第4話 厄介ごと
「ここがエルマ通りか。なんだか治安の悪そうな通りだな」
なんとなく名前の雰囲気から賑わっている通りなのかと思っていたが、暗い影のある人が多く雰囲気の悪い場所。
この通りに入る前から治安が悪そうなエリアだったし、ジーニアが働いているという酒場を早いところ探したい。
何かあってもいいように、刀をすぐに抜ける位置に手を添えておく。
両手があれば別にここまで警戒しなくて良かったのだが、片手しかない状態だと一瞬の遅れが命の危機に直結する。
警戒しながら歩き、俺はエルマ通りにある酒場を一軒一軒見て回ることにした。
そして、端の店から回っていくこと三軒目。
店の雰囲気とは合っていない、金髪の若い綺麗な女の店員さんが床を必死に磨いている。
ここまでの二軒はそもそも誰もいなかったため、初めて尋ねることができそうだ。
「あっ、いらっしゃいませ! わざわざ来ていただいたところ申し訳ございませんが、まだ営業していないんです」
「いや、酒を飲みに来たんじゃないんだ。実はジーニアという人を探していて、何か心当たりは――」
俺がそこまで言いかけた瞬間、床掃除をしていた若い女性は何故か俺に飛び掛かってきた。
モップをぶん投げ、懐から短剣を抜くと、俺を刺そうと動いている。
愛想の良い対応から一転、なぜ短剣で刺されそうになっているのか分からないが、一度大人しくさせた方がいいだろう。
幸いにも動きは遅く、刀を使わずとも対応することができそうだ。
一直線で刺しに来た女性の攻撃を、後ろに一歩下がりながらいなすように回避。
その際に足を出したことで、俺の足に引っかかった女性は勢いよく転倒した。
転倒した際に落とした短剣を蹴り飛ばし、転んだ女性の腕を取って拘束に成功。
まだなんとかしようと暴れ回っているが、完全に関節を極めているため動けていない。
「うぐ、ぐ! 離して、離してよ!」
「少し落ち着いてくれ。なんでいきなり刺そうとしてきたんだ」
「私はまだ死にたくな――え? おじさん、私を捕まえに来たんじゃないの?」
「捕まえる? なんで俺が君を捕まえることになっているんだ?」
「だって、ジーニアを探しに来たって言ったから! だからてっきり私を捕まえに来たのかと……」
「ということは、君がジーニアなのか」
なぜか冒険者は男というイメージがあったが、確かにジーニアって名前は女性だな。
それに、こんなに若くて綺麗な女性というのも想像だにしていなかった。
俺なんかとパーティを組んでくれるとは到底思えないのだが、受付嬢さんは勝算があって紹介してくれた訳だし、誘うだけ誘ってみよう。
……とその前に、捕まえるだの殺されるだの言っていたのは何だったんだ?
パーティに誘う前に、俺を誰と間違えて刺そうとしてきたのかは聞いておきたい。
「あ、あなたは誰なんですか?」
「俺はグレアムという名前で冒険者だ。冒険者ギルドでジーニアのことを聞いて尋ねてきたんだが……。改めて、ジーニアは一体誰と間違えて俺を刺そうとしてきたんだ?」
「そ、そうだったんですね。私、とんでもない勘違いを……! 本当に申し訳ございませんでした!」
俺が拘束を解くなり、ペコペコと凄い勢いで頭を下げてきた。
傷一つついていないから別に構わないのだが、刺そうとしてきた理由については聞きたい。
「謝罪は大丈夫だ。風貌が怪しい自負はあるからな。それよりも刺そうとしてきた理由を教えてくれ」
「…………言わなきゃ駄目ですかね?」
「刺されかけたのに理由も分からないというのは、流石にスッキリしないな」
「分かりました。少し長くなるんですが聞いてください」
それから俺は、ジーニアが俺を刺そうとしてきた理由についてを一から説明してくれた。
その説明を簡単にまとめると、一ヶ月ほど前にとある男と曲がり角でぶつかってしまい、その際に男が持っていた壺が落ちて割れてしまったらしく、その弁償を求められたのが事の発端。
目が飛び出るほどの高価な壺だったようで、どうにか返そうと頑張ってみたはいいけれど、冒険者では依頼を達成できず、ここでアルバイトしたが焼け石に水。
そして今日がその壺の代金を支払わなくてはいけない返済日らしく、そんなタイミングで現れた俺を取り立て人と間違えたって流れだったらしい。
