学旅行が重なっていた。他の観光客に続き、中学生と合わせると相当な人数だ。超有名観光スポットで一体誰が彼女のターゲットなのだろうか?

「スカーレット、聞こえるか?現地には到着したのか?」

「ええ、無事に着いたけど、中学生の修学旅行が不運にも重なったわ」

「いいか?前も言ったが、暗殺に優しさは…」

 アンドリューは電話でまた説得しようとするも速攻電話を切られ、さらに着信拒否までされる始末だ。本来ならもっと強く言いたいところだが、アンドリューは彼女との戦いで負けてしまっている。そんな過去から彼女の強さに恐れを抱いているからだ。アンドリューは仕方なく彼女の意向に従うことにし、これ以上首を突っ込むこともなかった。着信拒否こそされたが、組織のアカウントから彼女のスマホにターゲットの詳細を送る。

 肝心のターゲットだが、相手は何と京都府警察署の署長だった。さらにその娘もターゲットの一人のため、併せて二人。問題の警察署長の名は"新田俊明"、その娘は"聡美"。二人が行っている悪事はこうだ。まず俊明は京都府警察署の署長として周囲からの信頼も厚いが、それはあくまで表の顔の話。裏の顔はただの異常者だ。警察学校を経て警察官になった直後、奴は警視総監である父親の権力を使って女性たちに次々と婦女暴行を繰り返し、逃げようとするのなら殺害して揉み消すという悪行を繰り返した。2019年の時点で45歳だが、若くして警察署長になったのは親の権力もあるが、最もは事件の検挙数だ。しかし真相は無罪の人たちを次々と犯人に仕立て上げ、虚偽の実績を重ねる形で信頼を得るというあまりに卑怯な手だった。そこでどうして娘の聡美までがターゲットかというと、もし警察署内で父親の悪行を知ろうとする者がいた場合、その人に色仕掛けやハニートラップを駆使して殺害するという重罪を犯しているからだ。一方警視総監は既に病気で他界しているため、もし存命なら彼女のターゲットになる存在なのは間違いない。

 この数ヶ月は連続女性殺人に警察関係者二人が無惨にも殺害された事件をキッカケに京都は警察官らが犯人逮捕のためにパトロールを強化していた。犯人が警察署長であることを知らない人々は恐怖に震えながらも、いつものように賑わっている。やがて祇園へ辿り着くと、ずっと美しい存在だと感じていた舞妓さんが外国人観光客である舞妓さんが話しかけた。「おこしやす」と彼女へ話しかけ、テレビではわからない美しさを感じ、思わず息を呑んだ。

「ホント美しいわ…」

 舞妓さんとは夢を叶えるために日々頑張っている人たちだ。なら一刻も早く恐怖から救わなければならないと彼女は頭を回転させる。そこで彼女はある案を思い付く。今は観光スポットを中心に私服警官らがパトロールを強化している。彼女はれっきとしたアメリカ人ではあるが、顔立ちは完全にアメリカ人寄りではない。そこで彼女は髪色を黒くするスプレーを使用し、いつもなら下ろしている髪をポニーテールに変えた。さらにカラーコンタクトを使用することにより瞳の色を日本人寄りにすることによってアメリカ人女性から日本人女性へと大変身。そしてGreen Roseの力で造った警察手帳に名前を"牧田すみれ"巡査部長とすることにより、自身も私服警官としてパトロールしつつ、観光客が少ない時間帯や署長が出向くタイミングを炙り出す計画に移す。彼女はまだ20歳だが、本来その若さで巡査部長なのはありえないのため、年齢も8歳サバ読みする。翌日の16日、今彼女がいる場所は清水寺付近だ。彼女は1日中ほとんど休憩せず、水だけを飲んで五感を研ぎ澄ませる。そして午後の時間、ついに署長が姿を現した。やはり表の顔は善人のような顔だ。

