第95話 交渉
見るからにだらしなく、服からはみ出た腹をボリボリと掻いている姿には思わず目を薄めてしまう。
「久しぶりだな。閑古鳥が鳴いているのは相変わらずで安心した」
「うるせぇ。余計なお世話だ。……マックスの方こそ随分と変わったみてぇじゃねぇか」
「まぁここ最近で色々あったからな」
「うだつが上がらないカスを救っているって噂は……最近よく聞くぜ? 一体何を企んでんだ? うまい話なら俺も乗らせろよ」
ヨハンは下衆い表情でそう言葉を投げかけた。
マックスは不快に思ったのか、一瞬表情を歪めたが、ヨハンには見せないようすぐに真顔に戻して話を進めた。
「俺の話はまた今度でいいだろ。それよりも今日はお前の店の奴隷を買いにきた。この檻にいる三人だけか?」
「おっ! 買ってくれんのか!? 今いんのはその三人だけだ! ずっと売れなくて困ってたんだ!」
「なるほど。値段はいくら何だ?」
「一人辺り白金貨一枚! ……いや、マックスだから金貨九枚にまけてやる!」
とびきりの笑顔を見せると、早速値段の交渉を始めてきたマックス。
人が白金貨一枚という安値で取引されているということに恐怖を覚えたが、どうやらマックス的には金貨九枚でも高いと判断したようで更なる値引き交渉を開始した。
「あり得ないな。一人金貨一枚。これ以上は出せない」
「…………はぁ? てめぇ、ボケちまったのか? いくら不良品だからと言って、金貨一枚で売れる訳がねぇだろ!」
「金貨一枚以上では買う気はない。見たところ……売れずに半年は経過しているよな。元々の四肢の一部の欠損に加え、健康状態も最悪。他に売られている奴隷がいないことも考えると、売れることはなく死を待つだけといったところだろ」
「て、てめぇに…………な、何が分かるんだ!」
「死んでしまったら、ヨハンが死体の処理を行わなければならない。売ってしまえばその手間がなくなる上に、金貨三枚が手に入るんだし十分だろ?」
「く、くそ……足元見やがって! そ、そんな額で売れる訳ねぇだろ!!」
「分かった。売る気がないなら帰らせてもらうぞ」
俺は帰る気がなかったのだが、マックスは俺に目配せをして帰る素振りを見せる様に言ってきた。
……交渉を頼んだのは俺の訳だし、ここはマックスの言う通りにしてみよう。
店の外を出ようとするマックスの後を追い、帰る素振りを見せると――すぐにヨハンは呼び止めてきた。
「……ま、待て! 一人金貨三枚……い、いや、金貨二枚でどうだ?」
「話にならないな。金貨一枚じゃないなら買わない。というか、俺が店を出たら金貨一枚でももう買わない」
マックスがそう圧をかけながら、店の扉に手をかけた瞬間――ヨハンはあっさりと折れた。
「わ、分かった! 金貨一枚で売る! ……チッ!
くそがァ! 一人金貨五枚で買い取ったのに大損じゃねぇか!」
「これに懲りたならまう店を畳むんだな。それじゃ一人金貨一枚。計金貨三枚で買わせてもらう」
マックスは俺の方を見て頷いたため、麻袋から金貨三枚を取り出してヨハンに投げた。
ヨハンは急に投げられた金貨をキャッチできず、地面に落ちたのを拾っている内に……檻に入れられている三人の女性の下に向かった。
鍵がかかっていたが力技で無理やりこじ開け、震えている三人に声をかける。
「もう大丈夫だ。ひとまずここを出よう。……歩けるか?」
一人は右腕が、もう二人は左腕が失く、俺と同じく不便そうではあるが歩けそうではある。
……ただ、まだ十代中盤の獣人の子だけは歩く体力も残されていなかったのか、弱々しく首を左右に振った。
「分かった。歩けない子は俺が抱える」
「…………き、汚いで、す」
「いや、汚くなんかない」
俺は笑いかけてから獣人の子を片腕で抱き抱えたのだが、そのあまりの軽さに声が出そうになった。
本当にギリギリ生きていたという感じであり、益々ヨハンに対しての怒りが沸いてくるが、ここで手を上げても三人を怖がらせるだけ。
「ギルド長、二人を守るような形で歩いてくれ」
「ああ、分かってる」
そうお願いをしてから、俺達はヨハンの店を後にしようとしたのだが……。
「ちょっ、ちょっと待て! ギルド長だと? だったら、金はあるんだろ! やっぱり金貨一枚では売らねぇ!」
俺が投げた金貨三枚を握りながら、下衆な笑みをう浮かべてそう言ってきたヨハン。
……どこまでもクズだな。
「ヨハン、もう取引は成立した――」
説得を試みようとするマックスを制止させ、俺はゆっくりとヨハンに近づいていく。
「なんだてめぇ?」
「一度成立した取引を反故にする気なら、武力行使も厭わない。マックスが止めてくれたが……元々武力で解決する気だったしな」
「はっ! 片腕のおっさんに何ができるってんだ! 売らねぇったら売らねぇ! やれるもんなら――」
ヨハンの言葉を最後まで聞かず、俺はヨハンの右膝を蹴り抜いた。
マックスは軽く頭を抱えているが、仕方ないと納得はしてくれている様子。
「うぐゃあああアアアア! ――あ、足が!!」
「それじゃ行かせてもらう。次、またお前が奴隷を売っているところを見たら……今度は足を斬り飛ばしてしまうかもしれない」
足があらぬ方向に曲がり、悶絶しているヨハンを見下ろしてそう言い残した後、今度こそ店の外に向かった。
「すまない。怖がらせてしまったか?」
俺は抱き抱えている獣人の子にそう声をかけたのだが、必死に首を横に振ってくれている。
穏便には済ませられなかったが、とりあえず彼女達を救い出せたから良かっただろう。
ただ……奴隷商から奴隷を購入した。
この行為が良かったことなのかは未だに分からない。
それでも彼女達が救い出してもらって良かったと思ってくれるよう――俺は全力で彼女達のサポートを行うと心に誓った。
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