閑話 酒場の噂話 その三


「今日は色々と偉い騒ぎだったみたいじゃねぇか! また緊急依頼が出されたんだろ?」

「ああ、本当に大騒ぎだったぞ。お前は遠征に行っていてラッキーだったな」

「なんでだよ。俺も緊急依頼を受けたかったわ! お前は受けることができたんだろ?」

「受けたけど、向かう前に依頼が達成されちまったんだよ。誰か知らないけど、即解決しちまったらしい」

「は? そんなことあるのか? 緊急依頼ってすぐに解決できないから、緊急依頼って形で依頼が出されるんだろ?」

「さあな。何があったのかは詳しく分からない。だから、何か情報が手に入ると思って酒場に来たってのもある」


 いつもの酒場でいつものように、様々な卓で噂話がされていた。

 そして今日のトレンドはもちろん、今日の緊急依頼について。


 依頼が出されてから半日も経たずに依頼が完了され、意気込んでいた冒険者達の大半が拍子抜けする結果となった。

 先ほど起こった事ということもあってまだ何の情報も出ておらず、あちこちで様々な憶測が飛び交う中——酒場に妙にスッキリとした表情をした二人組が来店した。


「本当に凄かったな。あの戦闘を生で見れたのは奇跡に近かっただろ。今でも目を瞑ると光景が頭に浮かぶ」

「本当だな。英雄って言葉を気楽に使っていたが、あれこそが正に英雄なんだと実感した」

「お前は許してもらったしな。他人事のように聞いてたけど心臓が口から出るほど緊張したわ」


 何やら気になる単語がいくつか飛び交い、入店してきた態度も相俟って今日の依頼について何かを知っている冒険者なんじゃないかと酒場にいた人間は察した。


「本当に死んだと思った。あれだけの力を持っていた人にあんな言い草してしまっていたんだからな。優しかったから良かったものの……もう二度と人を下に見ることはしないと俺は決めたよ」

「あの言葉も良かったよな。あれぐらいの広い心を持っていないと、強くは慣れないっていうのが分かったわ」

「強さは絶対に追いつくことはできないだろうけど、心持ちぐらいは真似しないといけないよな」

「俺達だけじゃなくて、助けられた冒険者全員がそう思っていたんじゃないか?」

「絶対に思っていたと思う。去った後も全員がその場でしばらく放心していたしな」

 

 それっぽい話をしているが、確信とまではいかない内容。

 耳を澄ましていて盗み聞きしていた冒険者たちがもどかしく思っている中、痺れを切らした冒険者の一人が話しかけに向かった。


「ちょっと話に割り込んですまねぇが、お前達は緊急依頼に行っていたのか?」

「ん? ――ああ。何もしていないけど、その現場にはいたぞ」

「それは本当か!? なら、詳しい話を聞かせてくれ! 緊急依頼を受けたものの、よく分からない内に達成されてて納得がいってねぇんだわ」

「別に構わないが……信じられない話だと思うぞ」


 信じられない話と聞き、全員の期待度が一気に高まった。

 近くにいた卓の冒険者だけでなく、この店内にいた全ての冒険者がこの話を聞こうと一気に静まり返り、男の話に耳を傾けた。


「信じられない話ってのはどういうことなんだ? 聞かせてほしい!」

「緊急依頼は知っていると思うが、その内容はオーガの群れの襲来。ちょうど冒険者ギルドにいた俺達はその緊急依頼を即受注して、オーガの群れが目撃されたとされる平原に向かった」

「へー、運が良かったんだな。本当にオーガの群れってことなら、これだけ美味い依頼はないだろ」

「俺達もそう思って依頼を引き受けたんだ。実際に平原を闊歩していたのはオーガの群れで、数は……確か四十匹くらいだったな」

「数は多いが、まぁ四十なら他の冒険者と力を合わせれば倒せるか」


 全員が相槌を打つほど話に熱中していたが、今のところ“信じらない話”という部分が見えてこない。

 話を聞いていた冒険者達はモヤモヤとしつつも、ヒーラーらしき男の話に黙って耳を傾けた。


「俺達もそう思ってオーガの群れとの交戦を開始したんだが、戦闘を開始して十分ほどが経過した時、奥から異様な魔物の群れが現れた」

「異様な魔物の群れ? 見たことがない魔物だったのか?」

「俺は聞いたことも見たこともない魔物だったな。筋骨隆々でいとも簡単に捻り潰されるということが、その姿を見た瞬間に分かった」

「あの魔物は本当にやばかった。俺は思い出すだけで今でも体が震える」


 ヒーラーのような男に賛同した戦士の男の手は、確かに小刻みに震えていた。

 そんな魔物と出会ったことがないためにわかには信じがたかったが、この反応を見る限りでは本当なのかもしれないと全員が薄々感じ取った。


「そんな一匹でも危険な魔物の群れが現れて、どうやって生き残ったんだ? オーガの群れとも交戦していたんだろ?」

「ここからが信じられない話になる。……ルーキーのおっさんを知っているか?」

「もちろん知っている。少し前まではみんなから散々馬鹿にされていたしな。……何か関係があるのか?」

「ああ。ルーキーのおっさんことグレアムさんが現れて、全ての魔物を一瞬で殺し尽くしたんだ。見たこともない魔法で、見たこともなかった凶悪な魔物を一匹残らずだ!!」


 その時のことを思い出したのか、興奮したように力強く話したヒーラーの男だったが、周囲の反応はいまいちであり白けた感じとなった。

 ルーキーのおっさんといえば、最近Eランクに上がったばかり。


 未知の魔物を倒せる実力はないし、そもそも刀を持っているため魔法使いではないのだ。

 真剣に話を聞いていたのに作りの悪い創作話を聞かされ、酒場から重苦しいため息が漏れた。


「はぁー、くだらねぇ。真剣に聞いたのが馬鹿だったぜ。ルーキーのおっさんが未知の魔物を撃退? 魔法を使った? 作り話をするにしてももう少し上手く作ってくれ」

「あぁ? 作り話なんかじゃねぇ! 今話したのは全部本当の話だ!」

「はいはい、もういいよ。話に割って入って悪かったな。後は好きなだけそっちで話していてくれて構わない」

「んだと、テメェ――」

「おい、ちょっとやめとけ。信じられないのも仕方ないだろ。俺達も向こうの立場なら信じてないだろ。お前は直接馬鹿にしていた訳だし」

「……それはそうだけどよ。あれだけの偉業を成し遂げて、こんな反応されるのは……ムカつくだろ!」

「いずれ分かるときがくるだろ。俺達は俺達で、誰かの役に立てることを考えようぜ」


 こうして盛り上がり掛けていた話は嘘と認定され、酒場ではまた別の噂が話しだされた。

 これを切っ掛けにルーキーのおっさんの面白可笑しい創作話が、一部の冒険者の間で流行るのだが――事実は小説よりも奇なり。

 そんな創作話よりもぶっ飛んだ実話により、冒険者達の度肝を抜かされることになるのだが……それはもう少し後の話。


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