第16話 謝罪
翌朝。
昨日は久しぶりに酒を飲んだこともあって、非常に目覚めの良い朝を迎えることができた。
朝日を浴びながら気合いを入れつつ、日課となっている訓練を済ます。
共用のシャワーで汗を流してから、今日もジーニアを迎えに行くとしよう。
ジーニアが寝泊まりしている酒場に着いたのだが、今日も外で待っていた。
わざわざ外で待たず、俺が着いてから出てくればいいのにな。
「ジーニア、おはよう。今日も外で待っていたのか」
「うずうずしちゃって外で待ってしまいました! なんて言ったって、今日依頼をこなせばいよいよ食事会が開けますから! 気合いも入っちゃうってものです!」
ガッツポーズを見せ、気合い十分ということを全身でアピールしてきた。
やる気満々なのはいいが、注目を集めてしまうからもう少し声量は落としてほしいところ。
「それじゃ冒険者ギルドに行こうか。今日も受付嬢さんに依頼を見繕ってもらおう」
「ですね! 今日はどんな依頼ですかね? ソードホークは狩れなかったので、今回は私でも狩れる魔物だといいんですけど!」
「まぁ道中の魔物はほぼほぼジーニアが狩った訳だし、そこまで気にしなくていいと思うがな」
「でも、やっぱり依頼の魔物は狩ってみたいですよ! ソードホークも私が狩った魔物とは違いましたから」
「空を飛んでいた以外は特に変わらなかったと思うけどな」
他愛もない雑談をしながら冒険者ギルドにやってきた俺達は、すぐにいつもの受付へ向かった。
ちなみに今日は人がそこそこいたのだが、一昨日とは違って茶化されることはなかった。
耳を澄ますと冒険者のほとんどが【不忍神教団】の話をしており、茶化されなくなったのは俺なんかよりも強い話題が来たからのようだ。
ジーニアのことを考えるとありがたい限りだが、一瞬で忘れさられたのは何処か寂しい気持ちもある。
「グレアムさん、ジーニアさん! 昨日は申し訳ございませんでした!」
変な感情を抱えたまま受付に立った俺に対し、開口一番に謝罪してきたのはいつもの受付嬢さん。
何のことだがさっぱりであり、謝罪する相手を間違えたのではとも思ったぐらいだが……間違いなく俺とジーニアの名前を言っていたよな。
「それは一体何に対しての謝罪なんだ? 一切見覚えがないぞ」
「実は、【不忍神教団】が北の山岳地帯にも拠点を構えていたらしいんです! 私はそんな危険なところにお二人を依頼に向かわせてしまいまして……本当にすいませんでした!」
「あー、そのことに対しての謝罪だったんですね! 気にしなくて大丈夫です! グレアムさんがちょちょいのちょいとやっつけ――」
受付嬢さんにつられるように、余計なことを口走り始めたジーニアの口を即座に押さえる。
俺達が【不忍神教団】と出会っていたことは、絶対に他言してはいけない状況。
悪い盗賊団を助けた上に見逃し、そしてその報告すらしなかったのだからな。
このことがバレたら、最悪の場合冒険者をクビになる可能性だってある。
「う、噂ではあったがそのことは聞いたな。でも俺達は出くわしてない訳だし、そもそも受付嬢さんが謝ることじゃない。情報では南で目撃情報があったのだから、一番遠い方角である北側を勧めるのが普通だ。たまたま北にもいたってだけで、こんなもの防ぎようがないからな」
「で、でも……」
「本当に謝らないでくれ。これまでずっと助けてもらっていたのに、こんなことで謝罪されたらこっちが苦しくなってしまう」
「……分かりました。優しいお言葉ありがとうございます。切り替えて、しっかりとサポートさせて頂きますね!」
「ああ、よろしくお願いする」
いつもの花が咲くような笑顔を見れて良かった。
こんなルーキーのおっさんのことを真剣に考えてくれているだけでありがたいのだから、例えこの受付嬢さんが俺の命に係わるような失敗をしてしまったとしても、俺は一切責めるつもりはない。
それぐらい既に助けられている。
「それでは今日はどんな依頼を受けられますか? 【不忍神教団】については既に他の冒険者さんが解決されましたので、本日は東西南北どの方角でも大丈夫ですよ!」
「なら、まだ行っていない東西のどちらかの依頼を受けさせてもらいたい。俺達でもこなせそうな討伐依頼を見繕ってもらえるか? 報酬額は銀貨五枚ぐらいのものだと嬉しい」
「かしこまりました。東か西で銀貨五枚ほどの討伐依頼を探してきますね」
雑な要望にも笑顔で応えてくれる受付嬢さん。
