第80話 寿司と過去
サリースに連れられ、俺達は古風な建物のお店にやってきた。
どうやらここがサリース一押しの店らしく、店に入る前からウキウキしていて少し可愛らしい。
「やけにテンションが高いが、そんなに美味しい店なのか?」
「……ん? テンションが高いって私がか?」
「ああ。顔もニヤニヤしているし、歩き方もルンルンって感じだ」
「いや、そんなことはない――と思っていたんだが、つい表に出てしまったのかもしれない。一人では来られないからな」
「一人客は厳禁の店なのか?」
「いやいや、そんなことはないぞ。ただ、私はこれでも顔が知られているからな。一人では来にくいんだ」
なるほど、そういう理由で行けないのか。
やはり有名になっても、良いことが一つもないと改めて思う。
俺はフーロ村でのことを思い出しながら、サリースの後について個室へと通された。
古風なお店ながらも店内は綺麗であり、渋くて落ち着く非常に良い店。
「雰囲気の良いお店ですね! 王都は煌びやかな場所ばかりでしたので、こういうお店は非常に落ち着きます!」
「確かに! キラキラで楽しいけど、心は休まる感じじゃないもんね!」
「ふふ、分かってくれるか。派手なものも悪くはないが、私も落ち着いた雰囲気の場所が好きでな。このお店は大のお気に入りなんだ」
そう言って笑うサリース。
言っている意味はよく分かるし、このお店の雰囲気は俺の好み。
後はどんな料理が食べられるか――だな。
「俺も初めて来た店なんだが、一体何の料理の店なんだ?」
「ドウェイン、そう慌てるな。もう注文済みだから来たらすぐに分かる」
サリースのドヤ顔。
この表情を見ただけで、まず間違いない料理が届くだろう。
会話もほどほどに待っていると、店員さんが運んできてくれたのは色とりどりの一口大の魚。
美味しそうではあるが……気になるのは生魚ということだ。
「これは魚か? 生魚だよな?」
「そうだ。寿司という食べ物で、ご飯の上に生魚の切り身を乗せた食べ物だ」
俺達は顔を見合わせて固まる。
生肉は食ったことがあるが、生魚は食ったことがない。
そもそもこの辺では魚が捕れないし、新鮮な魚介類が手に入らないからな。
だからこそ、この間の高級ビュッフェのカニを含む魚介類が珍しかった訳で……。
「……本当に生で食べられるのか?」
「騙されたと思って食べてみろ。本当にほっぺが落ちるほど美味しいぞ」
そこまで言われたのなら、食べない選択肢はない。
腹を壊しても本望だし、今まで腹を壊したことのない俺ならきっと大丈夫。
自分にそう言い聞かせてから、寿司を一貫掴み、醤油につけて口の中に入れた。
――うんますぎる! …………これは本当に美味い。
「…………お、驚くほどに美味い。ビュッフェも驚いたが、衝撃度は越えたかもしれん」
「そ、そんなに美味しいのか? グレアムさんが言うなら間違いないだろう」
「カニが好きなギルド長は確実にハマる」
その俺の一言が後押しになったようで、ギルド長も俺に続いて寿司を口の中に入れた。
――その瞬間、今まで見たことのない笑顔になり、味わうように頬を押さえながら食べている。
「……こ、これは美味い! 流石は王都を知り尽くしたサリースのおすすめの店だ!」
「そうだろう? 二人は食べないのか? 食べないなら私が代わりに頂こーー」
「「た、食べます!」」
こうしてジーニアとアオイも寿司を食べ始め、みんな頬を緩めながら美味しい寿司を頂いた。
期待以上のものを食べることができた幸せに浸っていると、一息ついたアオイがサリースに話を尋ねた。
「あの、サリースさんについて色々と知りたいんですけど……質問してもいいですか?」
「ん? 私に質問? 別に構わないが、何が知りたいんだ?」
「それはもちろんサリースさんについてです! 元Sランク冒険者っていうことは聞きましたが、どういう切っ掛けで冒険者になったんですか?」
「何も面白くないと思うがいいのか?」
「もちろんです! 面白くない人が大半ですし、サリースさんのことを知りたいだけです!」
「分かった。……妹が山賊に攫われてな。その妹を取り返すために、その山賊を壊滅させたのが冒険者の始まりだった」
「…………えーっと、それって実話ですか?」
「実話だが、おかしなところがあったか?」
本当に何も分かっていない表情で首を傾げたサリース。
まぁサリースにとっては普通であるため、何が凄いのか分かっていないのだろう。
かくいう俺も似たような感じだったし、サリースの気持ちは理解できる。
「おかしすぎますよ! 山賊を壊滅させたって一人でですか!?」
「ああ。当時は剣も知らなかったから大変だったな。本当に力だけでねじ伏せた感じだった」
「や、やっぱりSランク冒険者になる方って凄いんですね。ギルド長さんも逸話があったりしますか?」
「ある訳ないだろ。こんなぶっ飛んだ話を持ってるのはサリースぐらいだ」
「ぶっ飛んでいる? 今の話が……か?」
「続きを聞かせてください! 山賊を潰した後はどうしたんですか!?」
「山賊を潰した功績が広まって冒険者に勧誘された感じだ。ただ、私のいた街は治安が悪くてな。冒険者っていうよりも兵士って感じで、とにかく盗賊やら山賊を片っ端から捕まえていった。そんなある日に一つ目の巨人——サイクロプスが街を襲ってきた」
「色々と話が追い付かないですよ! 誰と一緒に盗賊とかを捕まえたのかも聞きたいですが……サイクロプスが気になります!」
アオイが興奮した状態でサリースの話を促し、俺とジーニア、そしてギルド長も興味深くサリースの過去の話に耳を傾けた。
こんな個室で話すにはもったいないくらいのエピソードの連発であり……。
サリースの過去話は、寿司を食べた時と同じくらいの満足度を得ることができた気がする。
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