第134話 約束の内容


 宿屋を後にして、一直線でグリーとアンのいるテントへと向かった。

 グリーの疲労を考えると、まだ寝ている可能性が高いと思っていたが……テントを開けると二人は正座をして俺を待っていた。


「おはよう。……どうしたんだ? 二人して畏まって」

「グレアムさんにはお礼を伝えないといけないと思って、こうして待っていました。お兄ちゃんを守ってくれて、そしてお父さんとお母さんの仇を討ってくださり、本当にありがとうございます」

「ありがとうございます」


 アンが流暢にお礼の言葉を述べた後、グリーが続くように頭を下げた。

 俺は何よりもアンの大人っぽい言葉使いに驚いてしまう。


「勝手にやったことだからお礼もいらないし、そんな畏まらなくていいぞ。それに……グリーには事前に伝えていたけど、クルーウハミリオンを倒す代わりに一つ言うことを聞いてもらうことになっているしな」

「――えっ!? それは初めて聞いた! もしかして……私も?」

「もちろん。グリーもアンも俺の言うことを一つ聞いてもらう」

「えっ! アンは違うだろ! 約束したのは俺だけだぞ!」

「いや、アンのお願いでグリーを守った節もあるし、アンにも言うことを聞いてもらう」


 俺がそう伝えると、二人は軽く絶望的な表情を見せた。

 ビオダスダールに移住して、俺が購入した家で暮らせ――という命令をするつもりなのだが、もしかして嫌な方に思考が伸びているのかもしれない。

 そう思われていることに軽くショックを受けつつ、誤解を解くために俺は二人に対してすぐ命令の内容を伝えることにした。


「ちなみに二人に聞いてもらう内容だが、俺と一緒にビオダスダールに来てもらうことだ」

「…………びおだすだーるに来てもらう? 俺とアンが違う街に行くってことなのか?」

「そういうことだ。ビオダスダールは俺の暮らしている街で、二人にはそうだな。……俺の手伝いをしてもらう。ちゃんと仕事をするなら住むところも飯も金も出す。だから二人にとっても悪い話じゃないはずだ」


 本当はただ保護するだけの予定だけど、その言い回しではグリーが反発することが目に見えている。

 そのため、仕事を手伝ってもらうというテイも含めて、二人には購入したグレイテスト家で暮らしてもらうことにした。


「住むところにご飯も……!? ここまで良くしてもらったのに、更に助けてもらっていいのかな?」

「別に助けるって訳じゃない。人手に困っているから、二人には働いてもらいたいと頼んでいるだけだ。まぁ“頼んでいる”と言ったが、グリーと約束したから強制だけどな」

「本当は売り飛ばすとかではないのか? まぁ売り飛ばされたとしても、俺達に拒否はできないんだろうけどさ」

「そんなことはしない。本当に働いてもらうだけだ」


 やってもらうことを伝えたことで、二人の警戒心はかなり解けた様子。

 気掛かりは両親との思い出が詰まっているであろう、ライトミラの街を出たくないとかを危惧していたが、そういった思いはそこまで強くなさそうではある。

 良い思い出よりも、悪い思い出の方が多くなってしまったといった感じなのかもしれない。


「私はついていきたい……かな。そもそもお兄ちゃんが約束したことみたいだし」

「別に約束をしたって感じではないと思うんだけど……。助けてもらったのは事実だし、拒否できないなら俺もついていくしかないか」

「了承してくれて助かる。そういうことならすぐに準備をしてくれ。大事な荷物だけ持ってすぐにライトミラを出立する。一人は抱っこ、一人は背負って向かうから、荷物は最低限にするんだぞ」

「えー!? また抱っこで移動しなくちゃいけないのかよ! あれだけは嫌だ!」

「文句を言うな。グリーを連れた状態でクルーウハミリオンを倒さないといけなかったから、予定よりも大幅に時間が過ぎてしまっているんだ。俺は一刻も早く、ビオダスダールに戻らなくちゃいけない」


 心底嫌そうにしているグリーに対し、何のことかさっぱり分かっていない様子のアン。

 まぁ飛ばす予定ではあるが、森の中を捜索した時と違って自由に休むことができるため、そこまで酷いことにはならないはず。


「……なら、一人で戻ればいいだろ」

「ん? 何か言ったか?」

「何も言ってないよ!」


 文句を垂れているグリーに釘を刺してから、二人にさっさと準備をさせる。

 テントの片づけもしなくてはいけないだろうし、二人が片付けている間に俺はお土産を選びにいくことにしよう。


 アドウェール達にこの街の名物を聞いておけば良かったと軽く後悔をしつつ、俺はテントを離れて大通りへと出た。

 とりあえず甘いお菓子のようなものと、可愛らしい小物か何かを買えば大丈夫なはず。

 お金に糸目はつけず、俺は直感で良いと思ったものをとにかく買い漁ったのだった。



 約二時間ほどかけ、お土産を購入してからテントに戻ってくると、グリーとアンはしっかりと準備を整えて待っていた。

 ゴミもしっかりと処分したようだし、荷物が少し多い気もするが……まぁこれぐらいなら大丈夫か。


「二人とも準備はできたか?」

「うん。俺達はいつでも出発できるけど、もう行くの?」

「もちろん。さっきも言った通り、時間がないからな」

「ちなみにですが、ここからどれくらいで着くの?」

「二人を連れて向かうから正確な時間は分からないが、恐らく夜までには着くと思うぞ」

「夜まであの速度を耐えないといけないのかよ……!」


 表情を強張らせているグリーを見て、アンも少し怯えているように見える。


「そんなに心配しなくても大丈夫だ。それじゃ――ライトミラを出発するぞ」

「分かった。……色々とありがとう」

「グレアムさん、ありがとうございます。私、頑張るから」

「ああ。期待している」


 グリーとアンの頭を軽く撫でてから、三人でライトミラの街を出発した。

 徐々に小さくなっていくライトミラの街を見て、二人は感慨深そうにしていたが……俺はお構いなしにアンを片腕で持ち上げてグリーを背負う。


 そして、二人が耐えられるであろう速度でビオダスダールを目指して走り出した。

 暗い雰囲気は一瞬で吹き飛び、叫びまくっている二人を連れ――二日ぶりのビオダスダールに帰ったのだった。


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