第132話 仇討ち


 所作もほぼ人間。

 気配も上手く紛れ込ませているし、違和感があるのは夜の森に明かりも持たずいるという点だけ。

 あんなのが街の中に紛れ込んでいたと考えると……俺でも背筋が寒くなるくらい怖い。


「グリー、ここから隠れて見ているんだぞ」

「……ねぇ、あいつがクルーウハミリオンなの?」

「まだ分からない。まだ、ただの人間の可能性はある」

「……分かった。ここで待ってる」


 とりあえずそう報告をし、グリーを木陰に隠れさせた状態で俺は巣に近づいていく。

 クルーウハミリオンは巣の中に入ったまま、特に動きは見せていない。


 待機させているグリーにだけ注意しつつ、俺は巣の中を覗き込んだ。

 巣の中は何もなく、さっき勝手に入ったときと何ら変わらない状態。


 巣の中に入ったはず――とそこまで思考して、クルーウハミリオンが姿を消すこともできることを思い出した。 

 俺は更に巣に近づいて聞き耳を立てると、巣の中から呼吸音が聞こえてくるのが分かった。


 何も見えないが、確実に巣の中にいる。

 透明になっているということは、俺の存在に気がついているのかもしれない。


 正直、想像以上に面倒くさい性能をしているため、このまま巣ごと重力魔法で潰してしまいたいのだが……。

 それでは、わざわざ危険を冒してグリーを連れてきた意味がない。


 俺は一度巣から離れ、近くに生えている一番臭いの強い木の実を採取。

 呼吸音を頼りに、その木の実をクルーウハミリオンにぶつけてみせた。


 姿を変化させながら気配も消すことができ、魔法などの痕跡も残さないという厄介極まりない能力を持っているクルーウハミリオンだが、恐らく付着した臭いまでは消すことができないはず。

 木の実がぶつかって弾けたことで、独特な臭いがクルーウハミリオンに付着した。


 これで臭いを頼りに見えない相手と対峙できる。

 俺は巣からクルーウハミリオンが出てくるのを待っていると、周囲を窺いながらゆっくりと出てきた。


 透明状態のままだが、臭いはしっかりと残っているため、居場所は手に取るように分かる。

 これなら逃がさないし、少し泳がせても確実に仕留められるな。


「グリー。今から倒すからよく見ておけ」

「えっ!? どこにいるんだよ!」

「そのうち見えるようになる」


 グリーにそうとだけ言葉を返し、俺はクルーウハミリオンの前に堂々と姿を見せる。

 俺の不可解な行動に警戒しているのか、クルーウハミリオンは動きを完全に止め、呼吸音すらも漏らさないようにしている様子。


「隠れているつもりだろうが丸見えだぞ。色々と派手に暴れていたみたいだが、それも今日でおしまいだ」


 言葉が理解できるのか分からないが、俺はクルーウハミリオンに声を掛ける。

 それでも動く気配を見せないため、俺はゆっくりとクルーウハミリオンに向かって歩き始めた。


 そして一定の距離まで近づいた瞬間、クルーウハミリオンは居場所がバレているとようやく悟ったようで、猛スピードで俺に近づき、攻撃を仕掛けてきた。

 土を蹴る音から四足歩行だと言うことが分かり、攻撃を仕掛けようとしたことで微弱ながら気配も漏れた。


 姿は依然として見えないままだが、これだけの情報があるならまず攻撃を受けることはない。

 俺はクルーウハミリオンの攻撃をギリギリのところでかわしながら、タイミングを見計らって腹部に拳を叩き込んでいく。


 質感はぶよぶよとしていて柔らかい。

 弾力からして一定以下の攻撃は無力化されるのだろうが、体の芯までダメージが入るように、貫くイメージで拳を叩き込むことでしっかりとダメージを入れていく。


 攻撃をかわされることがほとんどなかったことに加え、完璧な反撃を受けるのは想定外だったようで、たった三発叩き込んだところで攻撃の手を止めた。 

 クルーウハミリオンが強いというのは、完璧すぎる隠密も含めてということであり、単体性能はベルセルクベア以下のようだ。


「もう終わりか? 隠密と変化能力は本物だったから期待していたのだが……期待はずれもいいところだぞ」


 そう声を掛けたところで、クルーウハミリオンは透明化を解除し、人間の姿へと変化させた。

 変化したのはよりにもよって、若い華奢な女の人。


 クルーウハミリオンと分かっていても、攻撃するのに抵抗がある。

 そのことをクルーウハミリオンは分かっており、理解した上で化けているのだから……本物の悪魔といえる。


「グリー、見えているか? こいつがクルーウハミリオンだ」

「ほ、本当にいたんだ」

「人間の姿をしているが、正真正銘の化け物。ここまでついてきたのなら最期を見届けるんだ」


 まだ幼いグリーにはショッキングな光景かもしれないが、両親を殺されたという事実や、そこからの一年間の方がよほどショッキングな経験だったはず。

 自分の手で仇を討てない以上、クルーウハミリオンの最期はしっかりと見届ける方が……グリーの今後を考えたら絶対にいい。


 俺は人に化けたクルーウハミリオンに一気に近づき、首元目掛けて刀を振り下ろす。

 クルーウハミリオンも何かしらの行動を起こそうとしていたようだが、俺の振り下ろした刀の方が先に首に到達。

 何の抵抗もなく刀は振り下ろされ、クルーウハミリオンの首は宙を舞ってから――地面へと落ちた。


 どういう原理なのかさっぱり分からないが、地面に落ちた頭はクルーウハミリオン本来の頭に戻っており、残っていた胴体部分も人間の姿から魔物の姿へと戻っていった。

 本来のクルーウハミリオンの姿は、醜く太ったトカゲのような姿。


 色も黒紫といった毒々しい色合いで、この死体だけを見たら、華麗に変化する魔物とはとても思えない。

 とりあえず……これで全て終わったか。


 俺は大きく息を吐いてから、木陰に隠れさせているグリーの下に向かった。

 拳を強く握りしめているグリーの頭を軽く撫で、クルーウハミリオンの死体の近くに連れていく。


「こいつが……俺のお父さんとお母さんを殺した魔物なんだよね?」

「ああ。勝手に仇を取って悪かったな」

「……ううん。ありがとう。俺じゃ一生仇を討つことはできなかった……と思うから」

「いや、グリーは強いし、いつかは仇を討てたと思うぞ。……アンを守ってよく頑張ったな」


 そう優しく声を掛けると、グリーは静かに涙を流した。

 俺はもう一度頭を軽く撫でてから、泣き姿を見ないように一人でクルーウハミリオンの解体を行う。


 結果的に大した相手ではなかったのだが、相対するまで結構骨が折れた。

 日帰りと言っておきながら二日も戻れずにいるし、ジーニアとアオイに心配をかけてしまっているかもしれない。

 さっさと解体を終えて街に戻り、少し豪華なお土産を買って――ビオダスダールに帰るとしようか。


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