第2話 初めての人里
村を出て、魔王領と反対方向に歩き始めてから約一週間が経過した。
魔王領の反対側を目指せば他の村や街に着くと思っていたのだが、村があるどころかまだ人間とも出会えていない。
本当にこっちの方角でいいのか不安になってきたし、三日ほど前から既に村に戻りたくなっている。
飯については、何とか道中で獣や魔物を狩れているから何とかなっているが、このまま何もなかったらどうしようか。
そんな不安に駆られつつ、歩を進めていると……視界の端で小さな村らしき場所があるのを捉えた。
廃村じゃない限りは村に人がいるはず!
俺は喜びのあまり一回飛び跳ねてから、視界の端で捉えた村に向かって走った。
近づくと人の声もちゃんと聞こえ、廃村ではなくちゃんとした村だということが分かる。
フーロ村よりも小さい村だが、ここで色々な情報が貰えるだろう。
俺にできそうな仕事があれば、この村で暮らすことも考えていいし、とりあえず村の中に入ってみることにした。
「おんや、客人とは珍しいね。一体何をしに来たんだい?」
怪しい風貌をしている俺に話しかけてくれたのは、村の入口で野菜を手売りしていたおばあさん。
ニコニコと笑顔を見せてくれており、ひとまず警戒はされていない様子。
「フーロという名前の村からやってきたんだ。ここまで人里が一つもない中、偶然この村が見えてやってきたんだが……俺なんかでもこの村に入ることはできるのか?」
「もちろん入れるよ。でも、フーロ村なんて聞いたこともないね。他の国の村かい?」
「いや、一応王国にある村なんだが……辺境の村だから知らなくても仕方がないと思う」
「んー? この村も十分辺境にあると思うけどねぇ。とりあえず情報が欲しいなら道具屋に行ってみるといい。あそこの倅はよく街に買い出しに行っているみたいだから、色々な情報を持っているはずだからね」
「道具屋に行けば情報を貰えるのか。貴重な情報ありがとう。それと――俺なんかに声をかけてくれて本当に嬉しかった」
「ほっほっ、なんだい泣いているのかい? 色々と変わっている人だねぇ」
村を出た時も、エンシェントドラゴンに腕を食いちぎられた時も泣きはしなかったのだが、村を発見できた喜びとおばあさんの優しさでつい涙が溢れてしまった。
慌てて涙を拭ってからおばあさんに頭を下げ、道具屋に行ってみることにした。
村自体は小さいが、フーロ村よりも発展している。
他の街や村とも交流がありそうだし、想像していた以上に閉鎖的な村だったということが、村を出てみたことで分かった。
文字や言語が同じだったことをありがたく思いながら、俺は村の中心にある道具屋にやってきた。
看板からしてお洒落であり、外から見える商品も気になるものばかり。
ただ、金も金目のものも全然持ってきていないため、購入することは不可能。
早いところ何かしらの仕事に就きたいのだが、見た限りこの村の人手は十分に足りているように見えるし、この村で働くのは難しそうだな。
「いらっしゃい! 見たことない顔だな!」
「村の入口にいるおばあさんに教えてもらって来たんだが、他の村や街についての情報が聞きたくて入らせてもらった。少しだけ話を伺っても大丈夫か?」
「ああ、ダコタの婆さんか。別にそれくらいの情報なら教えても構わないが、何かしら買っていってくれ。そこの魔法玉なんかどうだ? 王都で仕入れた魔法玉だぞ!」
「すまないが金が全然ない。道中で狩ったホーンラビットの角があるから、これと引き換えに情報をくれないか?」
「ホーンラビットの角だと? 銅貨二枚程度にしかならねぇじゃねぇか。……まぁでも、金がねぇなら仕方がないな。いいぜ、ホーンラビットの角と交換で情報をくれてやるよ」
腹の足しにしたホーンラビットで、角が綺麗な個体だったから何となく剥ぎ取っていたんだが、こんな感じで役に立つとは思わなかったな。
ホーンラビット程度の魔物の素材でも売れるなら、魔王軍との戦いで倒した魔物の素材はもう少し高く売れたのではとも思ってしまうが、フーロ村に住んでいる限り必要のないものだったからな。
村の復興作業の方が優先されていたし、魔物の素材を剥ぎ取るなんて発想がそもそもなかった。
ただ、これからは狩った魔物の使えそうな素材は剥ぎ取ろうと密かに決めた。
「確かにホーンラビットの角だな。それで街とか村の情報が欲しいって言ったが、具体的にどんな情報が欲しいんだ? おすすめの店とかか?」
「いや、どこにあるのかを教えてくれるだけでいい。この村の近くで一番大きな街はどこにあって、どう行けば辿り着くのかを教えてくれ」
「この村から近くにあって大きな街か。……ビオダスダールの街だな! この村から南西に向かって歩くと小さな整備された道に出る。その道をずっと進んで行けば、ビオダスダールへの行先が書かれた看板が出てくるぜ」
「ここから近くて大きな街はビオダスダールという名前の街で、南西に進めば道に出るんだな。貴重な情報をありがとう」
「対価は貰ったし道を教えるくらい別に構わねぇよ。次来た時は何か買っていけよ」
「ああ、何かしら必ず買わせてもらう。本当に助かった」
俺は道具屋の店主に頭を下げて、道具屋を後にした。
とりあえず教えてもらったビオダスダールの街に向かおう。
大きな街とのことだし、人が集まっているはずだ。
そこでならきっと俺ができる仕事もあるだろうから、生きるためにまずは金稼ぎから。
農業以外はやったことがなく、農業も力仕事以外はあまり得意ではなかった。
自信を持って他の人よりも優れていると言えたのが戦闘だったが、ご覧の通り左腕がなくなってしまったことでその唯一の長所も消えている。
それに大きな街であれば、俺なんかよりも強い人間がゴロゴロ集まっているだろし、仮に左腕が残っていたとしても年齢で足蹴にされているはず。
まぁそれでも出来る仕事は戦闘職ぐらいしかないし、底辺冒険者としてやっていくことになるだろうな。
「おや? さっきの泣いていた人じゃないか。もう行ってしまうのかい?」
「泣いていたことは忘れてほしい。泊まるための金もないから、大きな街に行ってみることにしたんだ」
「お金がない、ねぇ。それで泣いていたのかい。……道中でこれでも食べるといいよ。美味しくないかもしれないけどね」
「これ、売り物じゃないのか? そうだとしたら、流石に貰うことはできない」
「ほっほっ、お金もないのに遠慮なんかするんじゃないよ。食べて元気を出しとくれ」
「……ありがとう。そう言ってくれるなら、遠慮なく頂かせてもらうよ。このお礼はいつか必ず返させてもらう」
「気にしなくていいさ。どうしてもお礼がしたいというなら、ワタシの代わりに他の困っている人を見かけたら優しくしてあげてくれ」
「……分かった。困っている人を見たら必ず助けさせてもらう」
おばあさんから売り物である野菜をいくつか分けてもらい、もう一度深々と頭を下げてから俺は村を後にした。
頂いた野菜を頂きおばあさんの優しさを噛み締めながら、俺はビオダスダールの街を目指して歩を進めた。
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