第110話 別人
表情なども完全にグアンザ。
目の前まで来たことで、グアンザが裏切っていたということが疑いようもない事実になったのだが……俺はそんな対してグアンザ少し違和感を覚えた。
若干ながら魔力量が多く、体の軸のブレも一切ないのだ。
これまで接してきたグアンザがわざと隙を作っていたと言われたらそれまでだが、そんな性格だとは到底思えないし……目の前にいるのは姿形だけグアンザの別人に見えて仕方がない。
「ヴぁっはっは! 随分と驚いたような顔をしているなァ!? まさか俺が魔王軍を率いているとは思ってもみなかったって顔じゃねぇかァ! 『グレアム』よォ!」
喋り方は全くそのままグアンザ。
人を見下し、小馬鹿にする態度に加え、俺の名前も知っている。
普通ならばグアンザで間違いないとなっていたところだが、性格を偽っていなかったのだとしたら、この隙のない井手立ちはあまりにアンバランス。
真面目で慎重な性格でありながら、徹底して鍛練を積んだ者にしか身につけることができない。
断言するが、今俺の目の前にいるのはグアンザであってグアンザではない『何か』だ。
「ほ、本当にグアンザさん……なんでしょうか? な、何で裏切ったのですか!?」
「ジーニア、落ち着け。目の前にいるのはグアンザではない。グアンザを操っている何かだ」
「はァ……? 裏切られていたって事実を信じたくねェってのか? ヴぁっはっは! 間抜けもいいところだなァ!」
「グレアム! 私には操られているようには見えないんだけど! この喋り方とか表情がグアンザそのものだもん!」
「いや、グアンザじゃない。上手く演じているみたいだが、細かな所作がグアンザとはかけ離れている」
「……はァー。まだそれを言…………」
呆れたように溜め息を吐き、また何かしらの弁明をしようとしたのたが、途中で言葉を止めて黙り込んで俯いた。
それからすぐに顔を上げたのだが……その表情は先ほどまでのグアンザっぽいものではなく、薄ら笑いを浮かべた別人のような顔に変わっていた。
「……これ以上は誤魔化しても無駄なようですね。もっと混乱させることができると思ったのですが、まさか初見で見破られるとは思っていませんでしたよ。それに一番効果の薄いグレアムさん達だけというのも誤算でした」
あまりにもあっさりと白状したグアンザを操っている何か。
ジーニアとアオイは、グアンザの変化に口を大きく開けて驚いたまま固まっている。
「サリースとかがこの場にいたら、お前の思惑通り大混乱となっていただろうな」
「ええ。そこを突いて一気に潰す予定でしたが……グレアムさん。あなたが私の想像以上の人物でした。記憶を辿って、表情や言動を必死になって習得したんですけれどね」
「もっと細かな部分まで気にしないと駄目だったな。それに……仮に本当のグアンザだったとしても、俺にはあまり関係ないが」
「くふふふ、そうでしょうね。グレアムさん達だけなのを見て、私も察してはいましたから」
グレアムの見た目でありながら、ここまで話が分かるのは違和感が凄まじい。
魔王軍を率いていたことを除けば、操っているものよりもグアンザの方が悪者に思えてくるな。
「それなら話が早いんだが、グアンザの体を解放してやってほしい。本気で戦うとなったらお前もその体じゃ動きにくいだろ?」
「この目でグレアムさんを見た感想としては、確かにこの体で戦うのは嫌なのですが……残念ながら契約ですので解放はできません。グアンザさんとの契約はあなたを殺すこと。解約が果たされるまでは――契約終了とならないのですよ。これが悪魔の契約というものなのです」
悪魔の契約ということは、グアンザを操っているものの正体は悪魔か。
俺を殺す契約を悪魔と結ぶとは――本当にクズだな。
操られていただけならグアンザと言えど助けてやりたいと思っていたが、こうなってくると助ける気も失せてくる。
……まぁ助けはするんだが。
「なら、無理やり引き剥がすしかなさそうだな」
「ほー……。問答無用で殺しに来るかと思ってましたが、助けようとするのですね。そういうことでしたら、体を乗っ取った価値があったというものです」
「嬉しそうにしているみたいだが、乗っ取らなかった方が良かったと思うことになるぞ」
「それはそれで楽しみです。最後尾でお待ちしておりますね」
グアンザがそう告げた瞬間、黒い煙のようなものを残して消え去った。
ベインが使っていた魔法と似たようなものだろう。
話した感じや立ち振舞いからして手強そうではあるが、グアンザの体で戦うというのは難しいもの。
先ほど伝えたのはハッタリではなく、本当に後悔することになるはずだ。
まぁその前に……目の前にいる二百近い魔物の掃討が先。
ジーニアとアオイに合図を送ってから、俺は全力で魔物の討伐に動いたのだった。
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