仲良し小好しの地獄歩き
「――――――っ」
投げようとした寸前で刀が停止する。
刀を力強く握っていたその手は、その指は、一本また一本と指が緩み、握っていた刀を地面に落とした。
なぜ寸前で殺すのをやめたのか、どうして圧倒的な怒気を萎縮させたのか
その理由はすぐに分かる程に、わざとらしい程にわかりやすかった。
僕達を中心に、異様な雰囲気が満ち溢れており、瘴気ともいえるそれは、あらゆる生命現象を否定し、拒絶し、打ち消そうとする感情。
それ即ち、殺意に他ならない。
どこから溢れかえるのか、どうして満ちているのか、どうしてかはわからないが、一歩でも動いたら死にそうなほどの死の重圧が場を支配した。
喉元に刃物を突きつけられたかのような、鋭利な串を眼球に突きつけられたみたいな、思わず呼吸を忘れてしまって冷や汗をかくような感覚、それが一番近い表現かもしれない。
誰も彼もがその感覚のせいで一歩も動けない中、僕はその感覚を覚えていて、思わず口を開いてしまった。
「――――――今更人助けをするのかい、殺人鬼」
僕は死の重圧で震える身体を必死に動かす。
このような状況で動ける人間がいるのならば、ただのイカレか、もしくは似たような存在だろう。
いくら僕といえど死ぬのは流石に怖いが、それはそれでこれはこれだ。
自らに課した役割を果たしてから怖がるとしよう。
友達想いなら多分そういう選択肢を選ぶだろうし。
そう思って、口を開こうとした瞬間だった。
かすかに開いた刀刃ちゃんの口から、あまりにも痛烈な断末魔が聞こえた。
「――――――もういやだもういやだ!!!もうたくさん!!!これ以上生きていたって楽しくない!!!死にたい死にたい自殺したい!!!」
「っ⋯⋯⋯⋯」
腹の底に貯めていた感情が爆発したのだろう。
考えるに、殺意や死の気配を感じて連想ゲームの如くフラッシュバックしたのかもしれない。
大切な人を殺してしまった記憶を、鮮明に思い出してしまったのかもしれない。
「もういやだ誰でもいいから――――――」
――――――誰か、助けて
僕は思わず口を噤んだ。
同級生の女の子が己の心情を吐露して、尚且つその内容が「死にたい」などいう光景を見て、どうして口を挟めるだろうか?
ましてその挟む内容が、心を折るための罵詈雑言ならば。
無論それは僕といえど例外ではなかったらしく、僕自身が残っていたとは思っていなかった良心が働いた。
だが、それはそれでこれはこれだ。
僕が口を回さなければ、刀刃ちゃんがまた暴れ出すかもしれないし、僕の友達である万くんや夕卜くん、空鳴に被害が及ぶかもしれない。
それだけはなんとしても止めなければならないし、僕の身を犠牲にしても現実にしてはいけないだろう。
もしかしたらそれが原因で口を噤んだのかもしれない、これ以上に刺激したら本当に自暴自棄になって僕の友達に危害が及ぶかもしれないと。
であるならば、それよりも早く希死念慮を加速させてやると、そうしていつもと変わらない風を装って、僕が一歩前に出て口を開こうとした瞬間だった。
「⋯⋯⋯⋯こんな状況見過ごせるわけがないだろうがぁぁぁぁああ!」
万くんが、刀刃ちゃんを止めるようにしがみついた。
先程まで泣き叫んでいた刀刃ちゃんの悲鳴をかき消すように、万くんが叫んだ。
「俺は風紀委員長で!生徒達の健全な生活を守るのが仕事だ!眼の前で健全な生徒の精神が折られようとしている光景を!黙って見過ごすなどできるわけがないだろう!?」
「う、あ」
「推測だ!推測だがな!てめえは大切な人を不慮の事故で殺してしまって!それを蘇らせるために暴れている!だがなぁ、そんな理由だったら不良生徒じゃねぇんだよ!」
はっきりと、万くんは言い切った。
断然として歴然として、刀刃ちゃんは不良生徒ではないと断言した。
そして次に彼は近くにいた部活動仲間、
「そこにいる馬鹿を見てみろ!?あんなことをしでかしたのにのうのうと生きている上に、俺と一緒に共闘しているんだぞ!?」
「⋯⋯じゃあ、じゃあどうすればいいんですかぁ?もうたくさん、なんでぇすよぅ」
「っ⋯⋯それ、は⋯⋯だなぁ⋯⋯⋯!」
そう言われた万くんは言葉がつまり、しどろもどろな返答すら返せなかった。
刀刃ちゃんの切り返しを想定していなかったのか、生きるのが辛いというのが共感できたのか
どちらにせよ、彼女の自殺を止められるような言葉が見つけられなかったのだろう。
「こんな学園に来てぇ、こんな希望にすがりついてぇ、生き地獄を生き続けるだなんてぇ、もう嫌でぇすよぅ」
「⋯⋯それだとしても、てめえ自ら死ぬことはないだろうが⋯⋯⋯⋯!」
真っ当な意見で、真っ当な答えだった。
随分とマトモな言葉で、随分と殊勝な精神性でもあった。
それと同時に、普遍的で平凡な地獄を知らない思考回路でもある。
当然そんな言葉は救いにならないし、むしろ地獄を更に地獄的にする文言でしかない。
陽の光しか見たこと無い人間が、日陰者の人生を傲慢な救済をすることほど身の毛がよだつこともないだろうから。
然らば、この地獄みたいな現実を生きやすい道にするしか無いだろう。
地獄への道を舗装して、補強してやろう。
地獄を知っている人間は、地獄を知っている人間しか救えないし、理解できないだろうから。
「だったら、一緒に仲良く地獄に落ちようじゃないか」
僕は彼女に、
――――――友達になろうと騙った。
「どうせ地獄ならば、堕ちる友達が多いほうがいいだろう?」
人を失った悲しみは、人との繋がりでしか治せない。
人を殺した罪悪感は、人との関係性でしか薄めれない。
人を消した喪失感は、人との幸福感でしか満たせない。
自殺をしようとしている人間を死刑にするのは、はたして罰になるのだろうか?
本人が望んでいる不幸を与えるのは、本当に不幸と言えるのだろうか?
「だから、友達になろう」
君には幸せになる権利はある。
が、それはそれとして当然罰を受ける責任がある。
彼女の生き地獄から逃れたいという願いは、願望装置に願わなくても叶えられる。
自殺しなくても、新たな人間関係による、空いた人間関係を埋めるという形で。
歪に歪んだ、ねじ曲がった結果で。
「友達になって、一緒に不幸になってやるよ」
罰は大切な人を殺した罪悪感を忘れること。
その対価は、友達が一人だけ作れること。
僕という面倒臭くて仕方が無い人間が付きまとうこと。
遠回しに、酷く遠回しな言い回しで大切な人を殺した事を忘れろと、僕は言った。
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