第93話 意外な人物
交流戦を終えた翌日。
既に王都に来た目的は達成したため、もうビオダスダールの街に戻ってもいいのだが、最初に街に来たときにギルド長と話した……孤児院運営のために奴隷を購入するかどうかの問題が残っている。
正直、未だに結論は出ていないのだが、闇市に見に行くぐらいはしてもいいのではないかと思っている。
実際に見て、どうするかはそこで決めるつもりだ。
「グレアムさん、おはようございます! 昨日は全勝しましたので、心まで晴れやかな非常に気持ちの良い朝です!」
「確かに! 散々馬鹿にされてた中だったもんね! それで今日はどうするの? 帝都で何かやらなくちゃいけないこととかはないよね?」
「ああ。だから、闇市に行こうかと思ってる。まだ奴隷を買うかどうかは決めていないが、孤児院を運営するには絶対に働く人は必要だからな。孤児の気持ちが分かる人ってことを考えたら、適任なのは間違いとは思っている部分がある」
「俺も間違いないと思う。後はグレアムさんがどう思うかだけだ。実際に奴隷文化は決して良い文化ではないからな」
こればかりは見てみないと分からない。
実際に見て、駄目だと判断したら、奴隷を買わずに見送ることになると思う。
「私はグレアムさんの判断にお任せします! ですので……闇市に行きましょう。少し怖いですが」
「大丈夫だ。何かあっても俺が全力で守る」
「これほど頼りになる言葉はないね! Sランク冒険者でも相手にならなかったんだから、チンピラがグレアムの相手になると思えないし!」
「グレアムさんの力を借りずとも、俺やジーニア、アオイだけでも何とかなるレベルだろうからな。そこまで警戒はしなくてもいい。……それじゃ闇市に向かうとしようか」
初日は目の前まで行って、引き返した闇市。
戦闘面での心配は一切ないが、人間の悪意を見ることになるだろうからそこだけは少し怖い。
若干の不安を抱えつつも、俺達はギルド長の案内の下、闇市へと向かった。
「……二度目でもやっぱり異質ですね。これまで過ごした王都と同じ場所とは思えません」
「確かにね。別の街って感じだもん。この奥はもっと凄いんだよね?」
「ああ。名前の通り、闇の市場だからな。気持ちの準備は大丈夫か?」
「大丈夫だ。中に入ろう」
俺がそう伝えると、ギルド長は小さく頷いた。
それからいかにも悪そうな門番に銀貨を数枚手渡し、俺達は闇市の中に足を踏み入れた。
ゴミ一つない王都とは違い、闇市の中はゴミだらけ。
臭いもかなりきつく、ゴミの臭いに混じって違法薬物の臭いも充満している。
「うっ、見た目も臭いも相当キツいです……」
「この臭いも闇市の特徴だ。完全に無法地帯だから何でもある」
「雰囲気が怖いけど……思ってたより人が多いね!」
アオイの言うとおり、想像以上に人が多い。
全員が全員、悪そうな人間ではあるが。
王都の治安が良いのは、この闇市に悪い人間が集まっているからというのがよく分かる。
まさに光と闇の、闇の部分といった場所。
「闇市のメインストリートはもう少し先だ。変に絡まれないように、見られても見返さないようにしてくれ。ぶっ飛んでいる連中も多いから、すぐに絡んでくるぞ」
「ああ。気をつけ――」
「あっ! グレアム様じゃないですか!?」
そう返事をしようとした矢先、俺は背後から声を掛けられた。
闇市に知り合いなんていないため、会話を聞かれて名前がバレたパターンだろう。
ガン無視を決め込もうと思ったのだが、声を掛けてきた人物は俺の肩を掴んできた。
流石に触れてきたら注意しなくてはならない。
そう思って振り返ると……まさかの見覚えのある人物だった。
「グレアム様! 俺です! 覚えていますか?」
「……マックスか? 【不忍神教団】の」
「嬉しいです! 覚えていてくれたんですね! 本当に王都にいるとは思ってませんでした!」
懐かしい顔で名前を思い出すのに少し時間がかかったが、間違いなく【不忍神教団】のマックスだ。
王都を拠点にしているということは聞いていたが、ここで会うとは思っていなかった。
「グレアムさんの知り合いなのか?」
「ああ。ギルドでも依頼が出ていた【不忍神教団】の人間だ」
勝手に見逃したし、ギルド長に伝えていいことなのか一瞬迷ったが、ギルド長になら言っても大丈夫なはず。
「あっ! 私を捕まえた人だ!」
「あの時は本当にすみません。今は更正して、グレアム様に言われた通り【不忍神教団】も解散させました!」
そんなことを言った覚えはないんだが……。
悪い組織が解散したのは良いことなのか?
「マックスにそこまでの権限があったのか?」
「いえ、あの時助けられた者全員で束になって反旗を翻したんです! 今は【グレーボランティア】として、困っている人を助けるだけの組織として活動しているんです」
「困っている人を助けるだけの組織? ……聞く限り、めちゃくちゃ怪しいが大丈夫なのか?」
「もちろん大丈夫です! 冒険者として真っ当に活動しつつ、依頼報酬の一割を運営費として動いていますので! ちなみに【グレーボランティア】のグレはグレアム様のグレです!」
笑顔でそう言われたのだが、全く嬉しくない。
……ただ、本当に良い団体に生まれ変わったのなら、あの時助けたことは無駄ではなかったということ。
善行の輪が広がったみたいでかなり嬉しい。
闇市の中に入ってどんよりしていたが、気分が明るくなれる人物に出会えて良かった。
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