第144話 基礎
アオイに懇切丁寧に緩急の重要性を解いたお陰もあり、何とか理解してもらうことができた。
センス自体は良いと思うのだが、如何せんジーニアと比べて理解が遅いのが難点。
「なるほど! 単調な動きだと対応しやすいってことね!」
「ああ。手数のバリエーションだけじゃなく、緩急もつけるとより対応しにくくなる。そして、より大きい緩急をつけられるようになると、世界が一気に広がるはずだ」
「緩急だけでそんなに変わるとは未だに思えないんだけど……グレアムを信じて練習してみる」
「ああ。頑張れ」
それからジーニアは、剣を置いて自身の瞬発力を上げるトレーニングを開始した。
しばらくは細かな指導がいらないだろうし、ジーニアやリア達の方を見るとしよう。
「次はジーニアに指導をしようと思ったんだが……もしかしていらないか?」
「アオイちゃんへの指導を聞いていて、ちょっと試したいことができました! 形になってからアドバイス頂けますか?」
「もちろん。それじゃリア達の方を見ているから、何かあったら呼んでくれ」
「分かりました!」
ジーニアも緩急で思いついたことがあったようで、一人で黙々とトレーニングをし出した。
ジーニアには別で教えたいことがあったのだが、意欲的になっているところをわざわざ止めさせることもないだろう。
俺はジーニアの所を離れ、再びリア、グリー、アンの三人の下に戻ってきた。
三人は一生懸命言われた通りに剣を振っており、そのお陰もあって大分様になってきている。
「言われた通り、剣を振り続けていたみたいだな」
「これ、思っていた以上に辛いな。もっと楽しいと思ってた」
「基礎を固める時は基本的につまらないものなんだ。本当は一日中剣を振って、体に叩き込んだ方がいいんだが……それだと流石に辛いだけになってしまうもんな」
昔の俺のように、魔王軍から村を守らなくてはいけないという状況ならば、無理矢理にでも剣を振らせ続けていたと思うが、この三人にはそんな大それた使命はない。
せっかく興味を持ったことだし、嫌いにならないように指導してあげたいという思いがある。
「グレアム、他のことを教えてくれるのか?」
「ああ。基礎の大事さを教えるためにも、今から打ち合いを行おう。……とはいっても、俺からは攻撃しない。俺に剣を当てるつもりで打ち込んできていいぞ」
俺が三人にそう伝えると、少し渋かった表情が一気に笑顔へと変わった。
やはり打ち合いが一番面白い。
それは俺もよく分かっているからな。
「はいはい! グレアム様! 私から行っていい?」
「ああ、構わないぞ。構えは特に気にしなくていいから、とにかく本気で木剣を当てにこい」
「分かった!」
リアは元気よくそう返事をすると、無茶苦茶な構えから剣を振り回してきた。
型にハマっていない無茶苦茶な動き、それでいて意外とすばしっこいため、動き自体は捉えにくいのだが……剣を振る際の隙が大きく、更に動きも読みやすいため、わざわざ剣で受ける必要もなく躱すことができる。
最初は力を出し尽くす勢いで無茶苦茶に動き回っていたリアだが、早々にバテ始めてきたせいで動きが一気に鈍化。
空振りをしてしまうと態勢が崩れ、崩れた態勢を元に戻さないといけないという工程を挟まないといけなくなるため、バテやすくなるという最たる例を見せてくれている。
相手の体に当てたという達成感も味わえなく、想像している以上にキツいんだよな。
俺が過去の苦い思い出を考えていると――とうとう体力の尽きたリアが地面に腰をつけた。
「駄目ー。グレアム様、強すぎる……」
「リアは失敗と。さて、次はどっちだ?」
「私がいきます!」
「分かった。次がアンで、最後がグリーだな」
そこから立て続けにアンとグリーと打ち合いを行ったが、結果はリアと全く一緒。
三人共、俺のとにかく剣を当てろという言葉によって、意図していた通りに無茶苦茶な動きで攻撃してくれた。
これで、基礎の大事さが分かってもらえるだろう。
「三人共、ダメダメだったな」
「グレアムが本気を出すからじゃん」
「そうですよ! 当たりっこないです!」
「確かに俺が相手だったというのもあるが、三人共動きが悪すぎた。……さっきまで教えていた剣の振り方をしなかったのはなんでだ?」
「……え? だって、なんでもいいから剣を当てるってなったら、無茶苦茶に動いた方が当たりやすいだろ?」
「その考えが間違っている。グリー、さっき振り込んだ構えのまま、また俺に打ち込んでこい」
あまり納得いっていない様子だが、俺の言うことを聞いて剣を構えたグリー。
「そう。そのまま俺に剣を向けた状態で、ゆっくり詰めてこい。そして、間合いに入った瞬間に打ち込め」
「分かった」
俺はグリーの周りをサークリングしながら避けに徹する動きを見せたが、グリーは指示通りにゆっくりと距離を詰めてきている。
やはり無茶苦茶な動きよりも、こうしてジッと構えられた方が嫌。
実力差のある俺でもこう思うのだから、他の人ならもっとそう感じるだろうし、実際に構えながら距離を詰めているグリーも手応えを感じているはず。
そこから間合いに入る度に、グリーからの上段斬りが飛んできたが、手を抜くことはしたくないため、俺は全て躱してみせた。
一度も剣を当てられなかったという同じ結果には終わったものの……。
「なんとなく手応えを感じたか?」
「……うん。剣は当てられなかったけど、戦っている感じがした! 無駄な力は使っちゃ駄目なんだ!」
グリーの表情は見るからに明るく、声もいつもより大きく嬉しそう。
そんなグリーを見て、リアとアンもやりたそうにしているため、この後二人とももう一度相手をしよう。
初回にしては、かなり実りのある指導ができたはずだ。
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ここまでお読み頂きありがとうございます。
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