第69話 女神のご宣託1

 ここは天界である。

 神の住まうエリアだ。

 

 そのエリアの一角である女神が

 狂喜乱舞していた。

 清貧教会の躍進に心躍っていたのだ。



 女神はというか天界は外界で何が起ころうと、

 ノータッチが原則。

 では、なぜ女神がはしゃいでいるのか

 その女神は清浄の女神。

 清貧教会が崇める神なのである。


 天界にはささやきの木というものがある。

 囁きの木は外界の出来事を囁いてくれるのだ。


 その木から漏れてくる【スィーツ】なる言葉。

 女神は気が気でなかった。

 女神は甘いもの大好き。


 天界にも甘いものはあるが、

 酸っぱいリンゴとかブドウといった果物か

 せいぜい蜂蜜程度であった。


「あのものたちが口にしているのは、ずっと甘いものに違いありませんわ。だって、スィーツなる初めて聞く言葉。それが私に囁くのです。私をとろけさせるって」


 さすが、女神だけあって言葉は非常に上品だった。

 しかし、スィーツなる言葉が漏れてくるたびに

 女神は悶え苦しんでいた。


「ああ、【スィーツ】なるものをわたくしもぜひ所望したいのですわ」


 しかし、天界は下界にはノータッチが原則。

 女神には恋い焦がれようとどうしようもなかった。



 そんな身悶えする女神の元に、

 信じられない波動が届いた。


「ああ、これは黄泉の波動ではありませんこと?いけませんわ。地上の危機ですわ」


 女神は天界での自分の業務をほったらかしにして、

 囁きの木にかぶりついた。


「ああ、地上が。私の教会が」


 セリア街清貧教会の危機を迎えようとしていた。

 このままでは消滅してしまう。



「え?どういうことですの?この魔法は!」


 女神の元には再び信じられない波動が。

 木から漏れ伝わってくる詠唱。

 そして、「セイクロッド・クロス」なる魔法。

 天界の根幹たる魔法の波動が地上から沸き起こった。


「特級神聖魔法ではありませんか!これを普通の教会のシスターが放ったのですか?」


 ありえない。

 この魔法は地上のものとなると、

 それこそ大聖女クラスでも成功するかどうか

 わからないのだ。


 仮に詠唱に成功したとしても、

 詠唱者の命を削る、大変危険な魔法であった。


 

「ああ、みるみるうちに黄泉の波動が滅していきます……ああ、消えてしまいましたわ。なんて威力なんでしょう。セイクロッド・クロスを実行するだけでも大変なのに、この威力。桁がはずれていますわ」


 これは緊急事態であると、女神は考えた。

 原則地上にはノータッチである。

 しかし、これは原則をはずれていると。

 地上にいかなくちゃいけないと。


「すぐに地上に顕現して、視察をする必要がありますわ!」


 女神は半分ワクワクしつつ、降臨の準備に入った。

 スィーツが待っている!

 と思うといても立ってもいられないのである。


 ◇


「みなもの、よく頑張りました」


 セリア街清貧教会ミサ室では大事件が起きていた。

 突然、ミサ室の祭壇が光り輝き、

 そこに美しい女性が現れたのだ。


「……貴方様は、もしやすると女神様でいらっしゃいますか?」


 おずおずと教会のものが尋ねる。


「あなたたちを称えるために、この場に降りてきました」


 女性はこの世のものとは思えなかった。

 身体に透明感があり、

 実体を持つようには見えなかったのだ。


 それもそのはず。

 その姿はホログラム映像であった。

 女神が降臨したとは言うものの実体は天界のまま。


 教会側の映像も天界にて視聴できるが、

 小さな鏡に映るだけで詳細はわからない。

 言葉だけは両方向が実現できている。


 事件の詳細を求める女神。

 そして、労う女神。



「……?シスターよ。あなたが放った神聖魔法は特に素晴らしいものでしたが……シスター、あなたの波動に私は馴染深いものを感じますわ」


 ホログラフを通してであるが、

 女神はシスターの姿を見たとたん、

 懐かしき波動を思い浮かべていた。


「(いや、ちょっと待ってや。ワテも女神さんの姿格好になんや思い出すもんがあんで)」


「え、その声には私はもっと深い馴染みが……まさかバステト?」


「(なんちゅう久しぶりの名前や。そういうあんたはエリュシクテーナ。わが姉やないか)」


「わが姉?」


「(せやで、アキラ。今、姉ちゃんにお目にかかった衝撃でぼんやりと記憶が蘇ってきたわ。ワテはな、天界の住人やったんや。せやけど、ある日、天界で大騒動が起きてな、ワテはこの世界に飛ばされてしもたんや)」


「なんと」


「(なんと、やあらへん。ワテはな、シスターとアキラ、あんたらのこともなんとなく昔から知っとるような気がすんで)」


「え?」


「ですわ!あなた達の波動。ヴィシュヴァカルマンとサラスヴァティーナを強く思い出させますわ!」


「(せやで、間違いないで。アキラもシスターも転生・転移してこの世界にきとる。確かに、姿格好は以前とはちごうとる。でもな、その波動は隠せん。二人とも天界の住人・カルマンとティーナや)」


「私たち、ずっと探してましたのよ。カルマンとティーナのこと」



 そこから女神は俺達に説明してくれた。

 数十年前、天界でおきたテロ事件のことを。


 悪魔界の不満分子が天界に侵攻。

 大暴れしたあげく、

 天界の何人かが異次元に飛ばされて

 行方不明となった事件。



「僕がカルマン?そんなこと言われても」


「私も驚きです。ティーナですか?しかも、私はこの世界に転生してきたのですか?」


「ティーナ。驚くところではありませんのよ。あなたは清浄の女神なんですの。私はもともと食の女神。でも、清浄の女神に空きができましたので、私が兼任することになったのですわ」


「(兼任って。天界は人材不足なんか?)」


「異次元に吹き飛ばされたのは3人だけではありませんのよ。未だに天界はあのときの騒動の痛手に苦しんでいますのですわ」


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