人を壊すという責任
「さて、貴様に話があるわ」
目的地の飛大絆に到着し、戦闘ができる空鳴や万くんを降ろして別れた後、戦闘に向かった人影が完全に見えなくなってから先輩は話し始めた。
「なんだい先輩、その言い回しだとまるで他の人に聞かれるのが不味い内容に思えるよ?」
「物わかりが良い後輩は嫌いじゃないわ、ねぇ浩一郎?」
「⋯⋯聞かない方が良いならば移動しますが」
「いいわ、むしろ貴様も聞いたほうがいいと思うし」
「方万 刀刃は人殺しよ」
それも、大切な人を殺しているわ。
ただ淡々と、なんでもないような事実を述べるように、女の子が人を殺したという過去を話した。
その酷く落ち着いた様子は不老不死が故の悪癖なのか、それとも殺人鬼と一緒にいたからこそねじ曲がった倫理観なのか、僕には判断できなかった。
「⋯⋯⋯⋯やだなぁ品内先輩、冗談だろう?自暴自棄になっているとはいえ子どもが人を殺すわけないじゃないか」
「貴様は昨日のカラオケボックスで何を見たのかしら?」
「たちの悪い悪夢」
「概ね間違ってないのがムカつく、死にたくなってくるわね」
まぁ、冗談はさておき。
「なんで殺したのか僕としては気になるかな」
人を殺すというのは大きな理由が必要だと、殺人鬼の札月が前日のカラオケで語っていた。
その理屈ならば、ただでさえ大変な人殺しの対象を、大切な人を殺すという理由を考えるだなんて、僕は想像もつかないかもしれない。
というよりも、想像したくない。
大切な人が死ぬということは、当然もちろん大層な悲劇であり、シェイクスピアが歓喜して筆を執るような話なのは言うまでも無い。
身を焼かれるような思いをして、身を窶すほどに、見てられない辛い話だ。
それほどまでに辛いからこそ、大切な人を殺したのか。
大切な人を殺してしまったから、それほどまでに辛いのか。
「人は辛くなくても人を殺すってことを忘れているみたいね、殺人鬼を忘れたのかしら?」
「アレは例外中の例外だろう?風紀委員会の資料を見ても彼女が人を殺したことはないから、多分だけど人を殺すのを忌避しているんじゃないかと僕は考えているよ」
まぁ片腕吹き飛ばしておいて人を殺すのを忌避しているだなんて、少しばかり滑稽だが。
「馬鹿じゃないの貴様、馬鹿みたい悩んだってどうせ話し合うんでしょう?」
「⋯⋯馬鹿馬鹿しいとは思っているさ、これから壊そうとしている少女の境遇を考えるだなんて」
「そうね、阿呆じゃないの貴様」
もしや先輩僕のことを罵倒したいだけか?
「私の発言の2.7tは罵倒ってことを忘れたのかしら?」
「随分と有り難い伏線回収だね、死んでくれ先輩」
「言われずとも、そのうち死んでやるわ後輩」
⋯⋯⋯⋯まぁ、茶番は置いておいて。
「これから壊そうとしている少女の境遇を考えないのは止めないんだけどさ」
「へぇ?それは面白いことを言うわね、折角だからその理由を聞かせて頂戴?」
「人を壊しておいてその人のことを忘れるだなんて、不憫にも程があると思わないかい?」
人を壊す。
肉体的な死亡による破壊であれ
精神的な崩壊による破壊であれ
どちらにせよ他者を破壊するのは有害な損害で、甚大な公害だ。
人の人生というのは当然長い。
それは肉体的死亡や精神的崩壊による終了がない限り、ずっとずっと続くものである。
人生は極小の歴史の教科書とも言い換えれて、良い感情も悪い感情も積み重なった一冊の本であり物語だ。
舞台という方が適切かもしれない。
その舞台の公演を楽しみにしていたのに、唐突に幕切れが訪れる
物語のクライマックスだというのに、いきなりカーテンコールが始まる。
平々凡々と生きていて生活していたのに、台本が燃やされる。
まるで
夢オチよりも酷いオチだ。
悪夢みたいな終わり方だ。
本来ならば華々しく終わるはずのエンドロールが倍速で再生されていく。
ご愛読有難うございましたの文字で無理やり畳まれた漫画が終わっていく。
誰の記憶にも残らずに、誰も知られていない物語が散っていく。
「どんな人間の人生も大切で、どんな物語も大切だ。そんな大切なものを強制終了させて『被害者のことは忘れました』だなんて、被害者に憐憫の情を抱かざるを得ないだろう?」
たとえその人間が人を殺す鬼だとしても。
「良い思想ね、でもどうせどうでもいいんでしょう?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
その発言は、僕の心臓を突き刺したかのような発言だった。
殺人鬼の一撃よりも、致命的な一撃だった。
絶対的に触れてはいけない弱点に刃物を入れられたような感覚に近い。
心臓に冷たい刃物が触れたような、一瞬にして自身の生命が相手に握られた感覚だった。
気持ち悪さすら感じない。
悍ましさすら湧いてこない。
ただ単純に、怖い。
自分のわかっていない事すら、特定してしまうこの人が怖い。
一陣の風が吹いて、その風が人の腕となり、僕の首を絞めた。
幽霊の手か死神の手か分からない。
首を絞められているがその手があまりにも冷たいせいで、息苦しいというよりもヒリヒリとズキズキと痛む。
――――――だから、僕は、話をそらすことにした。
「⋯⋯というか話を戻すんだけどさ、その情報をどこで知ったんだい先輩」
「さぁてどうだったかしら?図書館で知ったのかしら?それとも本人に聞いたのかしら?」
「本人から聞いたとしても他人に言って良いのかい?」
「いいのよ、あの子もそろそろ現実を見てもらわないと前に進めないもの」
「いいのかい、僕はその子を辛い目に合わせるんだよ?」
それも、今までの人生観全てをぶち壊すような、致命傷で致死的な一撃を。
その先の人生をぼうっとして生き続けるゾンビみたいな人生しか送れないような
だが先輩は、人生の先輩は酷く冷たくて、優しい声で話した。
「人生なんてものはね、楽しいときは楽しくて辛いときは辛いものなのよ。人生そうやって生きて、そうやって死んでいくのよ」
永くを見ていた彼女は、人生をそう語って、そういう風に見ていた。
「それに人が生きると書いて人生よ?他人のために生きるだなんて、それは機械と何が違うのかしら?」
「⋯⋯だとしても口が軽すぎやしないかい、先輩」
「当たり前じゃない、死体からメタンガスが発生して軽くなるのを知らないの?」
「にしては随分と人肌を感じる生温い死体だよね」
しかも喋る、一言二言ではなく小一時間ずっと喋っていることが可能だと思わせれるほどに高飛車なセリフで喋る。
死人に口なしの対極みたいな人だ。
「あははっ、いいわねそれ。うんかなり気に入ったわ、今度から使わせてもらうわ」
そう言って先輩は、まるで年頃の少女みたいに笑った。
不老不死だなんて真っ赤な嘘みたいに思えるほどに幼く見えた。
―――――――――――――――――――
あとがき
どんな人間にも、触れてはいけない部分があります。
その時は、大人しくその部分から離れるようにしましょう。
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