第115話 人智を越えた力
「本当に……凄まじい光景だな」
サリースの呟くような声が魔物の死体で溢れている山岳地帯にこだまする。
冒険者達の目の前に広がっている光景は、凍り付いた大量の魔物の死体。
気温もこの空間だけ十度近く下がっているようで、熱気に包まれていた丘上とは違って身震いするくらいに肌寒い。
グレアムがほとんど一人で魔物達を蹴散らしたことで、つい先ほどまで全員が興奮をそのままに勝鬨を上げていたが、この寒さで興奮も冷めて今では少し恐ろしく感じている様子。
「明らかに人の域を超えていますよね。辺り一帯を一瞬にして凍り付かせる魔法なんて聞いたことがありませんし、それだけでなく魔物ごと一掃していますよ」
そう熱を込めて呟いたのは、【白の不死鳥】のリーダーであるジュリアン。
ジュリアンだけは熱が冷めた様子の他の冒険者たちとは違い、この光景を見て熱が更に上がったのか目を血走らせている。
「王都でギルド長を務めている私ですら、こんな魔法は聞いたことがない。少なくとも、現役の冒険者にこの魔法を扱える者は……いや、この魔法を知っている者すらいないだろうな」
「そんな魔法を容易く扱えるグレアムさん……。もはや英雄の域すら超えているのではないですか? この人智を越えた魔法ですら霞むほど、近接戦では更なる強さを発揮するのですから」
「英雄伝ですら、千を超える魔物を一人で倒したなんてのはないし……ジュリアンの言う通り、英雄という枠にすら収まらない人なのかもしれない」
サリースとジュリアンのそんな会話を聞き、Sランク冒険者たちは感嘆の声を漏らした。
そんな中、グレアムと手合わせしたことのある【紅の薔薇】のリーダー、カトレーヌが疑念の声を投げかけた。
「確かに力は英雄を凌駕しているのかもしれませんが、果たしてグレアム……さんは英雄の器なのですか? わたくしはどうしてもこの力が私達に向けられたらということを考えてしまい――先ほどから寒さではなく、体の震えが止まりません」
これは実際にグレアムと手合わせしたからこそ、より鮮明にイメージできてしまうのだろう。
体が震えているのはカトレーヌだけではなく、ダンジョンで交流戦を行った【白の不死鳥】を除く全ての冒険者達が震えていた。
「俺も恐ろしくてたまらねぇ。Dランク冒険者のルーキーのおっさんとだけ聞いて、かなり馬鹿にしちまったからな」
「わ、私もです。私達は馬鹿にはしていませんでしたが、私達のギルド長であるグアンザさんがコケにしていましたし……実際に争いにまで発展していましたから」
「心配しなくて大丈夫だと思いますよ。グレアムさんを一番コケにしていた人物であるグアンザさんが、こうしてほぼ無傷で助けられたのですから。私は一対一で手合わせしたから分かりますが、グレアムさんは人格も英雄そのものです」
圧倒的な力に恐れるものが現れた中、そう言い切ったのはジュリアン。
そんなジュリアンの言葉に賛同するように、サリースも口を開いた。
「これだけの力を目の当たりにしたのだから恐れるのも無理はないが、ジュリアンの言う通りグレアムは大丈夫だ。交流戦のことは割り切っているだろうし、今は【紅の薔薇】のことも【サクラ・ノストラ】のことも、グレアムは何とも思っていないと思うぞ」
「そうだといいんだが……俺達はとんでもねぇ人間に喧嘩を売っちまっていたんだな」
「とにかく王都に戻ったらお礼と謝罪をするべきですね。許してくれているでしょうが、絶対に誠意は見せた方がいいです」
「あの時は私ですら侮っていたから仕方ないとは思うが……馬鹿にしたことについて謝罪をしておいた方がいいな。それと、くれぐれも王都に所属している冒険者達にはグレアムの件を伝えないといけない。Dランクのおっさんだからと甘くみるな、とな」
「それは勝手に広まると思いますよ。ジャックを含む、今回初めてグレアムさんの戦いを見た人間はご執心のようですから。もちろん私もそうですし、しばらくはグレアムさんの話題で持ち切りになるはずです」
ジュリアンが言ったように、酒場でのネタは確実にグレアム一色になることは目に見えている。
それも話す人間が全員Sランク冒険者となれば、疑う人間なんていない。
自然とグレアムの名は王都に響き渡り、馬鹿にする人間は今後現れることはなくなることは未来予知なんかできずとも分かりきっている。
「それなら心配はないか。こうしてグアンザも救ってもらってしまった訳だしな。……というよりも、グアンザはどうするか」
「それはギルド長達で決めることではないでしょうか? シロ爺たちもまだ王都にいるのですよね?」
「ああ。王都で私達の帰還を待ってくれているはず。魔王軍を殲滅次第、各街のギルド長達にはすぐに帰ってもらう予定だったが……ドウェイン以外はもうしばらくは滞在してもらうことになりそうだな」
サリースはそんな独り言を呟きながら、今回の事件の後処理についてのスケジューリングを頭の中で行い始めた。
同じ元冒険者であり、今回の戦いに同行したドウェインにも本当は残ってほしかったが、ドウェインはグレアムをビオダスダールまで届ける重大な役目がある。
他の皆が魔物の死体処理を行っている間、サリースは必死に頭を動かし、今後の最善の動きについてを思考し続けたのだった。
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