バックルームに行った隙にジーニアにはさっきのことを軽く注意しつつ、依頼についてはもう受付嬢さんに任せて大丈夫だろう。
無事に依頼を見繕ってもらい、俺達はビオダスダールの街の東にある廃道にやってきた。
今回の依頼はコープスシャウトという、アンデッド系の魔物の討伐依頼。
この東側は俺がフーロの村からやってきた方角であり、今いる廃道も舗装された道から外れたすぐの場所にある。
元々はこの廃道を使っていたみたいだが、ビオダスダールの発展と共に舗装された道ができたことでこの道は廃道となってしまったようだ。
昔は治安も悪かったこともあって、山賊やら盗賊やらに襲われて死んでしまった者がこの廃道には多数眠っており、そのことが起因してよくアンデッド系の魔物が湧いてしまうとのこと。
今はご覧の通り荒れ果てているが、元々は普通に使われていた道なだけあり、現在の舗装された道からも近いということで、今回のような討伐依頼は頻繁に出されていると受付嬢さんは言っていた。
「人通りがよくて綺麗に舗装された道からそこまで離れていないのに、何だか雰囲気のある場所ですね。南東の森よりも雰囲気は怖いかもしれません」
「実際に南東の森よりも強い魔物がいるからな。まぁ強いと言ってもどんぐりの背比べみたいなものだが」
「そりゃあグレアムさんにとってはどんぐりの背比べかもしれないですけど、私にとっては結構大きなことですよ! やっぱりアンデッド系の魔物が多いんですか?」
「流石に気配だけでは魔物の種類を識別できない。俺が分かるのは弱いか強いかの判別だけだな。飛行しているとかの特徴があれば分かるが」
「なるほど。それでソードホークは見つけられたんですね! でも……人間と魔物の違いは分かるんですよね? 昨日は遠く離れた人を見つけていましたし」
「人の気配は特徴的だからな。それに加えて個体差が出過ぎるから集団でいるとより分かりやすい」
「なんか面白いですね! ……いいなぁ、羨ましいなぁ! 私も気配を探れるようになりますかね?」
「ああ。練習すれば誰でもできるようになるぞ。俺の域に達するまでは流石に長い年月がかかると思うけどな」
既に亡くなっている父から、俺は気配探知を教えてもらった。
よく狩りにつれていってくれたのだが、その時にやり方を教えてくれたことをふと思い出した。
顔は似ていたが性格は俺と真逆であり、陽気で明るい人だったな。
「練習すればできるようになるんですか! てっきりスキルを使って行っているものだと思ってました」
「そんな大層なものじゃない。ジーニアに教わる気があるならいつでも教えるぞ」
「ぜひお時間ある時に教えてください! でも……戦闘もそうですけど、私ばかり与えてもらって本当に申し訳ないです」
「別にそんなことはない。この歳で初めて村を出て、一般的な知識には欠けているところをジーニアには助けてもらっているからな。それに俺なんかとパーティを組んでくれたってだけで十分すぎる恩恵だ」
「いやぁ、最近は私なんかでいいのかと思ってしまっていますよ? グレアムさんは本当に超人のような強さですし、Aランクの冒険者パーティでもやれると思いますし!」
「そんなに甘くはないと思うぞ。ただ、もし仮にAランクの冒険者パーティに誘われたとしても、ジーニアが良いと言ってくれる限り続けるつもりだ」
「そう言ってくれるだけで本当に嬉しいです! ご期待に沿えるように全力で頑張りますね!」
「いやいや気張らなくていい。この緩い雰囲気も好きだからな」
若ければ上にのし上がってやろうと思っていたかもしれないが、戦闘に明け暮れていた俺にとっては今ぐらいが非常に居心地が良い。
ジーニアの成長を見守るのも楽しいしな。
「私も今の感じが好きです! 一人で冒険者をやっていた時は地獄のようでしたが、こんなにも楽しいなんて思ってなかったです」
「そう思ってくれているなら良かった。――っと、雑談をしていたら魔物が集まってきた。アンデッド系は昨日戦っているし、ジーニアが戦ってみるか?」
「はい! 私にやらせてください!」
地面から這い出てきたのはボーンマミー。
依頼の魔物ではないが、ジーニアが相手するには丁度いい魔物。
道中の魔物はジーニアに任せつつ、気長にコープスシャウトを探すとしよう。
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