「人はみかけによらずってのはこのことね…府警の人、騙されて可哀想に…」

 調査を通してわかったことはいくつかあり、まず夕方から夜にかけて帰宅と帰省ラッシュ。問題の署長は意外なことに警察署にはほとんどいない。そうとなればターゲットを仕留めるのは夜前の時間帯か、署長が飲みに行くタイミングのどちらかに絞られた。やはり修学旅行生が行き交う時間で殺してしまうと幼い心にトラウマを植え付けることになってしまうため、それだけはどうしても避けたい。

「こんな賑やかな場所で殺人事件が絶えないなんて許せない。こうなったら私だけでもおとりになれば…」

「そんな真似はやめなさい…あなたはまだ若いわ」

 一人の女性刑事がつい彼女に聞こえるボリュームで独り言を言ってしまったのだろう。

「あなたは誰?よく見たら、あなたのような刑事さんは初めて見るわ」

「私は牧田すみれ、アメリカとのハーフってとこね」

「それはいいけどいきなり何よ?そんな真似やめなさいとか初対面の人に言われても…」

 いきなりそう言われれば確かに誰もが戸惑いを見せるが、彼女はどうしても女性を止めたかった。しかし現時点では巡査部長牧田すみれであってスカーレット・グリフィンではない。正体を明かすことはできないが、牧田すみれとして今は生きればいい。

「この写真見て」

「これって、1月に起きた殺人事件現場…でも待って!この写真は、見た覚えないわ」

 今彼女が見せている写真は警察署に人があまりいない時間帯に署長室から抜き取った一枚だ。それはよく見る被害者の殺人現場を写した写真で、4ヶ月前の年明け頃、大阪市内の路地裏で殺害された"持田涼子"33歳。死因は首を腕で絞められたことによる窒息と頚椎骨折だ。その写真の問題点は、被害者女性の手には警察の階級章が握られているからだった。それは犯人が警察関係者であることを裏付ける証拠だ。

「牧田さん、一体その写真どこから?」

「この前署長に用があって署長室に行ったけど不在だったの。そしたらこの写真が…」

「でもヤバいわ!この写真持ってる限り誰かに狙われるわ。牧田さんこそ危ない目に…」

「大丈夫、私はこれでも武芸百般なの!」

 そう言って興奮する女性を慰めた。

「それよりあなたの名前聞いてなかった」

「私は秋本光莉よ。ねぇ、初対面の人にこんな事言うのはあれなんだけど…聞いてくれる?」

「何でも言って。私こそ信じられない話ばっかりしちゃったし」

「今夜、私の家に泊まってかない?最近仕事に熱中するあまり彼氏と別れちゃって…」

「お安い御用よ!」

「家に行く前に是非京都の名物食べてほしいな!せっかくだから」

 その日の夜は光莉宅に宿泊することにしたが、まずはご飯を食べよう。光莉に案内されて着いた店は牛カツの専門店だった。アメリカでは牛肉をよく食べるが、彼女の好きなハンバーグが牛100%でもカツにした牛肉はまだ食べたことがなかった。光莉も肉が好きなようだ。

「私は牛カツ定食で、ご飯大盛りにしちゃお!すみれちゃんは?」

「うぅ〜ん、そうねぇ。私も同じのでいいかな?ご飯も大盛りで」

「かしこまりました。牛カツ定食ご飯を大盛りお二つでお間違いないでしょうか?」

 2人はイエスと答えた。そしてしばらく待っていると料理が提供された。牛カツの中身は赤みが残るレア、備え付けはキャベツと汁物は味噌汁。2人共ご飯大盛りだがこの店はご飯のお替りが無料という嬉しいシステムだ。

「アメリカで食べた牛ステーキも美味しいけど、牛肉のカツも新鮮で美味しいわね!」

 彼女はカツが美味しすぎて大盛りのご飯を2杯平らげたが、光莉はもっと凄く大盛り3杯も平らげた。

「はぁ美味しかったねすみれちゃん!ここは奢るわよ」

「そんないいよ?私払うよ」

「いいよいいよ!私が誘ったんだからさ」

「そこまで言うなら…甘えちゃうよ?」

 光莉は満面の笑みで席を立つと、2人合わせて5000円の会計を済ませ、彼女を家まで案内する。光莉の家は賃貸、京都市内のマンションの一室で、女性らしくピンク色の部屋だ。

