「セブンデイズチャレンジ」企画作品
kou
砂の王国の砂
波打ち際に立つ砂浜は、広大な海と静かな空が織りなす青と白のツートンカラーだ。
抜けるような青空には白い雲が流れ、そよぐ風は波打ち際に寄ると小さなしぶきとなって砕け散る。
「きれい」
大学生・
「本当。日本海沿いにドライブしてたけれど、こんな穴場があるなんてね」
運転席に座るのは、彼女の友人である
ふたりは、大学の休みを利用して旅行に出かけていた。行き先は決めておらず、遥の愛車・ワゴンRに乗って気の向くままにドライブしていた。
遥は海岸の路肩にワゴンRを停める。
「お昼だけど、ここでお弁当を食べるってのはどう?」
遥の提案に里奈は、賛同する。
「いいわね。さっき通り過ぎた所にスーパーがあったから、そこで買ってこようか」
里奈はスーパーで弁当を買う気になる。
だが、遥は動きが悪かった。
「ごめん里奈。一人で行ってもらっていい。私、少し疲れちゃって、ここで休んでるわ」
遥は力なく微笑んだ。
里奈は笑顔でうなずく。
「分かった。美味しいもの買ってくるから期待してて」
里奈は運転席側に移動すると、海岸の道をまっすぐスーパーへ向かって行く。ワゴンRの姿が見えなくなると、遥は深呼吸した。
砂浜に目を向けるが人影はない。
遥は小洒落たサンダルを脱いで、砂浜を歩きだした。
ただ砂浜を波打ちに沿って歩くだけ。
寄せては返す静かな波の音が聞こえる中、打ち寄せる波をなぞるよう歩いた。
遥が歩き続けていると、足元で音がすることに気づいた。
ここを歩き始めた時から、そうだったのか分からないが、
クックッ
という音がするのだ。
遥は足を止めて、耳を澄ませながら一歩を踏み出す。
するとその足先から、またククッという音が聞こえる。
「何これ。不思議」
遥は腰を落とし、足元の砂に手を伸ばし握り込んだ。
「面白いでしょ」
優しい女性の声だった。
遥はびっくりして、声の聞こえた方へと目を向ける。
自分一人しか居なと思っていただけに驚きも増した。
ほんの数メートル先に、群青色の綺麗な着物を着た女性が立っていた。
ゆるくウエーブがかかった黒髪。美しい肌。しなやかな手足と、そしてまぶしいばかりの笑顔がとても印象的だった。
遥の疑問に答えるように、彼女は優しく微笑んだ。
「これは、鳴き砂なの」
女性は微笑んだ。
遥は、そう言えば名前を耳にした気がするが、女性に言われて初めて存在を知ったともいえるだろう。
すると彼女は元気無く笑った。
「……でもね。鳴き砂のある海岸は減っているの。その理由は知っている?」
遥が首をかしげると、彼女は語り始めた。
かつて日本の海岸の多くは鳴き砂の浜であったと言われている。ところが、海浜の汚染や海岸の開発などにより、白砂青松といわれた海岸は少なくなり、現在、鳴砂の浜として確認されているところは、全国で30ヶ所余りとなっている。
鳴き砂は、環境汚染に敏感に反応するため健全な自然環境が保たれているバロメータであると言われている。
「守って。この砂の王国を」
女性は海と砂浜を見つめた。
遥は女性と同じ方向を遠い目で見る。
浜を美しく保つことは、現代社会においても重要な課題だ。自然と接する機会は減っていても、わずかばかりの自然の中に身を置くだけでも気持ちも安らぐのは、人間も自然の一部であるからだろうか。
そう思うと、遥は目の前の美しい浜を守りたい気分になった。
ふと、遥かは振り返るが、そこに女性はいなかった。
代わりに、道路沿いに止まったワゴンRから、エコバッグを手にした里奈が浜に向かって歩いてくるのが見えた。
「遥! 買って来たよ」
遥は不思議な体験の後に、琴姫伝説を知る。
【琴姫伝説】
島根県の伝承。
源平の戦いで平家が壇の浦に敗れた春のこと。
ただひとり小舟に身を託して逃げのびた平家の姫が琴を抱いて気を失っていた。村人たちの手厚い介抱に元気を取りもどした姫は、毎日琴を奏でては、村人たちの心を慰めていた。
ところがある日突然この世を去ってしまう。
すると次の日からあたかも琴を奏でるような、美しい音色で浜が鳴り始めた。
これは、きっと姫の魂がこの浜にとどまって村人たちを励ましてくれているのでは。馬路の人々の優しさを象徴する言い伝えとなり、その浜を琴ヶ浜と呼ぶようになった。
遥は、ここが鳴き砂であることを口にした。
弁当を食べ終えた里奈は、子供のように目を輝かせて鳴き砂で遊び始めた。
砂が音を奏でるたびに、子供のようにはしゃぐ里奈を遥は微笑んで見つめていた。
「車にゴミ袋があったでしょ。ちょっとゴミ拾いをしていこうよ」
遥の提案に里奈は飛びついた。
「いいね。よおし、じゃんじゃんゴミを拾ってやるぞ!」
里奈は、遥も巻き込んでこの美しい砂浜を綺麗にしようと考えたのだった。
ふたりは、浜辺へ足を踏み入れた。
足先は熱い砂を踏みしめながら海の方へと歩いて行く。
寄せては返す波音が心を癒やしてくれるようだった。
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