第二章

第20話 黒装束の女


 食事会を行った日から一週間が経過した。

 この間は事件や変わったことなどは特になく、依頼をこなしながら平和な日々を過ごしていた。


「いやー、今日も無事に依頼をこなせましたね! これで十日連続で依頼を達成できていますよ!」

「ここまでは本当に順調だな。受付嬢さんも、もうそろそろEランクに昇格できると言っていた」

「かなり異例のことだって喜んでましたね! Eランクに上がればもうルーキーとは呼ばれなくなりますよ!」

「変に注目を浴びる生活も終わりか。寂しい気もするけど嬉しいな」


 依頼終わりにジーニアを酒場に送りつつ、なんてことない会話を交わす。

 ちなみにEランクに昇格した際には、また食事会を行うことになっているため、そのためのモチベーションもかなり高い。

 そんな感じで今後についてあれこれ楽しく話していたのだが……。


「おい、そこの二人! やっと見つけたぞ!」


 急に背後から呼び止められた。

 一瞬、ジーニアを嵌めようとした例の冒険者たちが頭を過ったが、声の主は女性。

 心当たりが一切なく、確認するために振り返ると……そこには見知った顔である黒装束の女性が立っていた。


「……ん? お前は【不忍神教団】に捕まっていた奴か。礼でも言いに来たのかもしれないが別にいらないぞ」

「礼なんか言いに来る訳ないだろ! もう一度戦うために探していたんだ! あの時は油断していたし、あんな狭いところじゃ実力の半分も出せていなかったからな! 私と再戦しろ!」


 俺を指さし、そう宣言してきた。

 これはまた面倒くさいのに絡まれてしまったかもしれない。

 

「こんな街中で戦うことなんてできない。そもそも、もう戦う理由もないしな」

「理由ならある! お前が私に嘘をついているからだ! いいからその剣を抜け!」


 うーん……。

 面倒くさい。非常に面倒くさいが、このまま無視しても付き纏われるだけな気がしてきた。

 瞬殺することができるだろうし、お望み通り戦って切り抜けた方が早いか。


「分かった。なら早くかかってこい。いつでもかかってきていいぞ」

「剣も抜かないだと……! まぐれで私を倒せたからって舐めているようだな! ならいいさ。その余裕そうな面をひっぺ返してやる!」


 舐めているとかではなく、俺は人相手に剣を抜く気はない。

 ジーニアに詐欺を働いた冒険者相手にですら、俺は剣を抜かなかった訳だしな。

 ……まぁ今は以前よりもジーニアを守りたいという気持ちが強くなっているため、今度ジーニアに手を出そうとした者がいたら、勢いあまって剣を抜いてしまうかもしれないが。


 そんなことを考えている内に、黒装束の女性は俺に対して斬りかかってきた。

 前回も戦っているから分かるが、動きの速度はジーニアよりも少し速い程度。


 魔法で偽物の腕を二本作り出しているが、デッドプリーストの時に何度も言ったように、魔法は魔力で感知できるためフェイクにならない。

 スキルで作り出すか、本当に二本の腕を追加で生やすかしないと意味をなさないのだ。


 魔法の腕での攻撃は避けず、本物の腕だけを的確に避けていく。

 どう勝負を終わらすかだが、ジーニアにやったように拘束して降参と言わせればいいだろう。

 一方的に突っかかってきているとはいえ、流石に女性の顔を地面に叩きつけるのは気が引ける。


「な、なんで当たらないの! 私の【真・幻術腕分身】が見極められてる!?」

「……そんな大層な名前を付けない方がいい。将来恥ずかしくなるぞ」


 黒装束の女性がポツリと呟いたことで、黒歴史を思い出してしまった。

 俺も二十代までは技の一つ一つに名前をつけ、魔王軍と戦っている時に叫びながら使っていたのだが、別に技名を叫ばなくても使用できるということもあり、三十代になってから急に恥ずかしくなったのだ。


 村の人たちはそんな俺の心境なんて知らないため、俺が叫んでいた技名で技を求められた。

 特に子供は純粋に目を輝かせて求めてくるため、俺は赤面しながら技名を叫びながら技を披露していたが……今になっても恥ずかして胃がキュッとなる。


 そんな黒歴史を思い出しながら、片手間に黒装束の女性の拘束に成功。

 地面に寝かせつつ、腕を極めて降参を求める。


「俺の勝ちってことで大丈夫か? 素直に降参してくれるとありがたい」

「……くっ、まだだ! ――あっ、待って! 本当に痛い! 降参、降参するから腕を離して!」


 強めに関節を極めるとすぐに降参を申し出てくれた。

 これで決着はついたし、今後付き纏ってくることはないだろう。


「これで文句はないだろ。もう勝負を挑んでくるなよ」

「……一体、お前は何者なんだ! この質問だけ答えてくれ!」

「何者でもない。本当にただのルーキー冒険者だ。おっさんのな」


 質問だけしっかりと答えてから、地面に倒れたままの黒装束の女性を置き去りにしてその場を後にした。

 変なのに絡まれてしまった上に、過去の黒歴史を思い出して散々だったな。


「さっきの人、道の真ん中に放置したままでいいんですかね?」

「まだ人通りも少ないから邪魔にならないだろうし大丈夫だと思う。それより冒険者ギルドに行こう。どんな依頼があるか気になる」

「絡まれたことよりも依頼の方が気になるって凄いですね! 私もどんな依頼があるのか気になっていますが!」


 気を取り直し、ジーニアと楽しく話しながら冒険者ギルドへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る