「何か飲む?ビールと、あっワインあるわ」

「ワインを1杯貰おうかな」

 彼女はビールよりワインを選択した。彼女が20歳の誕生日を迎えた日に初めて飲んだお酒がワインだった。それ以来赤ワインを愛飲している。彼女以上に光莉の方が飲み過ぎて酔っているが、アルコールに強いのか少しだけ会話が難しい程度だった。その後順番でシャワーを浴び、二人は寝間着になった。

「忘れてた、私の家シングルベッドだった。抱き合っちゃう?」

「光莉ちゃんっ、けっこう積極的ね?」

 そう光莉に言われた彼女は寝間着を脱がし始めた。光莉が全裸になると、彼女も脱いで全裸になった。

「やっぱり、ハーフの女の子って美しい身体ね…?」

 彼女たちは熱いキスを交わし、首すじを激しく舐め回しながら光莉をベッドに押し倒した。光莉の裸体はスベスベ、あまりの触り心地に彼女は胸の谷間に顔を沈め込む。一体彼女はどこでそんなテクニックを覚えたのだろうか?光莉の乳首を舐めるテクニックが抜群だ。

「あぁ…ダメ…」

 乳首の次に脇や腹部、脚に至るまで舐め続けた。

「あぁ…そんなとこまで舐めないで…恥ずかし…うっ」

「いいじゃない…?」

 お互いの興奮度がマックスになるが、さらに興奮した彼女の愛撫は全然止まる様子がない。

「光莉ちゃん、私も気持ち良くしてくれる…?」

 彼女は仰向けに寝転がる光莉の唇に自分の性器を押し付けると、舌の動きに合わせて腰を揺らす。光莉は高身長ではないが、69の体勢になって舐め合うのは簡単だ。だが彼女の舐めテクに圧倒された光莉はあまりの気持ち良さで舐めることができなくなるほどの快楽に襲われている。中にまで舌が入り、光莉は絶頂を迎えていく。

「んん!ヤバいもうダメ…!イッちゃう!イっ…イクぅ〜!」

「気持ち良かった?いっぱいイッちゃったね?」

 彼女の恋愛対象は男性だけじゃなく、女性も恋愛対象の両性愛者だ。美しく可愛い者なら男性でも女性でも愛する。

「ホント気持ち良かったよ。すみれちゃんって、女の子も好きなのね?私もちょっとレズビアンだから、凄い嬉しかったよ」

「光莉ちゃんの身体美しいよ。やっぱりまだ、あなたのような若い女の子は、傷なんてついちゃいけない…」

 女性同士の激しい性行為を終えた彼女たちは、絶頂を迎えた後に目を閉じ、眠りについた。

 翌日の17日、彼女は暗殺を実行に移すべく支度をするが、その前に朝ご飯を食べて元気モリモリになろう。朝食は手料理のベーコンエッグとミネストローネで主食はトーストだ。飲み物はコーヒー、光莉は牛乳を注ぐ。

「美味しそう…すみれちゃんって可愛すぎなうえに料理までできるなんて完璧じゃん!それと、武芸百般とも言ってた?」

「日本に来てから色んな習い事やってたの。空手とか陸上もやってたよ。それよりも食べよ?」

「ね!じゃあいただきま〜す!んん~、このミネストローネ美味しいー!やっぱすみれちゃん凄いよ。私もすみれちゃんのような女の子になりたいな」

 楽しげに会話を交わしながら朝食を食べているが、今日で光莉とはお別れになる。一緒に過ごせたのはたった一夜であるが、暗殺者である以上恋愛まではできない。彼女は本気で光莉に恋心を抱いてしまうが、感情を押し殺して別れの言葉を告げる。

「光莉ちゃん、明日から私、アメリカにいるお父さんの仕事を手伝うことになったの」

「そうなんだ?寂しくなるわね。せっかく私たち、良い関係になれると思ったのに…」

 勿論この話は真っ赤な嘘だ。この日で俊明と聡美の両者を暗殺し、そして京都を後にするという段取りだ。だが今回の件は暗殺だけで済ませるつもりはなく、警察関係者の闇をマスコミにリークするために、そこで光莉にあることを託す。

