第31話 大事な話

 

 あっという間に一週間が経過した。

 この間は特に変わったことなんかはなく、依頼をこなす日々を過ごしていた。


 Eランクの依頼も一切苦戦せず、ここまでは順調に行き過ぎているくらい順調に来ている。

 ジーニアとアオイの二人で魔物を倒しており、オーガの群れ以降俺の出番は一度も訪れていないのは少し寂しくはあるのだが……。

 

 ジーニアは毎日驚くレベルで成長していて、レッサーオーガの群れを撫で斬りにしてから完全に覚醒したように思える。

 まだアオイの域には届いていないが、いずれ追いつくのではと思うほどの戦いっぷり。


 そんなジーニアの成長を見守るのは本当に楽しく、このまま心地の良い日々を送るだけでも十分すぎるのだが、俺はかなり前からやりたいことが一つあった。

 お金も安定して入ってきたということもあり、その提案をジーニアにするため今日は酒場に集まってもらっている。


「今日はグレアムさんから大事なお話があるんですよね。……なんか緊張してしまいます」

「ああ。わざわざ時間を作ってもらって悪かったな。今日はジーニアに話しておきたいことがあって呼んだんだが……当たり前のようにアオイもいるな」


 もう最近は常についてきていたため俺も慣れてしまっているが、当たり前のような顔でジーニアの横に座っているアオイ。

 おつまみを食べながらお酒を飲んでおり、割と真面目な話をするつもりだったため非常に気が散る。


「そりゃ一緒に聞くよ! 私も二人の仲間だし!」

「なら、静かにしておいてくれ。ジーニアへの相談だから口を挟むなよ?」

「分かってるって! ……あっ、追加でビールください!」


 分かっていると言った傍から追加でビールを注文したアオイ。

 こうなったら気にするだけ無駄なため、いないものとして話を進めるとしよう。


「もうアオイは無視して話を進める。いきなり本題に入るがいいか?」

「えっ! ちょ、ちょっと待ってください! ちょっと深呼吸させてください! すぅー…………はぁー、………い、いいですよ」


 なぜか神妙な面持ちで大きく深呼吸を始めたジーニア。

 何か深刻に捉えているようだが、そんな重大でもないため俺は間を開けず本題に入った。


「Eランクに昇格してからも問題なく依頼をこなせているよな? お金の方にも余裕が出てきて、自由な時間を使っても問題ぐらいには安定してきたと思っている。そこでだが――俺は『善行』を始めようと思っている」

「はっ、はぁー……良かったぁ。真剣な話って言っていたのでパーティを解散するって言いだすのかと思ってましたよ! …………え? でも、ぜ、善行ですか? 善い行いをするってことですよね?」


 心臓に手を当て、大きく息を吐き出したジーニア。

 それから俺の切り出した“善行”の部分に引っかかったようで、安堵から困惑の表情に切り替わった。


「流石にパーティの解散は俺から申し出るつもりはないから安心してくれ。――そうだ。善い行いをしようと思っている」

「善い行いでしたら、すればするほど良いと思っているんですが、具体的に何をするんでしょうか?」

「そこについては俺も悩んでいる途中だ。とにかく困っている人を助ける。これはビオダスダールに来る前から決めていたことなんだ」


 フーロ村からビオダスダールまでの道中の村で出会ったおばあさん。

 怪しい風貌の俺に優しくしてくれ、その時に言われたのが『恩を返したいなら、ワタシの代わりに他の困っている人に優しくしてあげてくれ』。


 この言葉をかけられた時から、いずれ誰かの役に立ちたいと思っていた。

 受付嬢さんが優しくしてくれたというのも、俺のこの気持ちに拍車をかけた気がする。


「んー? 依頼を受けるってだけじゃ駄目なの? 冒険者ギルドには困っている人が依頼を出すんでしょ! だったら、依頼をこなしていれば困っている人を助けることになるんじゃない? オーガの時もグレアムは冒険者を助けた訳だしさ」

「それについては俺も考えていたし、こうして実際に依頼を受けて達成しているんだが……なんとなく違う気がしている。そもそも依頼に見合う金銭を貰っているし、俺の方が助けられている感覚があるからな。あくまで仕事であり、善行ではないと俺は思った」


 対価を受け取っている時点で善行とは呼べない気がしている。

 具体的にはまだ何も決まっていないが、とにかく困っている人の力になりたいと考えている。


「無償で誰かの助けになりたいってことですよね? グレアムさんらしくていいと思いますよ! 具体的には何をするんですか? 私もお手伝いさせて頂きます!」

「いや、流石にジーニアの手は煩わすことはできない。善行は俺一人でやるつもりで、これからは毎日のように依頼を受けることができないって話をしたかったんだよ」

「むー。依頼をしないならやることなくて暇ですし、私だって善行したいです! そもそもグレアムさん、何をするか決めていませんよね?」

「まだ決めていないが、それはこれから決める予定だ。ジーニアはお菓子作りでもやったらどうだ?」


 お菓子職人が夢と語っていたし、空いた時間を夢を追うために使う。

 ジーニアのためを思ってその提案をしたのだが、頬をパンパンに膨らませて怒ったような表情を見せた。


「私を除け者にしたいんですか! お菓子作りも興味はありますが今は考えていません! 中途半端だとどちらにも失礼ですし、今は冒険者のことだけを考えたいんですよ! だから意地でもグレアムさんのお手伝いをしますからね!」

「あっはっは! ジーニアいいね! そういうことなら私も手伝う! 面白そうだし!」


 ジーニアの意見にアオイも乗っかり、二人して手伝うと言い始めた。

 二人の手を煩わせたくはなかったのだが、ここまで言ってくれるなら……手伝ってもらうか?


「そういうことなら……手伝ってもらっても大丈夫か?」

「もちろんです! 最初から手伝う気でしたから!」

「私も手伝うからな! で、何をするんだ?」

「だから、それはまだ決めていない」

「それじゃ、このままの流れで何をするか話しましょうか!」


 なんというか大事になってきた気がしないでもないが、二人も一緒にやってくれるのなら楽しくなりそうではある。

 楽しく善行ができるのであれば、これほど両者にとってwin-winなことはないからな。




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