閑話 酒場の噂話 その1


「聞いたかよ。【レベルナイフ】が街から去ったらしいぞ」

「【レベルナイフ】って勢いがあったBランク冒険者パーティだよな? なんで急に街から去ったんだ?」

「それが一切分からないんだ。噂だと、ヤバい仕事に手を出して失敗。そのまま逃げるように街を去ったとか、若い女に返り討ちにされて逃げたとか、ルーキーのおっさんに絡んでボコボコにされたとか言われてるけど、どれも信憑性の欠片もない」


 冒険者御用達の騒々しい酒場では、冒険者パーティ【レベルナイフ】が夜逃げした話題で持ち切りとなっていた。

 どの卓でも【レベルナイフ】の話となっており、その話を別の誰かが聞くことで曖昧な噂はどんどんと広がっては大きくなっていく。


「今の後ろの話聞こえたかよ。やっぱりルーキーのおっさんが原因なんじゃねぇのか?」

「そのことなんだけどよ……実は俺、【レベルナイフ】がおっさんに絡んでるのを見てるんだわ」

「はぁ!? どこで見たんだよ!」

「冒険者ギルドだよ。そのおっさんがルーキーかどうかまでは知らないけど、【レベルナイフ】は確かにルーキーだとか言っていたような気がする」

「なんでそんな重要な情報を黙ってたんだ! それはいつのことだ?」

「逃げた日の前日とかじゃなかったっけな? いまいち覚えていないけど時期はピッタリあってる」

「じゃあ、ルーキーのおっさんが【レベルナイフ】をボコボコにしたって噂は本当じゃねぇか! こりゃとんでもないルーキーが現れたって盛り上がるぞ! 見た目はどんなだった? そのおっさんルーキー」

「いや、それがパッとしない普通のおっさん。髭面でちょっと臭かったしな。あっ、それと片腕がなかった」


 騒々しかった酒場はいつの間にか静かになっており、近くにいる全員が貴重な情報を持っていそうなこの卓の会話に聞き耳を立てていた。

 二人も自分達の会話を聞かれているのが分かっているため、少し声量を大きくして会話を続けた。


「片腕がないってのは初めて出た情報だな! でも、普通のおっさんで片腕もないルーキー? そんな人間が【レベルナイフ】をボコボコにできる訳なくないか?」

「ちなみにボコボコにしたところを見たなんて、俺は一言も言っていないからな。何なら俺は、ルーキーのおっさんがボコボコにできる訳がないと思ってるぞ。冒険者ギルドで【レベルナイフ】に馬鹿にされてたけど、情けない愛想笑い浮かべながら逃げるように去っていったのも見てるから」

「なんだよ。じゃあそのルーキーのおっさんは関係ないじゃねぇか!」

「ボコボコにしたって情報を出したのはお前だろ。俺は知らねぇって」

「【レベルナイフ】については結局分からず終いか。ヤバい仕事に手出して逃げたってのが、噂の中じゃ一番面白くないが一番ありえそうだな」


 二人は声量を上げて喋ったせいで乾いてしまった口を潤すため、一気にビールを呷った。

 聞き耳を立てていた冒険者も、結局分からず終いだったことに息を漏らしたが……一呼吸入れて、【レベルナイフ】とは別の興味が一気に湧いた。


「…………なぁ。てことは、片腕のおっさんのルーキー冒険者って何なんだよ!? 本当に強くもないただのおっさんが冒険者になったってことだよな? 片腕もないのにわざわざ冒険者を目指すのか?」

「そのおっさんはこの目で見たから間違いないぞ。パーティを探しているみたいなことを聞いたし、話が聞きたいなら俺達のパーティに入れてやるか?」

「いやぁ、流石に無理だわ! 面白そうではあるけどな!」

「まぁすぐに死んじゃうんだろうな。こればかりは残酷だけど」


 その締めの一言で酒場にいたほとんどが小さく首を縦に振った。

 酒の肴として一瞬盛り上がったルーキーのおっさんだったが、酒を進むうちに瞬く間に全員の記憶から薄れて消えた。

 そんな面白枠のルーキー冒険者のおっさんが、このビオダスダールを中心に名を轟かせることになるとは――この場にいる誰一人として想像もしていなかった。





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