CHAPTER2 DA
7月6日、スカーレットはこの日組織から任務を与えられておらず、彼女はお気に入りのレストランで食事をしていた。ハンバーグ専門のレストラン『COWBOY BURGERS』はその専門の通りハンバーグメニューが中心で彼女の好きな赤ワインも多くの種類を置いている。定番メニューは鉄板焼の牛肉100%のハンバーグで彼女の大好物だ。
「スカーレットさん、いつもありがとうね。やっぱハンバーグとワインの組み合わせ最高かい?」
「そうね、このお店のハンバーグ食べるととても落ち着くの」
鉄板からジュ~となる音、デミグラスをベースにしたソースの匂いが食欲をそそる。とはいえこの店が提供する料理は高級料理ではなく、スカーレット本人が作る料理の方が倍は美味だろうが、彼女は庶民派だ。彼女にとって当たり前に食べれる味が何よりも美味しいのだ。こうして食事を終えた後、彼女のスマホに一つの着信が入る。
「スカーレット、追加の仕事よ。それに今回は厄介な武装集団みたい。明日セーフハウスに来て」
「わかったわ、それより今ちょっと目障りな連中が見えた。任務じゃないけど、ちょっと片付けてくるわ」
彼女に見えたのは異様な雰囲気を纏う何人組かの男性だった。彼女は気配を完全に消して男たちを尾行すると、ある場所へと辿り着くのだった。
大胆な露出の男女たちがアルコール飲料を片手に爆音の音楽に身を任せ踊っている。そこはズバリナイトクラブだ。夜の街でハメを外すにはうってつけの場所だろう。だが一発の銃声がダンスを一瞬にして止めるのだった。
「バァン!」
音楽の再生が停止し、客たちが目を向けた先に見えたのは武装した男8人組だった。そのリーダーらしき人物がマイクを手に取りこう告げる。
「我らは武装集団DAだ。このクラブは俺たちが占拠した。俺の指示に従わなければどうなるか、わかってるな?」
銃が本物で他のメンバーが持っている銃も大型のアサルトライフルだ。あんなものを発砲されてしまっては全員が蜂の巣になってしまう。客全員が取り乱している最中、一発の放たれた銃弾が8人組のうち一人の脳天を音もなく確実に撃ち抜いたのだった。その銃弾を放った主はナイトクラブの仮面を着けて顔を隠したスカーレットだった。彼女はあっという間にリーダー以外の男たちの脳天を撃ち抜き、その隙を見て客は全員避難に成功。やがてリーダーは彼女を相手に本能を解き放つことになる。リーダーが上半身裸になり、腰から二刀流のロングナイフを取り出す。だが動きがただの人間ではなく、まるでカマキリのような腕の振り方だ。身体の構造は判然としないが、彼女は銃以外の武器はなく、素手で戦うしかない。明らかに彼女が劣勢かと思われるが、彼女は10年間厳しい暗殺任務と訓練を積み重ねたエリートだ。結局リーダーは彼女にロングナイフを触れさせることすらできず、即死級の威力を持つネリチャギ(テコンドーの技)を延髄に喰らってそのまま即死したのだった。全滅させた後仮面を脱ぎ、テーブルに置かれていたグラス一杯の赤ワインを飲み干し、そして迷惑料を含めた金額分の現金をテーブルに置いた。
翌日、ナイトクラブでの戦闘を終えた彼女は自宅のベットで目を覚ました。この日は組織のセーフハウスに行く予定だ。彼女は一階建ての一軒家に住んでいるが贅沢な生活には興味がないらしい。手作りのイチゴジャムを乗せたトーストを食べ、朝のルーティンはブラックコーヒーを一杯だ。朝食を終えた彼女は愛車のジープ ラングラーアンリミテッド(黒)にエンジンをかけ、約束のセーフハウスへと向かった。
「追加の仕事って何?武装集団と言ってたけど、大体私にも心当たりがあるわ」
「まさかビンゴ?昨日の目障りな奴ってのがそのホシだったりして?」
「昨日ナイトクラブで発砲した連中が自らをDAと名乗っていた。それにリーダーと思われる男、動きが人間じゃなかった。カマキリみたいな」
