第10話 嫌な噂


 翌日。

 昨日は何とか銅貨六枚で泊まられる宿を見つけ、そこで一泊した。

 真四角の狭い部屋にかぴかぴの布団一枚という部屋だったが、野宿よりかは全然快適。


 正直酒場のソファの方が寝心地は良かったが、ジーニアのお世話になる訳にもいかないため、金が貯まるまではしばらくこの安宿で寝泊まりするしかない。

 まだ日が昇りきっていない内に日課のトレーニングを行い、共用のシャワーで体を洗い流す。


 もちろんお湯なんかは出ないため、体を震わせながら準備を終わらせた。

 グレイトレモンの採取は余裕だったし、今日は依頼を二つくらいこなしたいな。


 流石に銀貨一枚だけでは少なすぎるし、ジーニアと約束していた食事会を行うためにも金を稼ぎたい。

 気合いを入れつつ、俺はジーニアを迎えに行くために酒場へと向かった。


 予定の時間よりも早めに着いたのだが、既にジーニアは店の外で待っていた。

 俺に気を使って早めに待っていてくれたのかもしれない。


「待たせてしまったか? 遅れてすまない」

「いえいえ! 体が疼いちゃって、勝手に早めに待っていただけですので気にしないでください!」

「体が疼いて? 戦闘がしたくてたまらなかった――的な感じか?」

「その通りです! 眠る前も目を瞑ったら、昨日の魔物との戦闘を思い出しちゃいましたから!」

「それは相当だな。良い傾向なのか分からないが、依頼を受けるのが楽しみと思ってくれているのは良かった」

「すぐにでも行きたいところです! グレアムさん、今日もよろしくお願いしますね」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 こう言ってくれると、俺もやる気が出るというもの。

 ジーニアも乗り気だし、今日こそは討伐系の依頼を受けたいな。


 倒しやすい魔物を選ばなくてはいけないが、その点はいつもの受付嬢さんに任せれば問題ない。

 合流したあと、俺達はすぐに冒険者ギルドへと向かった。


「……なんか昨日よりも人が少なくないですか?」

「確かに少ないな。昨日もこの時間帯は人が少なかったが、今日は数えられるほどしかいない」

「朝だからっていうのもあるんでしょうか?」

「聞けば分かると思うぞ。とりあえずいつもの受付嬢さんのところに行ってみよう」


 ジーニアが言った通り、冒険者ギルド周りにいる人が昨日と比べると驚くほど少ない。

 指をさされることがないしありがたい限りだが、ここまで人が少ないとなると少し不安になる。

 冒険者ギルドの中に入ったのだが中もやはり人が少なく、並ぶことなくすぐに対応してもらえた。


「いらっしゃいませ。昨日の依頼は達成されたみたいですね! 達成されたとの報告を同僚から受けた時、思わずガッツポーズをしちゃいましたよ!」


 人の少なさに疑問を持っていた中、受付嬢さんはいつもと変わらず元気に対応してくれている。

 俺達が依頼を達成したことを自分のことのように喜んでくれているし、満面の笑みも相俟って心が温かくなるな。


「ありがとう。受付嬢さんが良い依頼を選んでくれたから、苦労することなく達成できた。それと……これは昨日採取したグレイトレモンなんだが、よかったら後で食べてほしい」

