第130話 対価


 適当な宿に泊まった翌日の早朝。

 グリーとアンがまだ寝ている可能性があると思いながらも、俺は二人が寝泊まりしているテントに向かった。


 外から声をかけても反応がなかったため、テントの中を覗いて見ると……二人は体を寄せ会うようにして眠っていた。

 大人びているように見えたが、こうして眠っている姿は完全な子供。


 やはり二人は確実に保護しないといけない。

 これは俺の勝手な気持ちであり、嫌がられるかもしれないが、それでも連れて帰るのが俺にできる唯一のこと。


「グリー、アン。起きてくれ」


 強い決心を固めてから、俺は二人を叩き起こした。

 眠気眼で周囲を確認したグリーは、俺に起こされたと分かるや否やすぐに警戒した。


「――またお前か! 今日は何をしに来たんだよ!」

「今日は二人の仇である、クルーウハミリオンを倒しに行くつもりだ。一応、報告はしておいた方がいいと思って寄らせてもらった」

「……はぁ? お前が倒せる訳ないだろ! それと、その魔物のことどこで聞いたんだ!」

「有名な事件だったから簡単に調べられたぞ。それより、俺は二人の仇を勝手に倒すことになる。それを先に謝りにきた」

「お前なんかが倒せる訳――」


 そこまで言い掛けたところで、俺は少し圧を強めてグリーを見つめる。

 圧に怯んで言い淀み、そして言葉を呑み込んだ。


「俺は間違いなく倒す。まだ実物は見ていないが、話を聞いた限り勝てると確信している」

「……な、なんで、私達のためにおじさんが倒すんですか?」

「未だに暴れ回っているみたいだし、倒せばお金も手に入るからな。別に二人のためってことではない」

「ほ、本当にお前は倒すことができるのか?」

「ああ。確実にな」


 あれだけ無理と言っていたグリーだが、俺の言葉に嘘偽りがないことを確信した様子。

 そして大きく深呼吸をしてから、グリーは鬼気迫る表情で俺に詰め寄ってきた。


「なら……俺も連れていってくれ! 俺とアンのお父さんとお母さんを殺した魔物の最期を見届けたい!」

「かなりの無理難題を言っていることは分かっているのか?」

「……うん。足手まといを連れて戦えって言っているのは分かってる! でも、この目で見届けないと俺は……」


 難しい話ではないが、こんな小さい子を危険とされている魔物の前に連れていくという行為に抵抗がある。

 ただ、倒したという報告を聞くだけでは、自分の中の気持ちに整理がつかないのだろう。


「分かった。ただ、流石に連れていけるのは一人だけだ」

「ありがとう! 俺が行く!」

「アンはそれでいいのか?」

「……はい。その代わり、絶対にお兄ちゃんを守ってください! お兄ちゃんまでいなくなったら私……!」

「心配しなくて大丈夫だ。俺が命に代えても守る」


 俺はアンの頭を優しく撫でつつ、グリーが身支度を整えるのを待つ。

 そして、準備が整ったと同時にすぐに出発した。


「絶対に戻ってくるから、アンはここで待っててくれ!」

「……うん! 絶対に死んじゃ駄目だから!」

「昨日買った食糧を置いていく。明日の昼に戻ってくるから、それまではこのテントにいるんだぞ」

「ありがとうございます……!」


 買っておいた食糧を渡し、すぐに街を出て北東の森を目指すことにした。

 アンを一人で待たせるのは抵抗があったが、流石に南東の森に連れていくよりかは安全。

 心配をかけさせ過ぎないよう、なるべく早く倒して戻るとしよう。



 ライトミラを出発してから約四時間。

 グリーを連れているから、たどり着くまで意外と時間がかかってしまった。


 森の中では抱っこかおんぶを強いることになるし、森までの道中は自由にさせてあげたかった。

 それにまだ昼ぐらいであり、日暮れまでは時間があるから焦る必要はない。


「……はぁ、はぁー。ペースが速い。もう……着くのか?」

「あそこの森がクルーウハミリオンのいるとされている森だ。日暮れにしか戻ってこないようだから、それまでは下見を行うつもりでいる」

「し、下見……。まだまだ歩かないといけないのか」

「いや、森の中からは俺がグリーを抱っこするか背負う」

「はぁ!? 知らないおっさんに抱っこされるとか絶対に嫌だ!」

「なら――死ぬぞ? アンを悲しませることになるがそれを望んでいるのか?」


 そういうと、グリーは下を向いて黙りこくった。

 幼いから仕方がないとはいえ、危険に対する認識が甘すぎる。


「……分かったよ」

「それと、森の中では俺の指示に絶対に従え。勝手な行動を取ったらたすぐに連れ戻す」

「……分かった」

「あと、負担を強いてグリーを連れてきているから、無事にクルーウハミリオンを倒したら俺の言うことを一つ聞いてもらう」

「分かったっての! ……へ? なんだそれ! 聞いてないぞ!」

「当たり前だろ。対価を得るには対価を支払わないといけない。俺はパン屋の店主みたいに優しくないからな」

「後だしなんてズルいぞ!」

「じゃあ……今から戻るか? 夜までは時間があるし、俺はすぐに戻ってもいい」

「帰る……訳ないだろ! 俺は死んでもついていく!」

「その点は大丈夫だ。俺が死なせない」


 無理やりながらもグリーとの約束を取り付けた。

 この約束として、二人にはビオダスダールに来てもらうこととしよう。

 俺は頭の中でそんなことを考えながら、グリーを連れて北東の森に入ったのだった。



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