第3話 大きな街
村を出発して教えてもらった道を進んで約二日。
道中に時折立っている小さな看板を頼りに進んでいると、目の前に見たこともないほどの大きな街が見えてきた。
しっかりと舗装された道に出てからはすれ違う人の数も半端ではなく、この道中だけでフーロの村に住んでいる人達の数倍の人と既にすれ違っている。
知らない世界に若干の恐怖を感じつつも、目の前に見えている大きな街には年甲斐もなくワクワクしてしまう。
まず街を囲っている城壁から凄まじい。
フーロの村も防護柵で囲ってはいたものの、木を組み合わせて作った非常にお粗末なもの。
いや、この城壁を見るまではお粗末なものとは思ったことすらなかったが、比べてしまうとお粗末だったと言わざるを得ない。
そして、その城壁に作られているのは大きな門。
街に入るには南と北にある二つの門から中に入るしかないようで、変な人物を入れないためか門の前では身体検査を行っている。
その身体検査待ちで街から道沿いに大勢の人が並んでおり、その並んでいる人の数でも圧倒されている。
立派な門、街に入ろうとしている人。
まだ街の中を見た訳ではないのに、既に圧倒されまくっていて開いた口が塞がらない状態。
行列に並びながら、俺と同じように並んでいる様々な人を観察しながら待っていると、あっという間に俺の身体検査の番が回ってきた。
正直、街の中に入るが怖くなってきてはいるが、ここまで来て引き返すという選択肢はない。
「次、前に出てこい」
兵士に呼ばれ、一歩前に出た。
こうして真横に立ってみると、兵士は意外と背が小さい。
「何かデカいな。体つきも凄いし……冒険者か?」
「いや、冒険者ではない。仕事を探してこの街に来たんだ」
「仕事を探して……ねぇ。荷物はその小さな鞄だけか?」
「そうだ。後は腰に刀がある」
「か、刀だと? ――おい、タレミ見てみろ! 剣じゃなくて刀だ!」
「本当だ! 有名な刀鍛冶師のものか!?」
兵士は俺が帯刀していた刀に興味を示すと、身体検査を他所に興奮し始めた。
色々と質問をされたが、村にいる鍛冶師に作ってもらっただけで俺も詳しいことは何も知らない。
「俺が住んでいた小さな村に鍛冶師がいて、その鍛冶師に作ってもらったものだから大した価値はないと思う」
「っちぇ、なんだよ。刀と聞いたから、てっきり凄い逸品だと思っちまった。小さな村にいた人が打った刀なら確かに大した価値はないだろうな。とりあえず……危ない持ち物はなし。通っていいぞ」
露骨にテンションが下がったのが分かったし、無駄に期待を持たせてしまったようだな。
ただこの刀でエンシェントドラゴンを斬った訳で、ちゃんとした刀ではあると思うのだが……まぁ値打ち自体はないよな。
とりあえず中に入る許可を貰ったため、俺は身体検査を行ってくれた兵士に頭を下げてから、いよいよビオダスダールの街の中に入る。
さて、一体壁の向こうはどんな街並みが広がっているのだろうか。
大きく深呼吸をしてから、一歩街の中に足を踏み入れた。
まず見えたのは――大量の人。様々な人が行き来しており、その奥には無数の建物が並んでいる。
フーロの村とはまるで別世界であり、小さい時に呼んだ物語の世界に飛び込んだような感覚。
まさかこの年でこんな経験を味わうことになるとは、ついこの間まで想像もしていなかった。
街の全てを細かく巡りたいという浮ついた気持ちを押し殺し、まずは職探しから始めなくては宿にも泊まることができない。
俺が就ける職業といえば、兵士か冒険者のどちらか。
なんとなく兵士の方がちゃんとしている職業な感じがするし、金銭を受け取っていなかったため仕事とは言えないだろうが、村でやっていたことは兵士に近い。
そんなこともあって心情としては兵士になりたいが……ちゃんとした職業であればあるほど、俺が就ける可能性は低くなる。
あくまでも、自分が無職で片腕の四十二歳のおっさんということを忘れてはいけない。
兵舎に向かう足を止め、なるだけなら誰でもできると聞いた冒険者になってみようと思う。
冒険者ギルドの場所を調べ、早速向かった。
「おー……。大きいな。いや、大きすぎるだろ」
街の中はどれも目に付くようなものばかりだったが、冒険者ギルドは思わずそんな独り言を呟いてしまうほどの圧倒的な建物。
フーロの村の半分は埋まるであろう大きな建物で、そんな建物にひっきりなしに人が行き来している。
大きいからといって雑な造りな訳でもなく、隅々までこだわりをもって建てられたのが分かり、入る前から萎縮して中に進む気が消え失せたのだが……。
