霊障部隊

 夜の街は緊張に包まれていた。

 警察や救急車両のサイレンが遠くで鳴り響き、街灯の明かりが周囲を赤色回転灯の警告色が染め上げている。

 立てこもり事件が発生し、警察官達は周囲を囲み廃墟と化した雑居ビルを包囲していたが、その場には混乱が漂っていた。

「負傷者の搬送を急げ!」

 ビルを包囲している警察官が声を上げる。

 立てこもり事件は解決していなかった。犯人達は在日米軍の銃を闇ルートで入手した武装テロ集団だった。

 職務質問から始まった事件は瞬く間に拡大して、現場には何10人もの警察官が動員されるだけでなく、都道府県警察の機動隊に設置されている銃器対策の専門部隊・銃器対策部隊(通称・銃対)も急行し、激しい銃撃戦が展開されていた。

 犯人達の使う自動小銃アサルトライフル・M16、短機関銃サブマシンガン・APC9は強力だが、所詮は素人の寄せ集めだ。

 だが、現場では混乱の様相を見せていた。なぜなら犯人は四肢に銃弾を受けても倒れず、頭を射ち抜いたにも関わらず、死ななかったからだ。

「バカな!」

「何かの見間違いだろ」

「ウソじゃない。俺は、この目で見たんだ!」

 銃対の隊員達は当惑を隠せなかった。

 銃器対策に従事する者は実戦経験が豊富だった。だからこそ戸惑っていたのである。

 原因が判らないのだ。

 人間の肉体であれば一発でも銃弾が当たれば倒れてしまう。それは古今東西の戦場で繰り返されている当然の法則だった。

「一体、現場で何が起こっているんだ」

 銃対部隊長・桜庭蔵人くらんどは苦々しく呟いた。

 その時、雑居ビルの入り口から負傷した隊員が一人、自力で歩いて出てきた。

「負傷者だ!」

 班員が蔵人に声を掛ける。

 銃対の班長として現場で指揮を執っていた蔵人は、部下を引き連れ負傷隊員に駆け寄ろうとした。その時、隊員はS&W M3913の銃口を蔵人に向けた。

 蔵人は足を止めた。

 隊員は拳銃を乱射する。

 銃弾は蔵人の頭上を掠めた。

「何をしている!」

 蔵人は激高をみせるが、隊員は聞こえていない。定まらない視線と狂ったように上がる両腕を見て、隊員が薬物を使用しているらしいことに思い至った。

 その瞬間、隊員の胸で五芒星・晴明桔梗紋せいめいききょうを描いた呪符が張り付く。

 見れば、蔵人の傍らに一人の女が立っていた。年齢は40代を越えているようだが、長い黒髪を後ろに束ね、プロポーションの良い体は若い頃は相当な美人であったことを思わせる。

「出てくるよ」

 女は呟く。

 隊員が着ている防弾ベストには呪符が貼られており、五芒星が淡く発光していた。すると隊員の身体から煙のように何かが抜け出していく。それは人型をしていたが、顔らしいものはなく、黒いもやの塊だった。

 人型をした影は空中で揺らめくと疾風となって。こちらに襲い掛かってきた。

 すると、見たこともない防護服を着た隊員達が、進み出ると自動式拳銃オートマチックベレッタ92 VERTECを一斉に発射した。

 鋭い銃声が連続で響き渡り、オレンジの発火炎マズルフラッシュが閃く。

 黒いもやは気体のような存在であるにも関わらず、銃撃が効いているのが見て取れた。

 だがもやの抵抗も見事なもので、身を水に溶けた絵の具のように引きちぎって、隊員に覆い被さる。

「心霊スーツを着ている者に、呪いや憑依は効かない。物理攻撃に切り替えな!」

 女の声が飛ぶ。

 すると、もやに襲われていた隊員は警棒を抜き、殴りかかる。

 その動きは異常に素早く、威力も凄まじかった。殴り飛ばされたもやの影は地に叩きつけられると砕け散った。

「何なんだ……」

 蔵人の言葉に女は言った。

「死霊だよ。あの武装集団は死霊に取り憑かれてんのさ」

 蔵人は険しい顔を見せる。

陰陽寮おんようりょう……。霊障部隊か」

 と言った。

 その歴史は陰陽寮から受け継がれている。


陰陽寮おんようりょう

 平安時代、陰陽道に基づく呪術を行う方技としての各博士及び陰陽師が組織された部署。

 占い・天文・時・暦の編纂を担当する共に、陰陽師は呪術で平安京を守護することを職務としてきた。すなわち怨霊を沈めることや厄祓いなど、呪術による鎮魂も彼らの仕事であった。

 飛鳥時代(7世紀後半)に天武天皇により設置され、明治2年(1869年)に時の陰陽頭、土御門晴雄が薨じたのを機として翌年廃止された。


 彼女の隊員達は全員が、霊装れいそうという防護服を身に着けていた。

 これはあらゆる呪的攻撃を遮断する性質を持つだけでなく、彼らは霊的攻撃レイ・ストライクを行うことができる専門部隊。

 それが霊障部隊だ。

 女はタバコをシガレットケースから取り出し、口に銜えた。

 ジッポを鳴らし、タバコに火を点ける。

 女は肺一杯に煙を吸い込み吐き出す。口元に笑みが浮かんだ。

「さあ。残りを片付けな!」

 女の声に、霊障部隊は呼応する。

 建物から複数の死霊の影が飛び出してきた。

 死霊が襲い掛かってくると、霊障部隊は一斉に銃を発砲した。霊的処置が施された銃弾が影を貫き、その姿を霧散させる。

 銃声が終焉するとともに、霊体だった影は黒い霧となって霧散した。

 立て籠もり事件の騒動は終息し、街に再び静寂が戻っていった。

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