やりたくない役割

僕は眼の前の少女、方万 刀刃ほうよろず とうはの前に立つ。

自身よりも背の高い男子高校生に、鎖とテープで雁字搦めにされている彼女に。

客観的に見れば、少女が暴行されている現場に来たヒーローのように見えるが、実態としては暴れ回るダンプカーを壊そうとしている状況のほうが近いだろう。


というか、僕はその心意気で来ている。

赤信号の横断歩道をわたるような気分だ、怖くて恐ろしくてたまらない。


「やぁ、方万 刀刃ほうよろず とうはちゃん、話し合いをしようよ」


「⋯⋯⋯⋯っ」


僕が目の前に現れると、刀刃ちゃんは忌避感を表した。

その表情を例えるならば『石をひっくり返したら夥しい数の虫がいた』といった顔が一番近い。


「おいおい、人の顔を見てそれはないだろう君、親の仇ってわけでもないんだしさ」


「⋯⋯⋯⋯■■■■■■!」


その発言が気に障ったのか、少女の姿から出しているとは思えないほどの絶叫を出し、四肢に巻きつけられた鎖はガチャガチャと音を鳴らす。

しかしそこは流石二人というべきか、学園屈指の実力者である二人は鎖とテープをピンと張って縛り上げる。


「■■⋯⋯■■■⋯!」


「悪いけど、君が何を言っているのか僕にはわからないし、理解し合うつもりも無ければ、共感するつもりも無いんだ。ねぇ人殺し?」


「っ――――――」


僕がそう言うと刀刃ちゃんは、まるで悪事がバレたか子どものような表情に変わった。

少なくとも、あの先輩の言うことは間違っていなかったらしい。


「どうしたんだいその顔は?まるで心当たりがあるみたいな顔じゃないか、まるで人を殺すのが嫌みたいな顔じゃないか。あれだけ暴れておきながら今更そんな事を言うつもりはないだろう?」


捲し立てるように、追い詰めるように、罵詈雑言にも似た口撃の攻撃を加速させる。

回せ回せ思考を回せ、人格否定なんて三流だ、一流ならば的確な部分だけを抉り出せ。


「あれだけ人を殺さんとばかりに凶器を振り撒いておきながら、今更人を殺したくないだなんて随分と虫のいい話だね。それとも、人を殺してでも叶えたい願いでもあるのかい?それならばその願いはご立派なモノなんだろうね」


「うぁ、あ、し、しょう⋯⋯」


ししょう⋯⋯⋯⋯師匠、だろうか?

大切な人を殺したと言っていたし、彼女はその大切な人である師匠を、何らかの要因で殺したのかもしれない。


まぁどちらにせよ、そこが弱点ならば抉るのが僕の仕事である。

自らの進んでやると言ったが、全く持って嫌な役割だ。不老不死じゃないのに死にたくなってくる。


「これは驚いた、まさか今更やり直そうとしているのかい?自らが引き起こした悲劇をなかったことにして自らを正当化しようとしているのかい?君は自分のことを聖人君子とでも思っているのかい?」


「わた、し、は」


――――――それほど良い人じゃなかったのかもしれませぇんねぇ?


「全く持ってその通りだ、よく分かっているじゃないか。君はそれほど良い人じゃない、善人であろうとすることに意義はあるだろうけれども、善人だと思っていることほど無意味なことはない」


それどころか君は過去の罪を認めずに過去の罪を消そうとしている、それは罪から逃げるのと何が違うのだろうか。

むしろ罪と真正面から向き合わず、見なかったことにしようとして、あまつさえ善人のように振る舞おうとするなんて傲慢極まりない。


「なぁ、君もそう思わないかい?」


後から考えれば、この時点で僕はやめればよかったのだろう。

人をどれだけ追い詰めたら、あぁなるというものを僕は知らなかったのが原因だろうけれども、偏にそれは僕の身勝手な性格のせいだろう。


他人の尊厳や誇りを薄っすらと考え、それらをねじ曲げへし折るのを得意とする僕が、他人の精神の許容量を把握できるわけがなかった。




端的に言えば、




「⋯⋯⋯⋯そう、そうでぇすよねぇ、私は善人じゃないでぇすもんねぇ、なら、もう――――――」


いい子ぶるのは、止めにしましょう。


「っ!?」


彼女は絶望したかのような表情から一変して口角を少しだけ上げ、上半身を折り曲げるようにして高速で蹲る。

それに引きずられるように、鎖とテープを握っていた夕卜くんと万くんは転がるように引っ張られた。


「――――――あぁクソッ!だよなぁ!そうだよな!暴走してないってんなら、技術ワザも使ってくるよな!どうやって俺の鎖から抜け出せたのかは考えないでやるがなぁ!?」


そのまま地面に落ちていた野太刀を一本握り、僕に向かって口を開いた。


「私はぁ、貴方ぁをぉ――――――」





――――――――――――殺します。


圧倒的な怒気を孕んだ声色、最早それはただの発言に非ず、僕に対する、純然たる死刑宣告に他ならない。

僕に一つの恨み言を言い放ってから、刀を投げようと腕を曲げた。


その一瞬、刹那の時間だったが、僕の脳内では品内先輩との応酬が思い出していた。

方万 刀刃ほうよろず とうはの前に現れる前に行われた、ただの会話が脳裏に浮かんでいた。


「死ぬかもしれないわよ?」


それがどうしたっていうんだい?


「失敗するかもしれないのよ?」


それが動かない理由になるのかかい?


「なぜそこまでして行こうとするの?」


それは――――――


多分普通の人ならこう答えるんだろうと思いながら、先輩に向き合って


「――――――友達ってそういうものなんだろう?」


当然の出来事のように、そう言ったことを思い出していた。

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