「流石スカーレット!ビンゴよ!そのDAと呼ばれている奴らは、人間と動物の遺伝子を組み合わせた生物兵器を製造している。戦争で使われる予定と言われていたチュパカブラみたいにね」
しかし何故近代化が進んだ現代で動物の遺伝子と人間の遺伝子を組み合わせる通称『キメラ人間』を創造する必要があるのだろうか?現時点で確認できているのは"カマキリ男"、おそらく昆虫や人間にとって害のある毒を持つ生物などの遺伝子が主に使われているのだらう。だがそのような生物兵器を造れるとしたら科学者など生物学に精通した者でなければ難しい。それにDAのトップが誰なのかもわかっておらず、勢力もまだ把握できていないため、現時点で打つ手があるとしたら下っ端の構成員から情報を聞き出し続けるしかない。
「けどカサンドラ、Green Roseの連中はみんなDAを知らないのね?何故私だけにそのことを教える?」
「そりゃぁあなた以外に言っても、他の連中はDAを倒すことしか考えない。けどあなたなら、倒すこと以外に考えていることがあるでしょ?」
カサンドラはスカーレットの心境をやはり見抜いていた。暗殺者の中でも彼女は誰よりも優しい女性だ。きっと他の犠牲を出さずに組織をブッ潰すことを考える。
「あんたの言いたいことはわかったわ。けど目的は何なの?それに、あんたは何者なの?」
「私は誰にも顔を見せない。もし正体を知りたいなら私を見つけ出せばいい、けど所在は教えないけど」
カサンドラは組織のトップだけあって戦闘力は未知数だ。スカーレットは所在を知らないため会うことはできないが、カサンドラ自身も彼女の戦闘力の高さに恐れているのか、一切会おうとしない。
「わかったわ、その任務、私が完遂させる」
スカーレットはDA打倒のため組織の末端構成員から攻め、まずは情報収集しなければ始まらない。だがそんなときGreen Roseに所属したばかりのメンバー『ポール・フィーダー』が突然スカーレットと共にDAを追いたいと告げたのだった。
「スカーレットさん、俺もDAの正体を探りたい!一緒についてきちゃダメか?」
「あなたは入って1年経ってない、そんな正体不明の組織と戦うなんてまだ早すぎるわ。何でも順序がある」
だが暗殺者であるということは恐怖に屈してはならない。たとえ経験不足でも戦わなければならない時がある。しかし彼女はまだ若いポールがDAを相手にすることにどうしても賛成ができなかった。
「それより、何故あなたはGreen Roseに入ったの?あなたは組織に拾われたわけでもないのに、何故自分から?」
「僕には、どうしても仇を討たなきゃいけない奴がいるんだ。そしてそのDAに奴がいると思う、確証はないけど、予感がするんだ」
彼にはおそらく筆舌し難い過去があったのだろう。
「僕は小さい頃に両親を亡くしてから、ずっと祖父母と暮らしてたんだ。幸せな家庭だった」
彼の学歴は高卒。つまり18歳までまだ祖父母は健在だったのだが、その日常が突如として崩れさる事件が起きた。それは大学の入学式の前日、私用から自宅に帰ると電気は点いているのに部屋はかなり静かだった。部屋を包む鉄錆の匂いに導かれるままリビングへ行くと、そこにあったのは腰が180度ネジ曲がった状態で変わり果てた祖父母だった。すぐ警察に通報し捜査が開始されるのだが、人間の上半身と下半身を180度曲げて殺害するということは人間業ではない。凶器や手口、さらに犯人に繋がる有力な証拠も見付からなかったため、捜査は難航を極めた。翌日入学式になるはずが入学を辞退し、自ら志願してGreen Roseに入ることによって、祖父母を殺害した犯人を探す決心をした。だが組織から課される訓練はどれも厳しく、まともにスポーツをしたことがない彼にとって音を上げるような訓練だったが、それでも根性と精神力で乗り切った。
