第96話 強い覚悟


 外に出ると、心配そうな表情を浮かべているジーニアとアオイが待ってくれていた。

 結局二人を中に入れることはなかったが、二人に見せるべき場所ではなかったし良かったはず。


「グレアムさん、その三人の女性は……購入された方ですか?」

「ああ、そうだ。かなり衰弱しているから、すぐに宿につれていってあげたい。二人も手伝ってくれるか?」

「もちろん手伝う! 肩貸してあげた方がいい?」

「…………だ、大丈夫……です」


 アオイが隣に立ち、肩を貸してあげようとしたのだが、申し訳なさがあるのか一向に肩を借りようとはしない。

 俺が抱いている獣人以外の二人もかなり衰弱しているのだが、おそらくこのままアオイが手伝おうとしても一向に肩を借りることはないだろう。


「……なら、二人は先に宿に戻っていてくれるか? 食べやすいご飯と水。それから毛布を買っておいてくれると助かる」

「あっ、分かりました! 先に宿に戻って、すぐに処置できるようにしておきます!」

「了解! ジーニアと先に戻って用意しておく!」

「悪い。二人ともよろしく頼んだ」

「任せて! それじゃ先に戻ってるから!」


 ジーニアとアオイは俺達にそう告げると、先に宿に戻って準備をしに行ってくれた。

 俺とギルド長とマックスは、三人の様子を伺いながらゆっくりと闇市の外を目指し、そして宿泊している宿へ何とか戻った。


「ここが今俺達が宿泊している宿だ。中に入るからついてきてくれ」

「……ほ、本当に……いいのですか……?」

「いいに決まってる。さっきの二人が準備をしてくれているだろうから、まずは食事を取ってくれ。その後はシャワーを浴びてほしい」

「……わ、分かりました。…………ほ、本当にありがとうございます」


 一番年上であろう女性は涙を流しており、その涙を見て心が痛くなる。

 辛うじて歩くことができている褐色肌の女性は、言葉が出せないようで何度も俺に対して頭を下げてきた。


 普通が普通ではないことは、さっきの奴隷商の店を見たから分かる。

 三人には少しでも早く休んでもらうべく、俺は腕の中で眠ってしまっている獣人の女の子をいち早く部屋に連れていくため、早足でジーニアとアオイの下へと向かった。


「グレアムさん、おかえりなさい! 準備はできています!」

「ああ。後は二人に任せても大丈夫か?」

「もちろんです! ご飯からのお風呂からの睡眠ですよね? 三人とも女性みたいなので、後は私とアオイちゃんに任せてください!」

「任せて! 完璧に処置して見せるから!」

「ああ、よろしく頼む。三人とも寝たら、俺を呼んでくれ。回復魔法を使う」

「分かりました! それじゃお預かり致しますね!」


 俺は腕の中で眠っている獣人の女の子を起こしてから、ジーニアに手渡そうとしたのだが……俺の腕を掴んで離さない。

 弱々しい力ではあるが強い意志が込められており、引き剥がすのもつい躊躇ってしまう。


「……大丈夫だ。この二人の女性は味方。俺を信用してほしい」

「……………………う、うん」

「良い子だ。疲れが取れたらまた様子を見に来る。それまでは……ゆっくり休んでくれ」


 小さく頷いた獣人の女の子に笑いかけてから、今度は抵抗することなくジーニアの手に渡ってくれた。

 ジーニアにおんぶされながら、部屋を出るまで心配そうに見つめてくる女の子に手を振り続けてから、他の二人の女性もジーニアとアオイに任せ、一度自室へと戻った。


 交流戦なんかよりもドッと疲れた気がする。

 大きくため息を吐き、椅子にもたれかかった。

 一緒に部屋に戻ってきたギルド長も疲れた様子であり、何時にも増して顔が険しい。

 

「奴隷が売られているところは何度か見たことがあったが、今回の奴隷商は衝撃的だった。俺が薦めたのだが、あそこまで酷いとは思っていなかった」

「ヨハンのところは闇市でも最底辺の店です。やはり……違う店の方が良かったでしょうか?」

「いや、あそこの店で良かった。交渉も含めて本当に助かった」

「いえいえ。俺は何もしていません。……久しぶりにヨハンと会ったのですが、あんなにも醜いものだったんですね。ヨハンほど酷くなかったとはいえ、俺も同じ穴の狢でしたので色々と思うところがありました」


 マックスの目からは後悔の念を強く感じる。

 ヨハンと接していた時も、あからさまに嫌悪していたからな。

 【不忍神教団】を抜けたことで、初めて客観視できたのだろう。

 

「一ギルド長の俺が言えることではないだろうが、マックスはヨハンとは全くの別人だと言えるぞ。ヨハンを嫌悪できる気持ちがあるならな」

「俺もギルド長と同じ気持ちだ。マックスは違う」

「…………ありがとうございます。【グレーボランティア】としての活動をやり切る強い覚悟が改めてできました。今後は奴隷問題にも手を広げられるように頑張ります」

「ああ。心の底から応援している」


 ギルド長の励ましもあり、マックスの目に力が戻った。

 マックスを見ていると……人生、本当に何があるか分からないと思えるな。

 人生が大きく変わっているのは俺も同じだが。


「グレアムさん、奴隷の購入は三人だけで止めるのか?」

「ああ。今回は三人だけに留めるつもりだ。今の俺ではこれ以上は責任を負えないからな。……ただ、いずれ奴隷制度をぶっ潰すと言う強い覚悟はできた」


 それほどまでに今回の一件は衝撃的だった。

 皆が思っているほど俺は小物であり、俺にできることしかできないが……奴隷制度を潰すことだけは心の中で強く誓った。


 ただ、俺が今やるべきことは今回購入した三人のケア。

 ジーニアとアオイの処置が終わるのを、俺達は大人しく部屋で待ったのだった。


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