そんな俺の心境などお構いなしに、後ろからやってくる人の流れに飲み込まれ、自分の意思とは関係なく冒険者ギルドに入ってしまった。
外からでも人が多いことは分かっていたが、中は冒険者たちで埋め尽くされており、どんちゃん騒ぎになっている。
四十二歳で片腕のおっさんは浮いてしまうだろうと思っていたが、ただの自意識過剰だったとすぐに思えたぐらいには老若男女問わず様々な人種がいた。
「これなら俺を受け入れてくれるかもしれない」
またしても独り言を呟いたのだが、そんな俺の独り言は誰の耳にも届かず、騒がしい周囲の音に一瞬にしてかき消された。
まずは……受付に向かうか。
天井からぶら下がっている看板を見ながら、人の流れに乗って相談受付と書かれた場所まで向かう。
そのまま列に並びながら周囲の様子を窺っていると、またしてもあっという間に俺の番が回って来た。
門での身体検査もそうだったが、これだけの人がいると目新しすぎて観察しているだけで時間が解けていく感覚に陥る。
兵士や受付嬢が手慣れており、人を捌くのが上手いということもあるだろうけど。
「いらっしゃいませ。ここは相談受付なのですがよろしかったでしょうか?」
「ああ。相談したいことがあって来た。……来ました」
「ふふ、敬語じゃなくても大丈夫ですよ。それでどういったご用件でしょうか?」
見たこともないような美人の受付嬢は、俺の無理に使った敬語に対して優しく笑ってくれた後、わざわざ敬語でなくて大丈夫と言ってくれた。
俺がもう少し若ければ一瞬で惚れていたところだろうが、この年になって一回り以上も年下の女性に一目惚れなんてしない――いや、できない。
……じゃなくて、早く受付にきた目的を告げないとな。
「冒険者になりたくて来たのだが、どうやったら冒険者になることができるんだ?」
「……? え、えーっと、お子さんが冒険者になりたいということでしょうか?」
「いや、俺が冒険者になりたいんだ」
「あー……。なるほど、なるほど! 他の街で冒険者をなされていたとかですか? そうであれば、その街で使用していた冒険者カードを見せていただけますか?」
「いや、冒険者には今日初めてなりたいと考えている」
「んー……と、……なるほど。以前は兵士か何か……でしたか?」
「いや、辺境の村で四十年ほど農業をやりながら暮らしていた。あっ、村を襲ってきた魔物を撃退した経験はある」
「………………………………」
俺は質問を素直に答えたのだが、受付嬢は俺が質問に答える度に口数が少なり、今は言葉が見つからないけど何か発言しようと頑張っているようで、口を必死にパクパクとしている。
それでも言葉が見つからなかったようで、互いに愛想笑いを浮かべ、しばらく微笑みあった。
「…………四十歳を過ぎてからの挑戦は、ひ、非常に素晴らしいことだと思います!」
「ありが――」
「ですが、冒険者は非常に危険な職業です! 若い頃から経験を積んでいた冒険者ですら、四十歳を超えたらあっさりと命を落とす方はそう珍しくありません。基本的にベテランと呼ばれる年齢でして、この年齢からルーキーとして冒険者を始めるのは自殺行為に等しいです。それも……片腕がないともなると無謀と断言できます。それでも――冒険者になられますか?」
苦笑いは消え去り、真剣な眼差しで忠告してくれた受付嬢さん。
出会って間もない俺なんかをここまで心配してくれるということは、100%善意で俺の命を心配してくれているのだろう。
俺があっさり死んだとなれば、受付嬢さんにも目覚めの悪い思いをさせてしまうだろうが……。
俺にはやめるという選択肢がなく、生活するためにもやらざるを得ない状態なのだ。
「忠告してくれて本当にありがとう。ただ、冒険者しか今の自分が就ける職業はないんだ。冒険者になれるのなら冒険者として登録させてほしい」
「……分かりました。そこまでの覚悟があるのでしたらもう止めません。こちらの紙にお名前等の情報を書いて頂けますか?」
「分かった。書かせてもらう」
紙とペンを手渡され、俺はその紙に自分の情報を書いていく。
それにしても綺麗な紙だな。
ここまで真っ白な紙は今まで見たこともない。
「書いたがこれで大丈夫か?」
「確認させて頂きます。――はい、問題ないです。それでは冒険者カードをお作り致しますので少々お待ちください」
受付嬢さんは俺にそう告げてから後ろの部屋へと消えていき、数分してから冒険者カードを持って出てきた。
「お待たせ致しました。こちらが冒険者カードになります。こちらのカードがないと依頼等も受けられなくなりますので、くれぐれも紛失しないように気をつけてください」