「確かにあなたの本気さは伝わったわ。けど今のあなたは目的だけに目を奪われている。冷静さを欠いては末端にすら勝てないわ」
「逆に何でスカーレットさんはいつも冷静なんだ?まだあんたが何でGreen Roseにいるのかも聞いたことがない。それに何が目的で組織に留まってるんだ?」
スカーレットは自分の過去などを語りはしない。しかし今回に至ってはポールを納得させるために少しだけ語ることにした。
「わかったわ。特別に教えてあげる」
「ほう、今回成功したのは蜘蛛人間、そして蝙蝠人間か」
DAのトップ『フレデリック』は極悪非道な実験を繰り返し、新たなキメラ人間を造り出した。フレデリックの技術は元優秀な科学者であったことに起因する。おそらく大学や大学院で生物学を専攻し、右往曲折あって現在に至り、キメラ人間を実験開発している。しかし奴は何故そんな酷いことを人間にするのだろうか?奴のやっていることはとても人間とは思えない行動だ。すると何故か奴が手に持って開いたのは小学生向けの動物図鑑と昆虫図鑑だった。2冊とも子供の頃から読んでいたのだろうか、かなり傷んで年季が入っている。
「私は、昔から何かに熱中していたかった…」
奴の口からは独り言が漏れる。ホワイトボードに書いた遺伝子の螺旋構造の絵や事細かに書かれた生物の構造を眺めながら物憂げな表情で何かを考えている。おそらく奴の過去はDAのみんなが知らないだろう。
「やめてぇ…もうやめてください…!痛いです…」
フレデリックの前にいる女性の身体は相当酷い痣があり、おそらく長い期間実験させられていたのだろう。
「今回は初めて狼の遺伝子を使う。もし合わなければ、拒絶反応で確実に死ぬだろう」
やはり奴のやっていることは人間じゃない!そして女性の悲鳴が部屋中に響き渡った。
「チッ、やはり失敗か。実験…ご苦労さま」
そう吐き捨てた奴は階段を降り、DAの全員が集まる会議室へ向かう。おそらく150人はいる。奴はマイクを手に持った。
「みんな聞いてくれ、現在Green Roseが私たちDAに目を付けた。おそらくトップのカサンドラは攻め込んでは来ない。比較的少人数だろう」
それを聞いたメンバーらは敵側の戦力が小さいと鷹を括り安堵の笑みを浮かべている。
「Green Roseをぶっ潰したら俺たちの大勝利だなぁ!所詮落ちこぼれの野郎たちだ」
メンバーの一人が全員に聞こえるような大声で言った。その直後一発の銃弾がその男の脳天を撃ち抜いた!撃ったのはフレデリックだった。
「今私が撃ったのは見せしめだ。私の前で甘ったるい発言をした奴らには死あるのみ」
重い言葉を受けたメンバーらは一瞬にして固まり、冷や汗を書きながら演説を聞き続ける。
「いいか、確かにカサンドラは攻め込んでは来ないだろう。だが奴らのメンバーには要注意人物がいる。それがこの女だ」
スカーレットの顔写真がスクリーンに写る。それは組織図に載っている写真だった。盗撮されたわけではない。
「この女はスカーレット・グリフィン26歳。17歳から組織に入っている女だ。おそらく奴は一人で私たちに攻め込んでくる。奴は暗殺のプロフェッショナルだが変装の技術も一流だ」
スカーレットの顔をメンバーたちは必死で目に焼き付けている。フレデリックへの恐怖心もそうだが、今回の相手が超一流の暗殺者であることへの事実にも怯えている。奴らにとってスカーレットの魔の手から逃れる方法は顔を鮮明に覚え、見付かったらとにかく逃げるか戦うしかないのだ。
「この女を発見したら戦うか逃げるかはあくまで君ら次第だ。これで今回の会議は終了する。以上、解散!」
フレデリックが去ってもなお演説を聞いていたメンバーたちは生き残る術を必死で考えている。だが考えても奴らには無駄なことだ。何故なら、彼女に目を付けられた奴に安全など存在しないからだ!
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