第46話 揺れ
バトルエイプとの戦闘から、約二時間ほどが経過した。
依然として深い森が続いており、進むにつれて出現する魔物の数も増えてきた。
遭遇した魔物は言っていた通り、ジーニアとアオイの二人で倒してしまっているため、ヘストフォレストに入ってからは俺とギルド長は何もしていない。
正確にはギルド長は地図読みをしてくれているため、俺は本当に短いアドバイスと【ライト】の魔法を使っているだけ。
善行をしたいと言い出したのは俺なのに、一番何もしていない人になっているのはどうかと自分でも思うが……。
俺の役目はバーサークベアの群れの中に現れたベルセルクベアの討伐であり、それ以外はお守のようなもの。
二人が強くなる機会を与えるのも立派な善行であると思っているため、温かい目で二人が頑張っているところを後方から見ている中、俺はようやくバーサークベアと思われる反応を捉えた。
オーガよりも若干強い反応が複数あり、その反応の中心にフレイムオーガと同等の反応がある。
バーサークベアを見つけたことを報告するため、俺はジーニアとアオイが現在戦っているベノムフロッグを斬り飛ばした。
俺が横入りしたことに対し、ジーニアは頬を膨らませてこっちを見てきたが、一切気にせずに報告を行う。
「バーサークベアの反応を見つけた。この先から真っすぐ俺達の方に進んできている」
「えっ! バーサークベアの気配を見つけたんですか!? どれくらいで接敵するのでしょうか?」
「多分だが、一時間後くらいだと思う。オーガの時と同じように、俺が二人を抱っこすれば五分で着くけどな」
「げっ! あれはもう嫌だ! 速すぎて本気で死ぬかと思ったもん!」
「わ、私ももう嫌ですね……! 有事の際は仕方ないですが、積極的にはやりたくないです」
「抱っこってなんだ? 俺はちょっと興味があるんだが」
二人は表情を暗くさせて嫌がる中、ギルド長だけ興味を示してキラキラとした目で俺を見てきた。
期待しているギルド長には悪いが、自分よりも年上のおっさんを抱っこして全力で走るのは避けたい。
「二人が嫌っていうなら、このまま歩いて向かおう。進むにつれて魔物の数が多くなってきたと思っていたが、どうやらバーサークベア達から逃げている魔物達だったっぽいな。この先もバーサークベアから逃げるように走っている魔物の反応がいくつも感じられる」
「ということは、この先も魔物との連戦ってことですね。ベノムフロッグをグレアムさんに倒されてしまいましたし、その八つ当たりとしてまだまだ倒しまくります!」
「私もジーニアには負けていられないからね! 出現する魔物もいい具合に強いし、新技の練習台になってもらう!」
バーサークベアの情報を聞いても、怯える様子を見せなくなったのは頼もしい。
アオイは直接見たらまた日和ってしまう可能性もあるが、ひとまず道中は心配しなくて良さそうだな。
「若いって羨ましいな。こういう若さに勝てないと思って、冒険者を引退した時のことを鮮明に思い出した」
「俺も年だし、ギルド長の気持ちはよく分かる。俺も教えている立場ではあるが、教えられることもかなり多いし良い刺激になっているからな」
「……いや、グレアムさんにだけは分かってもらいたくないし、多分分かっていないと思う。この二人の若さよりも、グレアムさんの実力の方が数百倍は驚いたからな」
俺は同じおっさんとして共感したのだが、ギルド長は片手を突き出して拒絶してきた。
少し寂しい気持ちになりつつ、バーサークベアの反応の下を目指して歩みを進めていく。
バーサークベアの反応を感じ取ってから、更に歩くこと一時間。
俺が見立てた予想通り、すぐ近くにバーサークベアの群れがいる。
相当な巨体のようで、こっちに向かって進んできているのが地面の揺れで分かる。
ここまで一切苦戦することなく、会敵した魔物を退けてきたジーニアとアオイだったが、流石にこの揺れには動揺している様子。
「こ、これって……バーサークベアが歩いているから揺れているんですか!?」
「そうだと思うぞ。地震がこんな長時間続く訳がないしな」
「グレアム、もしかしてだけど……オーガより危険?」
「反応はオーガよりも強い。ただ数は二十匹と少ないし、レッサーオーガのような従えている魔物もいないから総合的にみたら変わらないと思うぞ」
「長年冒険者をやってきたが、生きているバーサークベアを見るのはこれが初めてだ! 文句なしの推奨討伐ランクAの魔物。更に、今回はその上位種のベルセルクベアがいるんだろ? ギルド長の仕事は死ぬほど大変だが、これほどまでにギルド長をやっていて良かったと思ったことはない!」
萎縮している二人とは違い、この揺れに対して興奮し始めたギルド長。
本当に興奮するタイミングが読めないし、バーサークベアが近づいてきている揺れで興奮するのだとしたら、やはりド級の変態である可能性が高まった気がする。
「ギルド長も戦いたいとかあるのか? 戦いたいのなら、一対一の状況を作るぞ?」
「いや、今の俺では恐らく倒せない。それに俺が一番見たいのは……そんな超ド級の魔物をグレアムさんがどう倒すのか――だ。今の俺はバーサークベアでもベルセルクベアにも興味はなく、グレアムさんにしか興味がない」
真っすぐな目でヤバいことを言いだしたギルド長。
やはりギルド長はド級の変態だったということで、俺は聞こえなかったフリをする。
そして、近づいてきている方向に目線を向け、もうすぐ姿が見えるであろうバーサークベアに集中したのだった。
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