言葉が出ない

あんちゅー

ただ持っているだけでは

ある時ふと立ち止まった


何か頭の左側に違和感があったからだ


その違和感はじわじわと後ろの方へ方へと


溶けだしていく


するとぼんやり微睡んだようになって


次から次へと出てきていたはずの言葉が


組み立てられず解けていった


そうすれば今度は


言葉が出なくなってしまった


悲しいことがあった訳でもない


辛いことが起こった訳でも


ましてや怒っている訳でもない


何か普段と違うことがあったとか


そんなんじゃなくて


ただ出てこないばかりだ


言葉は流麗でいて貴いもの


きらびやかに世界を彩って


人生を型取りもする


誰かを加減なく傷付けたり


反対に優しく慰めたりもする


言葉は誰かと誰かを繋ぐもので


何かを表す大切なもの


そんな言葉の数々がいつの間にか


私の中から出てこなくなっていた


そうなれば、悲しい、苦しい、腹が立つ


そういった感情こそが湧き上がってきて


どんより私自身を蝕んでしまう


足先から苦しさが這い上がり


身体が重くて動けなくなる


けれど、はたと思い立つ


言葉が出なくても問題があっただろうかと


私は自分の過去を振り返る


私はいつも誰かの側にいた


ずっと誰かの言葉を信じてきたし


ずっと誰かの言葉の通りに演じてきた


困ったことがあれば


私は誰かの傍らで物思いに耽った顔をする


表情は何よりも雄弁で


他人の感情は誰よりも多弁だ


勝手に慮ってくれるだけで


私はそれだけで生きてこられたから


誰かが何を言っていても


私にはちっとも染み込んでこない


言葉は分かっていても


それは理解とはかけ離れた何かだ


今更私自身の言葉が削ぎ落とされたとしても


身体が軽くなる程度だと


私は胸を撫で下ろした


けれど、どうしてなのだろう


この胸はどうしてこれほど痛むのだろう


必要のない言葉が口から出てこないだけで


余分な何もかもが必要のないものになって


私はすんなり軽やかに生きられるはずなのに


心はまるで悲鳴をあげる


誰が傍に居る訳でもなくて


私は1人きりなのに


言葉が出てこないだけなのに


言葉は必要ないはずなのに


私が私であることは


言葉が作り上げていたのかも


私がそう思った頃に


体はほとんど解けて無くなってしまっていた


霧散する意識の中で思う


私は自分の言葉を持たない代わりに


誰かとの繋がりで生かされていた


誰かの言葉が私を型取り


誰かの感情で心を持った


分からないはずだ


理解できないはずだ


その言葉達は私を生かすもの


けれどそれは表面のなぞってある一部だけ


私はそれだけで生きてきた


理解できなかったから


言葉にはならなかった


いつの間にかそれも忘れて


私は言葉を無くしていった


優しい人になりたいと思った


それが今では1番印象に残っている言葉だ


言葉がなければ生きていけないのなら


優しい言葉を口に出せる人になりたかった


感じた頃には遅く


とうに口に出せずにいる


遠くの方に白々しい波が押し寄せる


打ち上げられた感情を取り込んで


遠くへ遠くへ運んでいく


私の優しさをそっと流せば


せめて誰かを救ってあげられるかもしれない


言葉を失い


身体すら失って


私はただ世界に薄まるだけなのに


最後に優しい言葉だけを残したかった


「ありがとう」


私の全てが消え去った

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言葉が出ない あんちゅー @hisack

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