「なるほど。それで俺を刺し殺そうとしてきたってわけか」
「売春だけは絶対に嫌で、でも返せるお金がないから……もう殺すしかないと思ってしまったんです。それなのに全く関係ない人を……本当にごめんなさい」
ジーニアの目には涙が溢れ出ており、殺すというぶっ飛んだ思考に陥ったのも精神的にいっぱいいっぱいだったからというのが、今のあまりにも辛そうな表情から分かる。
ただ勧誘をしに来ただけだったのに、何かとんでもないことに巻き込まれている最中のようだな。
「俺は大丈夫だから謝らなくていい。それよりも……話を聞いた限りでは怪しい点しかないんだが、その壺は本当に高価な壺だったのか?」
ジーニアの話を聞いて、どうしても引っかかったのがその部分。
出会ったばかりであり、ほとんど関係のない俺が首を突っ込むのはどうなのかとも思いつつ、どうしても騙されているとしか言いようがない。
「そこは分からないです。向こうが高価なものだったと言い張っていて、その壺自体は粉々に砕けてしまいましたから」
「俺は怪しいと思うし、話を聞く限りでは飛び出てきたのは向こうなんだろ? だったら、ジーニアだけのせいにされているのもおかしい」
本当に高価な壺なら取り扱いに気をつけるだろうし、むき出しの状態で持ち運ぶことはないと思ってしまう。
走って飛び出てきたとのことだし、本当におかしな点しかない。
「私も怪しいとは心の中で――」
ジーニアがそこまで話した瞬間、店の扉が開いて誰かが入って来た。
「あっ、すいません。まだお店は準備中——って、あなたたちは……!」
「おー、邪魔するぜ! 今日が返済の期日だ! 忘れたとは言わせないぞ! 白金貨十枚。キッチリと耳揃えて弁償してもらうからな」
ジーニアの反応から、今店に入ってきたのがその例の男であることが分かった。
ただ俺にはどうも聞き覚えのある声であり……というか、つい先ほど俺はこの声の主に馬鹿にされた。
「おー? さっきのおっさんもいるじゃん! こりゃ運命かもしれねぇな!」
「すげぇ偶然で驚いたわ! なんで二人が一緒にいるんだよ!」
「壺の代金。このおっさんにも払ってもらう? この二人はパーティなんだよな!?」
冒険者ギルドの入口で俺を馬鹿にしてきた三人組。
多分だが、俺がジーニアのところに行くという受付嬢さんとの会話を聞き、おっさんでルーキーならカモになると踏んで、入口でわざと俺を絡んできたのだと思う。
こいつらだったということは、確実に壺は安価なものであり、ジーニアは騙されていたということは俺の中で確定した。
「ど、どういうことですか? この方と知り合いだったのですか?」
「いや、ついさっき一方的に絡まれたんだ。冒険者ギルドにいたから、こいつらは多分冒険者だと思う」
「何、ぶつくさ喋ってるんだよ! 早く白金貨十枚払えって! 払えないなら……ふっへっへ、体で払ってもらうからな!」
剣を抜くと、俺とジーニアに向けて突き出してきた。
最低の極悪人であり、叩きのめしてやりたいところだが、こいつらがBランク冒険者なら俺では勝てない。
……はずなのだが、剣を構えて向けられているのにも関わらず、さっきまでと変わらず一切の怖さがないんだよな。
もしかしたら本物と言っていた壺が偽物だったように、Bランクの冒険者と言っていたのも嘘の可能性が高い――というよりも確実に嘘だろう。
そうと分かれば、もはや何も怖くない。
わざわざ刀を抜くこともせず、俺は三人の冒険者達にゆっくりと近づいていく。
「は? 何近づいてきてんの? おっさんはついでだし、本気で斬っちまうぞ?」
「斬れるものなら斬ってみろ。その代わり、手加減はしないぞ」
「ぎゃはは! だっせぇ! おっさんのくせに女の前だからかっこつけてんのがだせぇんだわ! おっさんが調子に乗っちゃ駄目だっつうの!」
一人がそう叫んだあと、本気で斬りにかかってきた。
ただ動きは遅く、ジーニアよりかは幾分かマシではあるが大して変わらない。
さっきと全く同じように一歩だけ足を引いて躱し、頬を思い切り鷲掴みにする。
さっきのジーニアと違い、拘束なんて優しいことはしない。
