第128話 姿なき魔物


 危害を加えるつもりがないことをようやく分かって貰え、グリーと呼ばれた少年も落ち着いた様子。

 以前として少女の方は俺を怖がっているが、話は問題なく行えるはずだ。


「……二人とも落ち着いたか?」

「俺は元々落ち着いている! それで兵士に突き出さないなら、何のために来たんだよ!」

「二人に色々と聞きたいことがあってな。まずはこのブルーシートで何をしているんだ?」

「何をって生活だよ! 見て分かるだろ!」


 つんけんとしているが、しっかりと返答してくれるグリー。

 過酷な生活を強いられてきたからか、年齢の割にしっかりとしていることが話をしていてよく分かる。


「ここで、二人だけで生活を?」

「そうだ! 何か文句あるのかよ!」

「文句はないが、他の人に迷惑をかけたら駄目だろ。それにパン屋の店主さんは捕まえなくていいと言っていたが、盗みなんかしていたらいずれ捕まるだろ?」

「うぐ……うるさい! 生きていくためなんだから仕方ないだろ」

「両親はいないのか?」


 俺がそう尋ねると、グリーは歯を噛み締めて黙り込んだ。

 その表情から強い怒りを感じ、『例の事件』はこのことだということが聞かずとも分かる。


「……いないです。一年前にいなくなりました」

「こらっ、アン! 答えなくていいんだよ!」

「だ、だって……グリーが答えないんだもん」

「いなくなったというのはどういうことだ? 二人を置いてどこかに行ってしまったのか?」

「違います。魔物に……殺されちゃったんです」

「そうだったのか。二人とも辛かったな」


 俺が優しく声をかけると、アンと呼ばれた少女は静かに泣き始めてしまった。

 幼くして両親を失ってしまった二人には身寄りもなく、仕方なくこうして路上生活するしかないといった感じなのだろうか。


 だとしたら……パン屋の店主がグリーを見逃したのも頷ける。

 事情を知っていたら、俺でも見流すだろうしな。


「アン、泣くな! 仇を討つまでは頑張るって決めただろ!」

「…………ぐす。…………うん」

「仇? 二人の両親を殺した魔物はまだ生きているのか?」

「うるさい! お前には関係ないだろ!」


 そこからは何を言ってもうるさいとだけ言われ、グリーもアンも何も答えてはくれなかった。

 とりあえず……今日はもう話をしてくれないだろう。


 日帰りのつもりだったが、この話を聞いて素知らぬ顔で帰る訳にはいかないな。

 今日は事件についてと、二人の両親を殺した魔物についてを調べ――明日、その魔物を討伐しに行こう。


 そして、グリーとアンはビオダスダールに連れて帰る。

 まだ何の準備も整っていないが、このブルーシートでの生活よりかは断然いいからな。


 そうと決まれば、早速情報集めから。

 ギルド長から貰った書状もあるし、まずは冒険者ギルドに行ってみるとしよう。


 

 ライトミラの冒険者ギルドに着き、ギルド職員に書状を見せたところ、すぐにギルド長室へと案内された。

 何が書かれた書状なのか分からないが、本当にギルド長には助けられている。


「おやおや、どうもこんにちは。君かね? ドウェインの命の恩人というのは」

「命の恩人……? ではないと思うのだが、仲良くはさせて貰っている」

「私もドウェインとは古くから仲良くさせてもらっているんだ。……あー、自己紹介が遅れて申し訳ないね。私はこの冒険者ギルドのギルド長を務めているアドウェール・ワーズワースという。気軽にアドウェールと呼んでくれ」

「分かった。俺はグレアムという。よろしく頼む」


 アドウェールと握手を交わしてから、俺は早速例の事件について聞いてみることにした。


「早速なんだが質問してももいいか? 飲み屋街の裏路地に住んでいる少年と少女にあったんだが、その二人の両親が殺されたという一年前にあった事件について知っているなら教えてほしい」

「ほうほう。いきなり厳しいところを聞いてくるね。その少年少女のことは知らないのだが、一年前にあった事件といえば――クルーウハミリオンの襲撃のことだろうね」


 クルーウハミリオン。

 聞き覚えのない名前だが、魔物の名前なのだろうか。


「そのクルーウハミリオンは魔物の名前なのか?」

「そうだね。お察しの通り、ライトミラを恐怖のどん底に叩き落とした魔物だよ。姿を自由自在に変化させられる魔物でね。簡単に街の中に侵入されて、合計で百人以上の人間がクルーウハミリオンに殺されてしまったんだ。グレアムが言っていた少年少女の両親はきっとその時の被害者だと思うよ」

「姿形を変化させる魔物か。それは……厄介な魔物だな」

「厄介なだけでなく、強いというのも非常に困らされたよ。透明にもなることができ、そして人間にも化けるから、本当に対処のしようがなかったんだ」


 ベインが透明になってビオダスダールに来たことがあったが、あんな感じで街に侵入してきて――大量に人間を殺したってことか。

 ベインは魔法による変化だったからすぐに分かったが、固有の特性による変化ならば見分けがつかないだろうし……俺でも対処できるか分からない。


「それじゃ今でも襲われる可能性があるってことか?」

「いいや。当時は対処のしようがなかったのだけど、ドウェインの紹介で王都にいる魔障壁を張れる魔導師を紹介してもらってね。今はその魔障壁のお陰で街は守られているよ」

「なるほど。そこでアドウェールはギルド長に助けられたのか」

「そういうことだね。だから君を手助けするつもりだよ。まだ何か知りたいことはあるかい?」

「クルーウハミリオンの居場所が知りたい。出会った少年と少女の仇を討ってあげたくてな」


 俺のその言葉に酷く驚いた標識を見せたアドウェール。


「クルーウハミリオンを倒す……? 流石はドウェインの命を救った人だね。発想が規格外だ。それも出会った少年少女のためだろう?」

「そんなに変か? それに街の中には入られないとはいえ、街の外では襲われる危険がまだあるんだろ?」

「そうだね。実際に商人の馬車ごと襲われたり、冒険者の被害は未だにある。倒してくれるのであれば私としても嬉しい限りなのだけど……クルーウハミリオンは本当に凶悪な魔物だよ?」

「その点は大丈夫だ。俺はそれなりに強いみたいだからな」

「書状にも任せていいと書かれていたし、私は無理に止めるようなことはしない。クルーウハミリオンの警戒のためだけに動いてくれている冒険者パーティを紹介するから、直接話を聞いてみるといいさ。きっと居場所に繋がる情報が貰えるはずだよ」

「ありがとう。恩に着る」


 俺はこうして、クルーウハミリオン専属の冒険者パーティを紹介してもらうことになった。

 ギルド長のお陰で本当にトントン拍子で情報を手にいれることが出来ているし、帰りに何かしらのお土産を買っていってあげないといけないな。


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