第40話 名付け


 とりあえず逃げようとしているデッドプリーストに説明しよう。


「二人にも説明したが、つい漏れ出てしまっただけだ。デッドプリーストに向けたものでもない」

「そ、それは良かったです。……ただ、普段は気配を抑えているんですね」

「気配を垂れ流して良い事なんてないからな。当たり前だが意図的に抑えている」


 村にいた時、子供からはよく泣かれてしまい、女性からは避けられていたからな。

 村の英雄と讃えられながらも、そんな扱いを受けていたことを気にして意図的に抑えるようになった。


 それからは子供に好かれるようになったし、無意識下でも抑えられるぐらいには極めたつもり。

 ……まぁ女性からは気配の有無関係なしに、避けられ続けてはいたのだが。


「それよりも話の続きを聞いてもいいか? 魔王軍を名乗る者についての情報がほしい」

「すみません。私の方も噂程度しか情報が手に入っておらず、本当かどうかもまだ分からないんです。ただ、上位種が一気に誕生したことを考えても、関わっている可能性が高いとは私も思ってはおります」

「……そうか。情報がないなら仕方がないな」


 魔王軍は野放しにしてはいけないと、俺が一番よく知っている。

 こうなってくるとフーロ村も心配だが……あの二人がいれば、まぁまず大丈夫だろう。


「とりあえず私の方から伝えたい情報は以上です。グレアム様は何か用がありましたでしょうか?」

「ああ。一応バーサークベアを討伐することを伝えておこうと思って来たんだ。討伐してしまっても大丈夫だよな?」

「もちろん大丈夫です! グレアム様がやることに間違いはございませんので!」

「いや、そういうお世辞を聞きたくて来たんじゃなくて、他への影響を考えて大丈夫かどうかを聞きに来たんだよ。俺がレッドオーガの群れを殲滅したことで、魔物たちが活発になり始めてしまったんだろ?」


 俺がそう尋ねると、今度は真剣な表情で考え始めた。


「お世辞ではなく、本当に大丈夫だと思いますよ。今はレッドオーガの群れという一つが欠けたことで、その空いた椅子を巡って争いが起こっていますが、バーサークベアもシルバーゴーレムも倒してしまえば争いは消えますので」

「なるほど。残りも倒してしまえば関係ないということか」

「ええ。空いたところは私が責任を持って管理致します。美味しいポジションではありますが、グレアム様の意向で動かしますので実質的にグレアム様が統治する形にできます」

「別に統治したいという欲はないし、魔物たちを従えるとなれば悪い噂も流れそうだから避けたいが……一切の危険がなくなるっていうのはいいかもしれない。アンデッドならほぼ寿命は無限だろ?」

「そうですね。やられない限りは死ぬことはないと思います!」


 これで方針は完全に決まったな。

 バーサークベア、シルバーゴーレムの二種類の魔物の討伐。


 上位種もいるようだが、フレイムオーガと同等ならまず負けることはないはず。

 依頼もこなしつつになるだろうが、なるべく早く倒せるように動きたい。


「それじゃ俺が討伐した後の統治はデッドプリーストに任せることにした。……そういうことなら、名前を付けた方がよさそうだな。デッドプリーストって無駄に長いし毎回呼ぶのは大変だ」

「えっ!? な、名前を頂けるのですか?」

「そんな驚くようなことなのか?」


 俺の気配を見て後ずさりしていたデッドプリーストだが、名前という言葉を聞いた瞬間に身を乗り出してきた。

 そんな大層なものではないと思うのだが、魔物にとっては特別とかなのだろうか。


「グレアム……! 名前なんて付けて大丈夫なのか? ネームドの魔物ってめちゃくちゃ強いって聞いたことがあるぞ」

「いや、名前を付けた瞬間に強くなるってことではないだろ? ビオダスダールの街の人らがデッドプリーストを死の魔術師と呼んでいたように、強い魔物には名前が付くみたいな感じじゃないのか?」

「あれ? んー……そういうことなのかな?」

「いや。俺もよく分からないけど、名前を付けたぐらいで一気に強くなることはないだろ」


 そう結論付けた俺は、デッドプリーストに名前を授けることに決めた。

 さて、どうやって決めようか。

 

 デップ、ドリー、リースト。

 どれも良いが流石に安直すぎるかもしれない。


「……決まった。今日からお前はベインと名乗れ」

「ありがとうございます。今日からベインと名乗らせて頂きます」


 ベインがそう言った瞬間、体から大量の魔力が抜け出ていくのが分かった。

 訳が分からずベインを見てみると、みるみると気配が強くなっていっている。


「ちょ、ちょっと待て。一体どうなっている?」

「魔物にとっての名前というのは、力を分け与える意味も持つのです!」

「聞いてねぇぞ。魔力の放出が止まらない……!」


 どんどんとベインに流れていく魔力をどうにかして防ぐ。

 このままでは全ての魔力を持っていかれないため、長年培ってきた魔力操作で何とか止めることができた。


「グレアムさん、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。何とか止めることができたが……おい、ベイン。なんで説明しなかった」

「すみません。私も話を聞いていただけで初めてのことでして……。ただ、生まれ変わったみたいに体から力が漲っております。グレアム様、本当にありがとうございます!」


 アンデットとは思えないほど、キラキラと輝いていて肌艶も良くなったように見えるほど。

 軽い気持ちで名付けてしまったが、まさか魔物に名前を与えるとこんなことになるとは思っていなかった。


 そもそも魔物と交流すること自体普通はあり得ないことだし、知られていないのが当たり前か。

 アオイが止めてくれたのを素直に聞くべきだったが、ベインは喜んでいるようだしまぁいいか。


「とりあえず俺達はもう行く。バーサークベアとシルバーゴーレムは倒すからな。あと、魔王軍の者とやらには気を付けてくれ。ベインに近づく可能性は十分にあるからな」

「はい! 必ず追い返します! どうかグレアム様もお気をつけてください」


 俺の魔力を奪い、元気モリモリになっているベインに見送られ、俺達は旧廃道を後にした。

 魔力は寝れば回復するからいいのだが、今後は絶対に気を付けないといけない。


 とりあえず名づけについては置いておいて、明日以降のことを考えるとしよう。

 とりあえず明日は普通に依頼をこなし、明後日からバーサークベアの討伐のためにヘストフォレストに向かう。


 戻ったらギルド長に報告をし、俺達も色々と準備をしなくてはいけないな。

 怒涛の展開にのんびりとした生活が一変した感じはあるが、これはこれで楽しいからいいだろう。

 ジーニアとアオイもついてきてくれるみたいだし、二人の経験の場にもなったら嬉しい。


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