俺は顔を潰さないようにだけは気をつけながら、掴んだ冒険者をゆっくりと宙に持ち上げる。
そして一定の距離まで上げてから――後頭部から地面に叩きつけた。
情けない小さな悲鳴を上げたあと、冒険者は倒れたまま動かなくなった。
そんな一瞬の出来事に、控えていた二人は唖然とした表情を見せている。
「お前達はかかってこないのか?」
「な、舐めんじゃねぇぞ! ルーキーのおっさんがよォ!」
パニックに陥ったからか腰に剣を差しているにも関わらず、その剣を抜くことはせずに拳で殴りかかってきた。
この攻撃も驚くほど遅く――このパンチはわざわざ躱すこともないな。
顔面目掛けて拳が飛んでくるが、俺は避けることをせずに顔で受けることにした。
頬骨の部分に当たるように調整し、拳が伸びきる前に俺の方から拳に当たりにいく。
指の骨が折れる音が聞こえたものの、冒険者は俺の顔面を殴ることができたと思って笑い始めた。
「は、ははは! たまたま倒せたからって――うァッ、い”てェよォ!」
遅れて折れた指の痛みが襲って来たようで、拳を押さえながら地面を転げ回った。
指が折れた程度でこの反応ということは、もしかしたら冒険者でもないのかもしれない。
フーロ村では、小さな子供でもここまで大袈裟に痛がったりしないからな。
こんな偽りだらけの人間を恐れていたことに少し恥ずかしさを覚えつつ、俺は転げ回っている冒険者の髪を掴み、無理やり顔をあげさせてから顔を地面に叩きつけた。
残るはリーダーらしき人物のみ。
二人があっさりとやられたことで、さっきまでの勢いは何処へやら顔はすっかりと怯え切っている。
「ち、ちょっと待て、す、すまない! 本当にすまない! 壺の代金は半分だけでいい! な?」
平謝りしているが、あくまで壺の金の半分を払わせようとしてきているところに思わず笑ってしまう。
呆れた笑みだったのだが、許してくれると勘違いしたリーダーも笑みを見せた。
俺はそんなリーダーにゆっくりと近づき、土手っ腹に拳を叩き込む。
呼吸ができなくなったせいで藻掻き苦しんでいるリーダーの髪を掴み、最終忠告をしよう。
「二度と俺とジーニアの前に現れるな。今度は――殺してしまうかもしれない」
リーダーが涙を浮かべながら首を縦に振ったのを確認してから、俺はさっきと同じように顔面を地面に叩きつけて気絶させた。
店の中には鼻から血を噴き出した三人の冒険者が倒れており、ジーニアは口を開けた状態で固まっている。
「店の中で暴れて悪かった。ただ、もう金を要求してこないはずだ」
「…………あ、ありがとうございます。おじさん、強かったんですね」
「いや、この三人が特段弱かっただけだと思う。効果な壺というのも嘘だったろうし、口だけ達者な詐欺師だ」
「そうだったんですね。私にはおじさんが強く――というより、まだお名前を聞いていませんでした! お名前はなんて言うんですか?」
「俺の名前はグレアム・ウォード。ついさっき冒険者になったばかりの……オールドルーキーって奴だな」
「グレアムさんですね! 助けて頂き、本当にありがとうございました!」
「お礼なんていらない。俺も同じように狙われていた訳だし、ほとんど自分のために戦ったようなものだからな。それより、こいつらを外に運びたいから手伝ってくれるか?」
「はい! 手伝わせて頂きますが……兵士とかは呼ばなくていいんですかね?」
「悪事を働いていた証拠でもあれば突き出していたが、証拠がなければ兵士が無駄に時間を使うだけだろうからな。お灸はしっかりと据えたから、外に放り出しておけば勝手に逃げていくと思うぞ」
「分かりました。外に運び出しましょう!」
こうして俺はジーニアと一緒に気絶している三人を外へと運び出した。
いきなり訳の分からないことに巻き込まれた感じはあるが、片腕でも弱い相手となら全然戦えることが分かったのは良かった。
ギリギリの戦いではあったがエンシェントドラゴンを倒せている訳だし、もう少しくらいは自信を持ってもいいのかもしれない。
そんなことを思いつつ、俺はビオダスダールでの初日を終えたのだった。
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