辺境の村の英雄、四十二歳にして初めて村を出る。
岡本剛也
第一章
第1話 村の英雄、村を出る
ここは一応グルザルム王国にある村で、フーロ村と呼ばれている小さな村。
なぜ“一応”という言葉をつけたのかというと、グルザルム王国の中でも一番外れに位置し、地図にも載っていないほどの辺境にある村だからだ。
王国の外れにある村というだけでも十分過疎化する理由の一つなのだが、何と言っても最悪なのが魔王領が真隣にあること。
魔王領というのは、文字通り魔王が統治している領土であり、魔物が跋扈している危険な土地。
更に地形の問題上、魔王が王国に攻め込むとなった場合、この村を通って進行してくるのだ。
現に、俺が生まれてから四回も魔王軍がこの村を襲ってきている。
当然、地図にも載っていないこの村のことを王国が守ってくれることもなく……というよりも、この村の存在自体が忘れ去れている可能性が高く、全ての災難や困難を自分達だけで跳ね退けてきた。
そんな地獄のような村の一人として、これまで最前線で戦ってきたのが俺ことグレアム・ウォード。
この村が村としての形が残っているのは、自分のお陰と自信を持って言えるぐらいは、命を賭してこの村のために戦ってきたし活躍した自負がある。
そして一生このまま村のために戦いながら、静かに農作業を行いながら暮らしていくのだろうと思っていたのだが……つい先日、魔王軍の五回目の襲撃があった。
五回目ともなると流石に慣れもあり、自分自身の強さも上がっていることからも簡単に追い返すことができると思っていたのだが、今回は魔王軍も今まで以上に本気だったのか、襲撃してきた魔物の質と量がこれまでとは明らかに違った。
エルダーリッチ・ワイズパーソン率いる1000を超えるアンデッド軍から始まり、フェンリルロード率いる魔獣軍団の強襲。
それから休むことなく、キメラトロス率いる飛行部隊による空襲。
そんな凶悪すぎる魔王軍の襲撃をなんとかギリギリで耐えていた中——極めつけにエンシェントドラゴンが現れたのだ。
あまりにも強大すぎるエンシェントドラゴンに心が折れてしまうものがほとんどだったが、俺だけは村を守るべく命を懸けてエンシェントドラゴンの討伐に出た。
激しい死闘の末、何とかエンシェントドラゴンを討伐することはできたのだが、その代償として俺は左肩から先を失ってしまった。
大量出血により死の淵を彷徨いながらも、驚異的な回復力ですぐに動けるくらいまで回復はしたが、失った左腕が生えてくることはなかった。
村はなんとか守れたが俺の左腕以外にも代償は大きく、村の半分は崩壊状態。
魔王軍の襲撃を乗り切ったことへの喜ぶ暇もなく、村人総出で復興作業に明け暮れた。
俺も左腕がなくなったことをくよくよしている時間はなく、動けるようになってすぐに復興作業を手伝ったのだが……慣れない片腕での作業ということもあり、いないほうがマシとも言えるほどのミスを連発。
左腕を失ってすぐだったため、まだ片腕での生活に慣れていないというのもあったが、俺の中でそのミスの衝撃は計り知れないものだった。
ただ俺のやるせない気持ちとは反対に、村人達はミスばかりの俺に文句を言うどころか、村を救ってくれた英雄と常に祭り上げてくれた。
ただ……村の皆から英雄と呼ばれる度に俺の中で、ただでさえ過酷なこの村の負担になってはいけないという思いが増していった。
年齢は今年で四十二歳。
これからはもっと体力も落ちていく中、片腕で農作業への影響も出てしまうこの状態でも、村を救った英雄として村人たちは俺を優遇し続けるだろう。
ちゃんと若くて強い人材も育ってきているし、村を救った英雄として存在し続けるためにも、俺はこの村を去るのがいいと自分の中で結論付けた。
複雑な心境ではあるが両親は既に他界しており、妻も子供もいない。
この村の人たちは迷惑とは思わないだろうが、俺自身が迷惑をかけると思ってしまった以上この村を出る決断をした。
まずは村長に話をし、散々説得はされたが広い世界を見たいという適当な理由をつけ、村を出ることを半ば強引に了承してもらった。
みんなには黙って出ることも考えたが、俺に何かあったと思って探させてしまうのも心苦しいからな。
村の復興作業も無事に終わり、元通りになったのを見届けてから、決めていた通り俺は村を出ることにした。
四十二年前にこの村で生まれ、それからずっとこの村と共に育ってこのまま死ぬと思っていた中、まさかこの年で尚且つ片腕がなくなった状態で村を出ることになるとは考えてもいなかったな。
人生何があるか分からないというのは、魔王の領土からやってきた魔物の襲撃や魔王軍の襲撃で分かっていたつもりだったが、流石にこのことは予想していなかった。
少ない荷物をまとめつつ、俺は小さな自分の家に頭を下げて別れを告げる。
この家は俺がずっと面倒を見てきた双子に譲り渡すことが決まっているため、取り壊されることはきっとないだろう。
寂しくなるが、たまに村に戻って様子を見に来ればいいだけだ。
家に向かって深々と頭を下げてから、俺は村の入口を目指して歩き出した。
朝早いというのに、村の入口には村の人たちが総出で見送りに来てくれていた。
俺が村を出ることに対して泣いている子供たちもおり、この光景を見られただけでこの村を守ることができて良かったと心の底から思える。
「グレアムさん、本当に行ってしまうんですね」
「グレアム! いつでも戻ってきていいんだからな!」
「……ぐすっ、ぐれあむさん行かないでよ!」
思い思いの言葉をかけてくれ、俺まで思わず泣きそうになってしまう。
ただ涙で別れたくはないため、俺は涙をグッと堪えて笑ってみせた。
「別に永遠の別れじゃない。気が向いた時に戻ってくるし、その時はお土産を楽しみにしておいてくれ。それじゃみんな――また」
別れの言葉を告げ、残っている腕を上げてひらひらと手を振った。
後ろから村の人たちの声を聞きながら……俺は早くも悲しさよりも不安が勝ってきている。
迷惑をかけたくないという一心だけで村を出る決断をしたため、行く先なんてもちろん決まっていない。
どこに何があるのかも分からなければ、村の外からこの村に来た人間なんて一人もいないし、もちろんのこと地図もない。
その上、片腕で四十二歳のおっさん。
ここからは村にいる人達の心配ではなく、俺自身の心配をしなくてはあっさりと死んでしまうだろう。
まだ村を出てまだ数十歩だが気持ちを切り替え、生きるためにまずは他の村や街を目指して歩き始めたのだった。
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