「光莉ちゃん、この写真あなたに託したいの。これらの一連の事件はあなたも被害者よ。私はもうすぐ京都を発つけど、この写真を新聞社とマスコミにリークしてほしいの」

 この写真、とは数ヶ月前に発生した殺人事件の被害者女性を写した写真だ。問題点は被害者の手に警察の階級章が握られていて、上が揉み消したに等しい事実を証明させる一枚だ。当然リークするのは非常に危険だ。

「すみれちゃん待ってよ!そんなことしたら、やっぱり私、殺されるんじゃ…?」

「大丈夫!今は私を信じて!だから心配しないでマスコミにリークして」

 光莉が見る彼女の目に嘘はなかった。その強い眼差しを感じた光莉は彼女を信じることにした。

「ねぇ、最後に私とキスしてくれる?」

 彼女は首を縦に振ると、光莉と最後の熱いキスを交わし、そのキスは光莉に使命を全うさせるための活力となった。

 今回は日本のマスコミをも巻き込む事件のため、光莉がマスコミにリークし、テレビに報道される前に暗殺を完了させなければならない。そこで彼女が考えた案はこうだ。

①警察署長、新田俊明はマスコミにリークされている事実をわかっている設定に仕上げ、地位を失う絶望から自宅マンションで首吊り自殺をした。と見せかける作戦。

②娘の新田聡美の暗殺方法はシンプルな射殺。奴の豪華な一軒家へ忍び込み、遺族による怒りを買ったことによって射殺されたと見せかける作戦。

 以上の暗殺方法を考えた結果、順番は先に聡美を抹殺することを決める。

 17日の午前11時。聡美は普段外出することがないため、シンプルな射殺なら赤子の手をひねるようなものだ。さらに奴は護衛を金で雇っている安心感から危機感を持っておらず、家の鍵も施錠していないというマヌケっぷりだ。やがて家に辿り着くとつい一言が溢れる。

「こんなの、侵入してくださいって言ってるようなもんじゃない…」

 彼女の気配を消す能力は超がつくほどの一流だ。護衛は何人か家の周りを見ているが、彼女にとって見付かる方が難しい。護衛は彼女に侵入されたことにも気付かず、やすやすと聡美のもとへ辿り着き、呑気に眠っている。彼女は聡美が声を出さないように手で口を塞ぎ、そのまま心臓に弾丸を撃ち込んだ。サイレンサー付きのため発砲音はしない。勿論護衛も聡美が既に死んでいることを知らず、気付いたのは彼女が脱出してから1時間過ぎたころだった。

 その後の夜前、彼女は俊明の自宅マンションの前にいた。まだ俊明は帰っておらず、彼女はピッキングで侵入し、気配を消して俊明を待つと1時間もしたら帰ってきた。

「一体何の趣味持ってるのよ…?」

 奴がコレクションしているのは剥製した被害者に殺した被害者たちの下着を着させるという悪趣味極まりないものだった。

「これ以上奴の好きにはさせない…今日が、私にとって自ら人を殺す…」

 その頃彼女のスマホに一報が入る。光莉からだ。

「あの写真を今日マスコミにリークしたわ。今大体的に報道されてるわ」

 スマホのニュースを見たら光莉の言う通り報道されているが、俊明本人は呑気なことにテレビも着けていない。本人が知れば自殺するだろうという過程とし、首吊り自殺したという設定なら非常に簡単だ。しかし首吊りロープ以外で首を絞めたら他の跡が付く恐れもあり、さらに強く絞めると線状痕が残ってしまう。だが既にそのロープはシャンデリアの上に隠していた。奴は酒を飲もうと台所に近付くが、その真後ろに彼女がいるが全然気付いていない。そしてシャンデリア付近に来た瞬間