「甘くて美味しかったので是非食べてください!」

「えっ? 私に頂けるんですか? ありがとうございます! 大切に食べさせていただきますね!」


 俺は昨日渡せなかったグレイトレモンを手渡すと、更に笑顔を弾けさせて喜んでくれた。

 余計なお世話だったかなとも思ったが渡して良かったな。


「それで、今日も依頼を受けるんでしょうか? 受けるのでしたら私が見繕ってきますよ!」

「ああ、ぜひお願いしたい。今日は討伐系の依頼を受けたいと思っているんだが、受付嬢さん的にはどう思う?」

「昨日は魔物との戦闘は行いましたか?」

「通常種のゴブリン等の弱い魔物ばかりだったが、難なく倒すことはできた」

「そうだったんですね! なら、討伐系の依頼を受けても大丈夫だと思います!」

「じゃあ今日は討伐系の依頼を受けたい。できれば二つ受けるか、二つ分の依頼料のものを受けたいんだが良い依頼はあるか?」

「少々お待ちください。調べてきますね!」


 受付嬢さんは後ろへと消え、俺の出した要望の依頼を探しに行ってくれた。

 その間ジーニアと話しながら待っていると、すぐに奥から戻ってきた。


「お待たせ致しました。こちらがおすすめの討伐依頼となります」


 持ってきてくれた紙を見てみると、一つがソードホーク一体の討伐。

 もう一つがオークの討伐。


 ソードホークは聞いたことのない魔物で、オークに関しては何度も戦ってきた魔物。

 ゴブリンほどではないが様々な種類がおり、オークエンペラーが率いている群れは魔王軍の一隊に匹敵する力を持つ。


「オークというのは通常種のオークの討伐か?」

「はい。もちろんですよ!」


 通常種のオークなら、ゴブリンと同じように倒せる。

 ただ……オークは大抵群れで生息しており、通常種オークのみで動いていることは俺の経験上ほぼない。

 なら知識はないが、ソードホークの討伐を受けた方が無難なのか?


「ちなみに私のおすすめはオークの討伐ですね。ソードホークは飛行する魔物ですので、倒すのが少々厄介なんですよ」

「ならオークで――と言いたいところだが、今回はソードホークの依頼を受けさせてもらう」

「かしこまりました! この二つとも、ルーキーの方でも頑張れば倒せる魔物ですので大丈夫だと思います! ソードホークの討伐報酬は銀貨五枚でして、昨日の依頼の二倍以上の額となっています」

「良い依頼を見繕ってくれてありがとう」

「いえいえ。報酬が高い代わりと言ったら何なのですが、討伐したソードホークは丸々納品しなくてはいけないんですが大丈夫ですか?」

「もちろん大丈夫だ。倒した魔物の死体を持ってくればいいんだな」


 ソードホークの姿形が分からないが、ジーニアが親指を立てていることから今回もジーニア任せで大丈夫なはず。

 死体を持ってこいってことは、食用として使う魔物なのかもな。


「はい、忘れずによろしくお願いします。期限は同じく三日間でして、北にある山岳地帯に生息しております」

「そうなのか。昨日とは方角が正反対なんだな」

「本当は多少は慣れているであろう南側の依頼をご紹介したかったのですが、実は南側で問題が起こっておりまして……。冒険者の数が少ないのはお気づきになられましたか?」


 どうやら北側の依頼を見繕ってくれたのは、理由があったからだったのか。

 それも冒険者の数が少ないことに関係していそうだし、人がいないことを質問する手間も省かれた。


「来た瞬間から気になってはいたし、尋ねてみる予定だった。南側では何が起こっているんだ?」

「実は南の街道に盗賊団の目撃情報があったんです。それも普通の盗賊団ではなく【不忍神教団】というかなり危険な盗賊団でして、冒険者を総動員させて討伐に向かってもらっているという状態なんですよ」

「【不忍神教団】ってあの有名な!? 確か、王都を中心に活動しているって話ではなかったでしたっけ?」

「私もそう聞いていたんですが、目撃した人が【不忍神教団】のマークだったのを確認しているとのことでして、今は大慌てで調査しているところなんです」


 聞いたこともない名前だが、ジーニアは知っているみたいだし有名なのか?

 それにしても盗賊団ということは、人間で構成された悪い組織ってことだよな。

 

 フーロ村では魔物しか敵ではなかったため違和感があるが、一昨日の冒険者がそうだったように悪い人がいてもおかしくない。

 あまり戦いたくない相手ではあるため、【不忍神教団】という名前には気をつけておこう。


「そのことがあったから、安全であろう北側を紹介してくれたのか。いつも気にかけてくれて本当にありがとう」

「それが私の仕事ですので。それにお二人には死んでほしくありませんから! 頑張って少しでも上のランクの冒険者になってくださいね」

「ああ。期待に沿えるよう全力で取り掛からせてもらう」


 受付嬢さんに深々と頭を下げてから、俺とジーニアは冒険者ギルドを出て北の山岳地帯に向かうことにした。

 【不忍神教団】についてはもう少し聞きたかった気持ちはあるが、ジーニアが知っている様子だったから道中で教えてもらえばいいだろう。


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