第70話 旅の醍醐味


 時折休憩を挟みつつ、馬車に揺られること約半日。

 最初の経由地であるレンジェに辿り着いた。


「うぅ……やっと着きましたね。思っていた以上に揺られて気持ちが悪いですし、お尻もめちゃくちゃ痛いです……」

「確かに、想像していた三倍は快適じゃなかったな」

「そうかな? 私は大分楽できたけど!」

「一応最高級の馬車を用意したんだが、デザートホースが引っ張ったってこともあってスピードが出ていたからな。乗り物慣れしていない人にとっては大変だったかもしれない」


 普通の馬だったらもう少し快適だったのか。

 ただ、馬車の中から外の様子は見れないし、時間がかかるのもそれはそれで嫌だな。

 馬車というものを初めて利用したことで、やはり己の足が最強だということを再確認できた。


「何はともあれお疲れ様。明日の朝に出発だから、それまでは自由にしてもらって構わない。『ドルダーム』という宿を取っているからそこで寝てくれ」

「おおー、自由時間ですね! まだ夕方ですし、街を見て回りましょう!」

「いいね! 美味しそうな料理屋さんを見つけて、そこで夜ご飯にしよう! お昼抜いたからお腹ペコペコ!」


 これぞ仲間と旅をする醍醐味って感じの会話。

 初めての経験であり、俺自身思った以上に浮き足立っている。


「ギルド長も一緒にどうだ? ご飯は大勢で囲んだ方が美味しいだろ?」

「ぜひ行きたいところだが……色々とやることがあって難しいな。明日の馬車の御者と話をし、その後は会議に向けての資料作成。……あー、冒険者に戻りたくなってくる」


 虚ろな目をしてそう呟いたギルド長。

 毎度のことながら大変そうだし、ギルド長には絶対になりたくないな。


「それは……残念だな。頑張ってくれ」

「かかった費用は後でまとめて支払うから、グレアムさん達は楽しんでくれ。それじゃ俺は先に行かせてもらう」


 去っていったギルド長の背中は哀愁漂っており、同情の目を向けてしまう。


「なんか……かわいそう! 私は絶対にギルドには就職しない!」

「ギルド職員は良い職業だと思いますよ? ……ギルド長が大変なだけだと思います」

「まぁ、俺達だけでも楽しませてもらおう。それで馬車の中でギルド長に話をしてあげよう」

「……それ、煽りみたいにならない?」


 アオイのその言葉には返事をせず、気持ちを切り替えてレンジェの街に繰り出た。



 レンジェの街はビオダスダールと比べると小さい街だが、出店が豊富でメインストリートを歩いているだけで、匂いだけでお腹が空いてくる。

 軽くつまんでもよさそうではあるが、メニュー自体に目新しいものはないため、我慢して美味しそうな料理屋を探す。


「うーん……候補は二つかなー? メインストリートにあった焼き肉屋さんか、メインストリートから外れたところにあったカレー屋さん」

「無難なのは焼き肉ですよね! でも……あのカレー屋さん。変なところにあったのに並んでましたよね?」

「それもこの時間なのに並んでいたな。何と言っても匂いが強烈だった」


 カレー自体あまり食べたことがなく、一度だけジーニアに誘われて食べただけ。

 激辛だったこともあり、あまりハマらなかったのだが……ここのカレーは食べてみたい気持ちがある。


「私はカレー屋に一票! せっかくだし食べてみたい!」

「私もカレーがいいですね。グレアムさんはどうですか?」

「俺もカレーがいいな。レンジェの街でしか食べれなそうってのもポイントが高い」

「それじゃカレー屋にレッツゴー!」


 満場一致でカレー屋に決まり、行列に並んで順番が来るのを待つ。

 待っている間も刺激的なスパイスの香りが鼻腔をくすぐられ、カレーの口になったところで店内に案内された。


「なんか異国の地って感じ! メニューは一つだけっぽいね!」

「辛さと、ご飯かナンかは選べるみたいですね」


 メニューはオリジナルカレーセットのみで、かなり強気のメニュー設定。

 それでも人気ということは、相当美味しいことが伺える。


「辛さは普通で俺はナンだな。二人は?」

「私も同じの!」

「私は激辛でナンにします」


 注文が決まったところで店員に伝え、料理が届くまで待つ。

 そして運ばれてきたのは……暴力的な匂いを漂わせているカレープレート。


「おいしそー! ナンも焼きたてのやつだ!」

「飲み物はラッシーですね! これは大当たりの匂いがします!」

「早速食べよう。いただきます」


 食前の挨拶を済ませてから、俺はナンを手でちぎり、カレーにつけて口に放り込む。

 ――う、うまっ!


 匂いだけで美味かったのだが、味も格別に美味い!

 辛さも丁度よく、たくさんのスパイスが鼻を抜けて味覚と嗅覚で幸せにしてくれる。


 ナンも抜群に美味しく、このカレーに合わせて作られたものだということが分かる。

 そして口の中がヒリついた時に飲むこのラッシー。


 甘さのバランスが丁度よく、カレーとの相性も抜群だな。

 全てが完璧であり……旅の初日から大当たりを引けて、非常に大満足の状態で一日目を終えた。





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