第66話 孤児の奴隷商人2

「ラグ、どうする?」


「(背後に領主がいるとはな。こりゃ、王都までいかんと告発できひんで。いや、王都でももみ消されるかもな)」


 王国では、領内の犯罪を裁くのは領主の仕事だ。

 では、領主の犯罪は。

 王都に王立裁判所がある。

 そこに訴え出ることになっているのだが。


「(王立裁判所はな、機能しとるかわからんところや。何しろ、王国やゆーてもな、王の力はそんなに強くあらへんのや)」


 王国において、王の存在とは

 数多の権力者の調停役みたいなものだ。

 村の長老に似ている。

 長老は特に力をもっているわけではないが、

 一番長く生きているからまとめ役になっている。


 王国でも王は地方領主の代表のような存在だ。

 飛び抜けてはいないが、

 領主間同士の揉め事の調停ができる力はある、

 その程度の存在なのである。


 そんなに無理して王国としてまとまる必要はない。

 そう思うかもしれないが、

 王国が王国たる所以の一つは

 外国からの侵略を防ぐためだ。

 敵国に対する勢力の旗頭として王様がいるのだ。



「(これはな、内々で解決する必要があんで)」


 内々とは要するに一揆相当の事案ということだ。

 領主には裁判権がある。

 領主を裁く王族は役に立たない。

 ではどうすればいいか。

 実力行使をするしかない。


 先年、湖畔村が領主を破り去った事件があった。

 あれは一つの例である。

 この国では勝ったもの勝ちという習わしがある。


 通常、領主というものは一揆が起こらないよう、

 配慮すべきである。

 それは倫理上の問題ではなく、

 一揆が起きると、領主は抗えないことが多い。


 領主といえども、常備軍はしょぼい。

 軍の維持には金がかかるのだ。

 だから、領軍は必要最低限にとどまり、

 必要な場合は領民を徴兵する。


 徴兵されるべき存在の領民が領主にはむかったら。

 領主は受け手にならざるを得ない。

 

 領主は領民が一揆を起こさないよう、

 領民に目を配らせて領運営をする。

 領民も一揆を起こして負ければ極刑だ。

 領民の一人ひとりは弱い存在であるため、

 無理を押してまで一揆を起こそうとは思わない。


 仮に一揆を起こそうと立ち上がるものがいても、

 分裂しがちだ。

 なかなか意思の統一は難しい。


 逆に言えば、一揆を起こすような領。

 つまり、領民が一致団結して一揆を起こす。

 そうせざるを得ない環境がある。

 領主が酷い領運営をしているということなのだ。

 少なくとも、周辺からはそうみなされるのである。



 ただ、セリア領は若干ニュアンスが違う。

 領主には謎の経済力があり、

 比較的強力な常備軍を持っている。


 さらに、領主が桁違いの実力の持ち主だ。

 何しろ王立魔導軍の師団長レベルといわれている。

 王国でもえり抜きの実力者なのだ。



「勝てるのか?」


「(ワテも参加しよう。ただな、領民が立ち上がった、という名目が必要や)」


「教会とあと街の有力者、ローリア商会のローリーや当事者の一人である教会に相談するってことか」


「(勿論や。ただ、教会が被害者になっとるのはポイントやな)」


 教会と冒険者ギルド、そしてドワーフ。

 この3つは領内でも比較的独立した存在である。

 いずれも、領を越えた組織体であるからだ。


 教会の場合だと、それは王国のみならず、

 この大陸、或いは世界全体に及ぶ組織である。

 下手すると、王国以上の権力者なのだ。


 だから、教会は多くの場合、領とは独立した

 運営をする。

 教会は独自の経済網・自治区をもち、

 教会自治区内での犯罪の裁判権も教会にある。

 

 清貧教会の借用書改ざん事件のような事例が

 領に裁判権がある程度である。



「(何にしろ、教会の保護する孤児が誘拐されたんや。教会としても出張るところやで)」


 話はすぐに火がついた。

 教会が烈火のごとく怒りを示したのは無論のこと、

 誘拐された子供に有力者の親戚の子弟がいたのだ。

 それもあり、街全体が反領主として立ち上がった。


 そして、説明を求める大群衆が領館を取り囲んだ。


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