「ありがとう。なくさないように気をつけるよ。……これでもう依頼を受けることはできるのか?」
「はい、依頼を受けることはできますが……。まずパーティを組んだ方がいいと思います。冒険者のご友人とかはいらっしゃいますか?」
「いや、いない。何の伝手もなく、一人で村を出てきたんだ」
「そう……ですよね。分かりました! 少々お待ち頂けますか?」
「ああ、もちろん待たせてもらう」
再び受付嬢さんは立ち上がると、冒険者カードを取りに行った奥の部屋へと消えていった。
今度はさっきよりも長い時間戻ってこず、十分以上経ってからようやく姿を見せた。
「お待たせしました。今、ソロで冒険者をやっている方を見つけましたので紹介させて頂きます。ジーニアさんという方で、最近冒険者になったばかりの方です。エルマ通りの酒場でアルバイトもしているみたいですので、行ってみてはいかがでしょうか?」
「ジーニアさん……という方なら、俺とパーティを組んでくれるかもしれないってことか?」
「はい。ソロで冒険者をやっている方なんですが、実は未だに一度も依頼を達成できていないんです。ですので、誘えばパーティに加わってもらえるのではと思いまして」
「なるほど。わざわざ調べてくれてありがとう。本当にお世話になった」
「私にはこれぐらいしかできませんので。依頼を受ける際は私の受付でお受けくださいね」
「ああ。無事に誘うことができたら報告させてもらう」
苦笑いではなく、今はちゃんとした笑顔を向けてくれている受付嬢さんに深々と頭を下げてから、俺は早速教えてもらったエルマ通りの酒場に行ってみることにした。
ジーニアさんとやらどんな人か分からないが、依頼を一度も達成できていないのであれば、俺とパーティを組んでくれる可能性がある。
対応してくれた受付嬢さんのお陰で、僅かながら希望の光が見えてきた。
俺はホッとした気持ちで出口に向かって歩いていると――急に誰かが俺の前に立ち塞がった。
「おいおい、聞いたかよ! このおっさん、ルーキー冒険者だってよ! パーティも組んでないって言ってたぜ!」
「てことは、パーティ募集中ですってことか!? ぎゃはは! 誰がこんなおっさんと組むんだよ!」
「夢見るおっさんとか痛すぎんだろ! ほら、見てみろ。しかも片腕だぞ!」
ガラの悪い三人の冒険者が、俺を指さして笑い始めた。
やはり老若男女の様々な人種がいる冒険者でも、俺は相当な異端者なようだ。
色々な人間を見ているであろうさっき受付嬢さんも、俺の情報を知る度にかなり驚いていたもんな。
覚悟をしていたとはいえ、厳しい現実を突きつけられて、ホッとしていた気持ちが一瞬で消え去ってしまった。
「すまないが退いてくれ。外に出たいんだ」
「はえ? もしかして仲間がいないから依頼を受けられなかったのか? なら、丁度いいや! 金を出してくれんなら俺達のパーティに入れてやるよ! その代わり一日金貨一枚な! Bランクの冒険者を味わえるんだし金貨一枚なら安いだろ! ぎゃはは!」
不快な笑い声で俺を煽ってくるガラの悪い冒険者。
ただでさえ辛い現実を見させられているのに、追い打ちをかけて馬鹿にしてくるとは酷い冒険者たちだな。
言い返したいが言い返せることもなく、無駄な争いをして目立ちたくもないため、俺は無言のまま逃げるように冒険者ギルドを出た。
「金貨一枚用意したら、いつでも受け入れてやるからな! 金を持ってまた来いよー! ぎゃっはっは!」
はぁー……。
覚悟はしていたが、実際に声に出されて馬鹿にされると心にくるものがある。
このままやっていけるか不安でしかないが、とりあえずジーニアという方を探そう。
馬鹿にしてきたさっきの冒険者のような人達もいれば、俺なんかにも優しくしてくれたおばあさんや受付嬢さんもいるんだからな。
おっさんの俺にはくよくよしている時間も勿体ないため、頬を叩いて気合いを入れてから、エルマ通りを目指して歩を進める。
ただ、それにしても……。
さっきの絡んできた冒険者からは強さを一切感じなかったな。
気配だけでいうのであれば、エルダーリッチ・ワイズパーソンが率いていたアンデッド軍の一体よりも弱かったように感じた。
――いや、Bランク冒険者と言っていたし、これだけの大きな街の冒険者が弱い訳がない。
俺も常に気配は殺しているし、あの冒険者たちも意図的に気配を押さえていたんだろう。
そう自分の中で結論づけ、エルマ通りに向かったのだった。
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