「あれ?何でこんなとこにロープが、なんじゃこりゃ?」

 そして彼女は殴った跡が残らない程度で頭を一発殴り、そして怯んだ隙に首にロープをかけ自殺に見せかけた。そしてテレビのチャンネルをニュースに変え、シチュエーションではニュースを見て自分が犯人だと悟られてしまい、それに絶望して自ら命を絶ったという状況を作り上げた。翌日、マスコミが自宅を訪れた際には既に死亡が確認された。ニュースでは警察署長が連続殺人を起こし、さらに気に入った被害者を剥製にしていた事実が連日テレビで引っ張りだこになった。

「やっぱり、あの事件は警察関係者が起こしていたのね。すみれちゃん、犯人を知ってて私にこの写真託したんだ…」

 光莉はその後これ以上警察として働くことができず、間もなく警察を辞職した。

「すみれちゃん、いつかまた会えないかな…」


「スカーレット、まさかやり遂げるとはな。今回の報酬はこの額だ」

「いらないわ」

「どうしてだ?お前は日本という国を救ったんだぞ?これくらい当たり前の額だ」

 日本円にして1億円もの大金だ。だが彼女は受け取ろうとしない。

「そうじゃなくて、このお金は恵まれない子供たちに全額寄付してほしいの。人を殺したお金では私自身に使いたくない」

「お前…何でそんなに優しいんだ」

 彼女の生活は社会活動家としての収入だけだ。暗殺で得た報酬は一切自分のために使わないというのがポリシーだ。


「そんな過去があったんだな。けど一つだけ引っかかる。言っちゃ悪いが、親を失ったくらいじゃ、暗殺者になるほどの覚悟が生まれるとは思えないが…」

「私は両親の仇をとるためになったわけじゃない。けど、世の中には野放しにしてはいけない奴らもいる。私は両親の死をキッカケに、黒い炎が宿ったの…」

 彼女が組織に入った理由は両親の仇ではなく、全く別の理由があることにポールは驚いた。

「いい?世界には、私のような女が必要なときがある。殺し屋は男だけじゃない、女である私でしかできないことだってあるの」

「今まで何人の命を奪ったんだ…?」

「300人以上…多くの命を奪った私には、いつか闇に葬られる覚悟はとっくにできてるわ」

 ただ高身長でモデル顔負けの美女が殺し屋である事実は揺るぎない。彼女の身の丈話を聞いたポールは全容を教えてくれた嬉しさに安堵の笑みを浮かべていた。

「今話したのが私の過去の全てよ。今日はもう話せることはないから、一緒に食べよ」

 彼女が差し出した料理は赤ワインでじっくり煮込んだボロネーゼパスタ、具材はナスとパプリカ、玉葱を使った彼女仕様のスパゲッティ。彼女は自分とポールの分をテーブルに出し、ワインをグラスに注いだ。

「ありがたくもらうよ。いただきます」

 ポールは麺を豪快にクルクル回して大口でまず一口。

「…何て美味さなんだ、こんなに美味いパスタ、食べたことない」

 彼女はハンバーグ以外にもあらゆる料理を絶品に仕上げてしまうという腕を持つ。ポールは一口食べた後フォークが止まらず、5分もしないうちに平らげた。彼女は女性らしく食べるのはゆっくりだ。

「おかわり、していいか?」

「まだまだあるからいっぱい食べてね。これ食べて強くなるんだよ」

 彼女が持つ料理の腕前は誰もがほっぺたが落ちるほどの美味で、どんな質素な食材でも絶品に仕上がってしまう。こんな美味しい料理を作れるならとポールには少し疑問が浮かんだ。

「こんなに美味い料理作れるなら、美味すぎて毒殺されたことにも気付かないんじゃないか?」

「私は毒殺なんて方法使わないわ」

 彼女の答えは何とも意外なものだった。

「食事は誰もが楽しむ権利がある。だから私はいくらターゲットに料理を出すときも毒は入れない」

「食事は誰もが楽しむ権利か…ならあんたの料理、また食わしてくれるよな!?」 

 首を縦に振ると彼女は再び笑顔を見せた。彼女が末端である自分に料理を振る舞ってくれたこと、笑顔を見せてくれたことに喜びを隠せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る