第143話 緩急
アオイが短剣を片手に、目を輝かせながら立っている。
その姿がおもちゃを貰う前の子供のようで、俺はつい笑ってしまう。
「なんで笑ってんのさ! 失礼なことを考えてるでしょ!」
「……いや、別に考えていないぞ。早くやろう」
「絶対に失礼なことを考えてたけど、指導してくれるならまぁいいか! それで、今日は何から教えてくれるの?」
「基本的な立ち回りは既に教えたから、実戦で使える動きについてを教える」
アオイは短剣使いのため、力よりも技術に重きを置いた方がいい。
まずは実戦で使える技をいくつか教えよう。
「技を教えてくれるの? 必殺技になるかな?」
「そんな大げさなものじゃない。とにかくまずは武器を構えてくれ」
俺とアオイは構えた状態で向かい合う。
それからしばらく時が流れ、何もアクションを起こさない俺に対し、首を軽く傾げたアオイ。
そして、その首を傾げたタイミングで――アオイはまばたきを行った。
俺はそのまばたきのタイミングに合わせ、態勢を一気に低くさせて懐に潜り込む。
そのまま俺を目で追えていないアオイに木剣を当てた。
「……へ? いきなりグレアムが消えたんだけど! 何か能力を使ったでしょ!」
「え? 使っていませんでしたよ? 私の目線からでは、割と普通に攻撃へと移行していました」
「そんなことある!? 目の前から本当に消えたんだよ!?」
驚きまくっているアオイに対し、傍から見ていたジーニアがそう返答した。
アオイはその回答に納得していないようでもう抗議しているが、今回はジーニアの言っていることが正しい。
「ちなみにだが、何の能力も使っていないしジーニアの言っていることが正しいぞ」
「えー!? じゃあ、どうやって消えたのさ!」
「まばたきに合わせて動いただけだ。アオイのまばたきと同時に死角に潜り込んで、そのままこの位置までやってきた。だからジーニアには普通に見えていたけど、アオイにとっては消えたように見えたってだけ」
「まばたきに合わせるって……どちらにしてもめちゃくちゃじゃん!」
「確かにまばたきに合わせて動くのは難しいかもしれないが、これに似たことなら簡単にできる。例えば……こんな感じで」
俺はその言葉と同時に、少し離れた場所に魔法を放ち、小さな爆発音を起こした。
その爆発音がした場所にアオイが視線を向けた瞬間を狙い、先ほどと同じように懐に潜り込む。
今回は頭ごと視線を向けたため、まばたきの瞬間を狙ったさっきよりも簡単に懐に潜り込めた。
「――と、懐に潜り込むのは案外簡単にできる」
「なるほど! 視線が大事ってことなんだ! 少しだけ分かった気がする」
「そうだな。だから、自分だけじゃなくて相手もしっかりと観察しないといけない。注意深い相手だった場合は、今みたいな視線誘導も行うと効果的だ」
「視線誘導か……! でも、私は魔法使えないよ?」
「魔法じゃなくても大丈夫だし、少しでも視線や注意を逸らすことができればそれでいい。色々なやり方があるからこれらはまた別で教える」
「へー。単純な力だけじゃなくて、色々考えているんだね!」
「俺も最初から強かった訳じゃないからな。敵も強かったし、技術で戦っている内に力がついてきたって感じだと思う」
最初に魔王軍が襲ってきた時は、本当に思考錯誤して戦っていた。
懐かしいという感覚と同時に、苦しすぎる戦いだっただけにあまり思い出したくない経験。
「グレアムが技術で戦っていたってことは、それより弱い私は絶対に技術を身に着けないと駄目じゃん!」
「そうだな。だから、こうして教えている。今日はさっきやって見せた死角に入る動きと、自分の速度を上げる技術を身に着けてもらう」
「自分の速度を上げる技術? ダッシュしまくって脚力をつける――とかじゃなくて、技術で速くなれるの?」
「もちろん。重要なのは脱力だ。一回手本を見せる」
再びアオイと向かい合う。
俺はゆっくりと歩き出し、間合いに入る直前で体の力を抜いた。
そして――爆発させるように一気に地面を蹴り上げ、斬りかかる。
俺の動きにアオイは一切反応できておらず、目をぱちくりとさせながら固まっている。
「――っと、こんな感じだな」
「えっ!? 意味が分からない! ただただ速かったってだけなんだけど!」
「今の動きは私も目で追えませんでした! 本当に技術なんですか?」
「ああ。重要なのは緩急で、なるべく0から100に近づけるのが理想だな」
「緩急? 言っている意味が理解できない!」
「言葉で伝えるのは難しいな。……ちょっとこの石を投げる。ジーニアも協力してほしい」
「はい! もちろん協力させてもらいます!」
俺は庭に落ちていた石を拾い、少し離れた位置にジーニアを立たせた。
アオイには客観的に見てもらうため、俺の後ろに立たせる。
「今からこの三つの石をジーニアに投げる。アオイは一投目と三投目だけを見てくれ」
「……? よく分からないけど分かった!」
まずは一投目。
怪我や物を壊さないようにだけ気をつけつつ、二人が反応できるそれなりの速度で石を投げる。
そして二投目。
アオイには後ろを向かせ、俺はゆっくりと山なりに放った。
ジーニアは首を傾げているが、これで準備は整った。
「これから三投目を投げる。アオイはしっかりと見ていてくれ」
「分かった! 何が起こるか楽しみ!」
アオイの期待¥とは裏腹に、俺は一投目と同じ速度で石を放る。
意味が理解できず、アオイは首を傾げているが……ジーニアの反応は違った。
「うわっ、ビックリした! 反応できませんでしたよ!」
「ジーニアはこう言っているが、アオイから見てどうだった?」
「……え? 一投目と三投目は同じ速度だったと思うけど……。どういうこと!?」
「これが緩急。速度は全く同じだけど、体感速度は変わるということだ。ちなみに遅攻自体も有効だからな」
上手く伝えられたかは分からないけど、理解できればアオイは一気に伸びる――はず。
ただ、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見るに……もう少し詳しく指導しないと駄目そうだ。
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ここまでお読み頂きありがとうございます。
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レーベルはMFブックスで、イラストは桧野ひなこ先生に描いて頂いております。
加筆も加わっており、web版を読んでくださっている方でも面白く読めると思いますので、是非お手に取って頂けたら幸いです!
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