第127話 ライトミラ


 ビオダスダールを出発し、西に向かって全速力で走ること約二時間。

 ようやくギルド長から教えてもらった街が見えてきた。


 ここは『ライトミラ』という街で、ビオダスダールから一番近い栄えている街らしい。

 まだ行ったことのある街が片手で数えられるくらいしかない俺にはよく分からないが、確かに街自体の大きさも人の多さもビオダスダールに匹敵する街だと思う。


 大きな街であれば、魔物の情報も集まっているであろうという推察のもと訪ねてきた訳だが……まずは街に入らなければな。

 初めてビオダスダールに来たときは緊張したが、今は冒険者カードがあるため、すんなりと中に入ることができるはず。


 久しぶりに俺一人ということもあって、大丈夫と分かっていながらもやはり緊張しつつ、入門検査待ちの列に並んで順番を待つ。

 それから入門検査が行われたのだが特に疑われることもなく、俺は無事にライトミラの街に入ることができた。


 ビオダスダールと街の造り自体は似ているが、治安は悪いのか酒瓶を片手にうろついている人がチラチラと見える。

 グレイテスト家を買ったことで、大した手持ちもないから大丈夫だとは思うが、一応盗まれないように警戒しつつ、まずは冒険者ギルドに向かおう。


 俺は明らかに冒険者という見た目をしている人の後ろに張り付き、露店市のような場所を進む。

 美味しそうな匂いの誘惑を我慢しつつ歩いていると……俺の目の前で一人の少年が商品のパンを掴んで走り出した。


 ぼろぼろの服であり、体もかなり汚れている。

 見た目で判断したくはないが、行為も加味して考えると……盗人だろう。


「ちょっと待――」

「あー、捕まえなくていいのよ! 放っておいてあげて」


 パンを盗んだ少年を捕まえようとした俺を止めたのは、まさかの店主の人だった。

 ……ということは、あの少年は盗人ではなかったということか?


「すまない。てっきりパンを盗んだのかと思ってしまった」

「いやいや、盗んでいったのよ。でも、あの子が盗むのは数日に一回だし、盗むパンも一番安いものだから見逃しているだけなの! それにあの事件の被害者だし……これくらいは大目に見てあげないとね」

「よく分からないが……店主さんが捕まえなくていいというなら捕まえない」

「心配してくれてありがとうね! よかったら、一つパンを食べていくかい?」

「いや、俺は大丈夫だ。それじゃ失礼する」


 次の接客を始めた店主さんにそう告げ、俺はパンを売っている露店から離れた。

 店主のおばさんが言っていた『あの事件』については気にはなったが、忙しそうにしていたから流石に聞けなかった。


 もうそろそろお昼になってしまうし、まだ何の情報も手に入っていないのに寄り道をしている暇はないのだが……。

 流石にさっきの少年のことは気になってしまう。


 盗みを見逃してあげるのも優しさだとは思うが、どんな背景があろうと盗みは決して肯定される行為ではない。

 そして根本的な部分から俺が救えるのであれば、救ってあげたい。


 そんな思いから、俺は改めてパンを盗んだ少年の後を追った。

 人の隙間を縫うように走っていた少年が向かって行ったのは、如何にも治安の悪そうな飲み屋街の路地。


 そんな場所に張られた汚いブルーシートの中に、少年は飛び込むように入った。

 中からは少年の他に、少女らしき声も聞こえてくる。


 どう入ろうか迷ったが、ノックもできないためそのまま開けることに決めた。

 俺がブルーシートを捲ると、中は生活感が溢れていながらも汚い場所であり、そんなブルーシートの中には先程の少年と片目を瞑った少女がパンをかじりついていた。


「だ、誰だ! か、金目のものはここにはないぞ!」

「落ち着いてくれ。俺は何か危害を加えようと思った訳じゃない。さっきそのパンを盗んだのが見えたから、気になって後を追わせてもらったんだ」

「わ、私とグリーを……つ、捕まえるのですか?」

「いや、捕まえない。パン屋の人が捕まえなくていいって言っていたからな。ただ、少し話を聞かせてほしいんだ」

「ち、近づくな! そ、それ以上近づいたら……こ、殺すぞ!」


 なるべく優しく声を掛けたつもりだったが、グリーと呼ばれた少年は更に警戒心を強め、ブルーシート内に無造作に転がっていたナイフを握ると俺に向けてきた。

 声は震えていながらも、その目は本気そのもの。


 見た限りでは、まだ五、六歳だと思うのだが……。

 一体どんな目にあって、こんな状態になってしまったのか俺には想像もできない。


「大丈夫だ。俺は危害を加えない。もし信じられないなら、そのナイフで刺してもらって構わない」


 こういった場合の対処が分からないため、とにかく攻撃させてみることにした。

 見た限りでは安物のナイフだし、その上かなり錆び付いている。

 あのナイフなら、たとえ剣豪に斬られようが俺の体には傷一つつかないだろうからな。


「ほ、本当に刺すぞ!」

「ああ、いいぞ」

「ほ、本気だぞ!」

「俺も本気だ」


 そこまで言ったところで、少年は俺の手のひらに向かってナイフを突き立ててきた。

 鬼気迫る表情ではあったが、残っていた良心が邪魔をしたようで……刺さる直前で動きを止めた。


 ――が、俺からナイフに向かって手のひらを振り下ろす。

 先程も言ったように、俺にはこの二人がどんな境遇で育ったのか想像もつかないが、盗みは駄目だしナイフを使って危害を加えようとするのは以ての他。


「う、うわああああ! お、俺は刺してないぞ」

「て、手から血が……出てない?」


 少女が心配そうに駆け寄ってきたが、もちろんのこと俺の手は無傷。

 何が起こったのか理解できていない様子の二人は口を大きく開いて固まった。


 俺はそんな二人を安心させるため、笑顔を作って見せたのだが……。

 俺の作り笑いがぎこちなかったからか、余計に怖がらせる結果となってしまった。


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