第41話 寂しい(美優視点)

「ごちそうさまでした」


私は一人手を合わせ箸を置く。

いつもは幸せな朝の時間でも今日は拓哉がいない。

久しぶりの一人の朝食はなんとも言えない寂しさが心の内を占めていた。


「はぁ……今日のお仕事しなくちゃ……」


私はお皿を片付けた後自分の仕事部屋に移動する。

液晶タブに向かってペンを走らせイラストの下書きを始める。

でも何かがうまく行かない。

しっかりと集中して書いているはずなのにどこか足りないと感じてしまうのだ。


「うぅ……ちょっと休憩しよ……」


見ればあまり進んでいないのに時間だけが過ぎていた。

こういうときは無理をしても良い結果は出ない。

リラックスしながら適当にペンを走らせる。

絵は好きだから自分の好きなものを好きなように描くのはいい気分転換になるのだ。

そして自分の描きたいように描いて出来上がったのは……


「う……私結構重症かもしれない……」


拓哉と自分の似顔絵を無意識に描いていた。

ニコニコと二人並んで幸せそうに笑っている絵。

線も粗いし色も付いてない絵だけど心がぽかぽかしてきた気がした。


「よしっ……もうちょっと頑張ろ……!」


私は再び液晶タブに向かい仕事を再開した。


◇◆◇


一人静かに夕食を終え食器を片付け終わった私はベッドにうつ伏せに寝っ転がって枕に顔を埋めていた。

寂しい。

いい年した大人のくせして夫が数日家を開けるとなっただけでこうなってしまう。

いつから自分はこうなったんだろうか。

……いや、最初からこうだったのかもしれない。

学生時代は無かった幸せを手に入れてしまったからこそそれが離れるだけでこうなってしまうのだ。


「うぅ……たくやぁ……」


私はフラフラと立ち上がると拓哉のタンスを漁り始める。

悪いことをしている自覚はあるが止められなかった。

1枚のTシャツを取り出し匂いを嗅ぐ。

拓哉の匂いがして少し寂しい気持ちが和らいだ気がした。


「えへへ……ちょっとだけ着ちゃおうかな……」


拓哉のTシャツに袖を通してみる。

昔は私と身長があまり変わらなかったはずなのにTシャツはぶかぶかで拓哉の身長が高くなったことを実感する。


そのとき、突然電話から着信音が鳴りだした。

仕事の人かな?と確認して見るとそこに記されていたのは拓哉の名前。

私は慌てて電話に出た。


「も、もしもし……?」


『ああ美優?こんばんは。今大丈夫だったかな?』


「う、うん……大丈夫だよ」


まだ少しの会話しかしていないのにぽっかりと空いていたはずの何かが満たされていく。

なんとも言えない安心感と嬉しさが体を包みこんだ。


『よかった。ちょうど時間が取れてさ。美優と話したいなって思って電話したんだ』


「私も拓哉とお話したかったから嬉しい……!」


『あはは、それはよかったよ。せっかくだしビデオ通話にしてもいいかな?』


「もちろん」


数秒後にビデオ通話を許可しますか?という画面が現れ私はカメラをオンにした。

少しベッドの横に置いてある小さな机にスマホを立てかけ私はベッドに腰をかけた。


「あれ?お酒飲んでるの?」


『ああ、付き合いでちょっとだけね。一杯しか飲んでいないから大して酔ってないよ』


確かに顔も若干赤くなっているだけだしろれつも意識もしっかりしている。

本当に付き合いで少しだけ飲んだだけなのだろう。

実は女の人と飲んでいたんじゃないかと少しだけ嫉妬してしまった自分が嫌になる。


『そういえば美優……』


「……?どうしたの?」


『それ俺のTシャツ?』


私は拓哉に言われハッと自分の格好を確認する。

確かにさっき拓哉のTシャツを着たまま電話に出てしまっていた。

恥ずかしくなって顔が熱を帯びる。


「そ、その……寂しくなってつい着ちゃった……勝手にタンスを漁っちゃってごめんなさい」


『それくらいなら別にいいさ。でもちょっと嬉しいな』


「なっ……!?それはどうして……?妻が変態さんのほうが嬉しいってこと……!?」


『あはは、そうじゃないって。ただ美優も寂しく感じてくれてたんだなーって』


「そ、そんなの当たり前でしょ……拓哉がいないと……寂しい……」


改めて口にすると恥ずかしくて顔がどんどん熱くなっていく。

多分今の自分の顔は真っ赤だろう。

そしてそこまできて拓哉の言葉に気がついた。


「美優……?」


『そうだよ。俺だって寂しい。すぐにでも帰って美優を抱きしめたいくらいだ』


「う……でもお仕事はちゃんとしなくちゃ……」


『そうだな。美優と豊かな暮らしができるように、どこにでも遊びにいけるように、願いを叶えてあげられるようにしっかり働くとするよ』


「あぅ……」


本当に拓哉は私のことを大切にしてくれる。

その純粋な好意は私も恥ずかしくなってしまうほどだ。

でもそれが……とても心地よくて嬉しかった。


『悪い、時間も時間だしあとは資料を確認して寝るよ』


「わかった。忙しいのに電話してくれてありがとね」


『俺も美優の声が聞きたかったからお互い様だよ』


「うん。おやすみ拓哉。大好きだよ」


『おやすみ、俺も大好きだぞ』


私達は挨拶し合って通話を終えた。

さっきまで寂しくてたまらなかった心は温かさでいっぱいになっていた──

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