第142話 稽古


 ジーニアとアオイも一緒に暮らし始め、あっという間に三日が経過した。

 この間は引っ越し作業やら、家具やらの買い出しやらでバタバタとしていたが、ようやく落ち着きを取り戻した感じがある。


 コーヒーでも飲みながらゆっくりしようとリビングに向かうと、先に起きていたアオイが座っていた。

 早起きしたつもりだったけど、随分と起きるのが早い。


「あっ、ジェイドおはよう! 今日から依頼を受けに行くの?」

「いや、今日までは休みにするつもりだ。何だかんだ忙しかったし、今日はゆっくりしたい」


 クルーウハミリオンの報酬が想像以上に良かったため、少しゆっくりできる時間があるからな。

 今日はゆっくりし、明日から気持ちを切り替えて依頼に臨む予定。


「えー! じゃあ今日こそ稽古つけてよ! 色々と忙しくて何も出来ていなかったしさ!」

「貰った鉱石類をどうにかしようと思っていたんだが……午前中ならいいか。分かった。今日は中庭で稽古をつけよう」

「やったー! よしよし、じゃあ早速ジーニアが起きてくる前に稽古つけて!」


 抜け駆けしようとしているアオイだが、流石に起きてすぐにいきなり稽古をつけるのはしんどい。

 コーヒーを飲むつもりだったし、稽古をつけるのはパンでも焼いて少しゆっくりしてからだ。


「流石に朝食を食べてからだ。寝起きだし、体が起きるまで少しゆっくりさせてくれ」

「えー! 早くしないとみんなが起きちゃう!」


 隣でぶーぶー言っていたアオイだが、俺は無視してパンを焼きながらコーヒーを淹れ、ゆっくりと朝食を楽しんだ。

 その間にみんなが起きてきたことで、アオイは頬を膨らませながらそっぽを向いている。


「グレアムさん、おはようございます。……アオイちゃんは何で膨れているんですか?」

「みんなが起きてくる前に稽古をつけてもらおうと思っていて、俺が朝食を食べ始めたから拗ねてる」

「ふふっ、アオイちゃんらしいですね。抜け駆けは駄目ですよ」

「ぶー! ジーニアだって、いつも抜け駆けしようとするじゃん!」

「……ねぇ稽古ってなに? 俺も稽古してもらえるの?」

「やる気があるなら稽古をつけるぞ」

「グレアム様、私もやりたい!」

「わ、私もいいですか?」

「あー! 一番最初は早起きして交渉した私だからね!」


 グリーの問いから、リアとアンも稽古をつけてほしいと名乗りを上げた。

 トリシアがリア達に何か言いたげにしているが、どうせなら今日はみんなで鍛錬してもいいかもしれない。


 強くなって悪いことなんて一つもないからな。

 ただそうなると、木剣の数が確実に足りないから買いに行かないといけない。


「アオイ。今日はみんなに稽古をつけることにしたから、木剣を五本買ってきてくれないか?」

「えー、なんで私なのさ! みんなで行こうよ!」

「アオイはもう朝食を済ませているだろ? 行ってくれた代わりに、アオイには個人指導の時間を長く取る」

「グレアムさん、それはズルいですよ! 朝食いらないので私が行きたいです!」

「やったー! 私が行ってくる!」


 代わりに行きたそうにしたジーニアを置いて、少し渋っていたのが嘘のように家から飛び出して行ったアオイ。

 何はともあれ、アオイが戻ってくるまでにご飯を食べてしまおうか。


 それから近くの武器屋に駆け込み、二十分ほどで木剣を買って戻ってきたアオイ。

 その間に俺達も朝食を終え、いつでも動ける準備が整った。


「はいはい! 買ってきたからまずは私から個人指導してよね!」

「いや、最初はリア達に剣の振り方を教える。何も教えないと、アオイを指導している間見ているだけになっちゃうしな」

「えー! ……理由には納得できたからまぁいいけど!」


 名乗りを上げたアオイには待っていてもらい、まずはド素人のリア、グリー、アンの三人に剣の振り方を教えることにした。

 まずは……握り方から教えないといけないな。


「右手を柄頭から少し離して握る。左手は柄巻には手をかけず、右手からは少し離して握るのが正しい剣の握り方だ」

「右手が上で左手が下? グレアム様、これでいいのかな?」

「ああ、合っている。その構えで、まずは上から下に振り下ろしてみてくれ」


 リアはすぐに教えた握りを行い、上段斬りを行い始めた。

 運動能力が高いからか、まだ教えたばかりなのに大分様になっている。


「……握りがしっくり来ない。俺、左利きなんだけど、左手を上にしちゃ駄目なの?」

「ああ、駄目だ。左を上にしてしまうと、一番のウィークポイントである心臓部を晒すことになるからな。それに、基本的には左手をメインに動かすことになるから、左利きの方がやりやすいはずだぞ」

「へー、構えにも明確な理由があるのか……」

「グレアムさん、私の構えはどう?」

「バッチリだ。アンも剣を振ってみてくれ」


 握りにくそうにしているが、理由に納得したようで、教えた通りの構えを試しているグリー。

 アンはまだ筋力が足らないようで、木剣に振られているように見えるが……成長と共に筋肉がつけば、ちゃんと振れるようになるはず。


「意外に難しいし、疲れる……けど、楽しい!」

「それなら良かった。グリーも握り方はバッチリだな。とりあえず三人はその構えで剣を振ることを続けてくれ。疲れたらちゃんと休憩も入れるんだぞ」

「はーい!」


 とりあえずはこれで大丈夫だろう。

 本当は細かな指摘も入れたいけど、最初は自由にやらせた方が伸びるはず。

 名残惜しさを感じつつも剣を振っている三人のところを離れ、俺は期待の眼差しで俺を見ているアオイのところへ向かった。




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ここまでお読み頂きありがとうございます。

追加での告知なのですが、本作のコミカライズ化も決まりました!

連載時期はまだ未定なのですが、連載されましたらコミカライズ版もよろしくお願い致します!

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