冷笑的ゾンビ
思えば足を動かすというのは意識的にやっているようで、本当は無意識にやっているのではないだろうか。
右足を動かすとなると膝を動かしたり足の付け根から動かしたりする必要がある、しかし人間はそれらすべての動作を無意識下で、簡単に言ってみれば自動化している。
当然だ。歩けなければ日常生活どころか野生に帰っても生きていけないだろう。
そしてこの話は案外、日常生活にも潜んでいるかもしれない。
最初はうまく使えなかったお箸を今では無意識下でやっているかのように、手元を見ないでパソコンのキーボードを操作できるように、経験や研鑽によるそれらと酷似している。
違いがあるとするならばそれは、元々染み付いていたかどうかだ。
もしかしたら人間というのは、思っているよりも遥かに自動化されているのかもしれない。
ではここで質問である。
無意識下による殺人が自動化された人間はどのような存在なのか。
―――――――――――――――――――
ぎゃあぎゃあと騒がしく光る広告が乱立する繁華街を僕は歩く。
今回はフラフラとした目的のない散歩ではなく、目的地は既に決まっている。
カラオケだ。
僕はある人物とカラオケで待ち合わせをする約束をしているのだ。
これが待ち合わせをする相手が女の子だったら僕も少しは心が踊るというものだが、如何せん今回は男なので気乗りしない。
だからといって、このままバックレるつもりもないわけだが。
一つの建物が丸ごとカラオケのなっている施設に僕は入り、予約していた番号の部屋に向かう。
スマホで確認しながら乗ったエレベーターから下りて、他の部屋にいるお客さんの歌い声が聞こえながらその扉を開けた。
「――――やぁ、自浄作用」
「――――よう、破綻装置」
長袖の作業着を腰に巻いて、凶悪な笑みを浮かべつつ唐揚げ丼を食べる殺人鬼。
僕は彼が呼ばれたい名前を知っている人間で、彼は名乗らない僕に命名した人間、などではなく鬼。
「よくこの猛暑なのに長袖の作業着を着てこられたね、君」
「いやいやまさか、流石にこの暑さだってのに長袖を着るだなんて頭おかしいだろ?現に腰に巻いているというのが見えないのか?」
「ふうん、だとしたら風紀委員会は頭が可笑しいってことなのかな。彼らは全身真っ白とはいえ長袖長ズボンだからね」
「全く持ってその通り、あんな正義中毒者を頭が可笑しいと表現せずになんと表現するんだ?」
彼はそう言いつつ唐揚げを己の口に放り込んで、肉を噛み砕いた。
そんな彼の隣に僕は座る。荷物は何も持ってきていないのでソファを圧迫することもない。
己の身一つ分の空間があれば良い。
着の身着のままというのは実に楽である。
「それじゃあ僕は飲み物でも頼もうかな、飲み放題セットだよね?これ」
「俺は働いていないからお前が払うことになるがな」
「それはないだろう殺人鬼、いくら部活に入っているとはいえ僕に大金持ちってわけではないんだから」
超法規的権力を持つ部活に所属しているから権力者ではあるだろうけれど。
「まぁ金はあるんだがな、ちゃんと正しい方法で手に入れた手段だぜ?」
「存在そのものが非合法なくせによく言うよ⋯⋯ちなみにどうやって?」
「殺人鬼の言う正しい方法だなんてわかるだろ?」
「あぁそうかい、人殺し」
「お褒めの言葉ドーモ」
「というか君ってなんの曲が好きなの?」
「結構色々聞くぜ?ボカロからK-POPまで幅広く趣味をやらせてもらってる」
「殺人も?」
「殺人が趣味とか頭おかしいんじゃねーの?そんな奴がいたらの話だけどな」
「僕の目の前にいるけど」
「残念ながらお前の前にいるのは鏡だ」
確かにそう言われたらその通りなのだが。
しかしこうして淡々と話しているが、こんな状況下でも彼は僕を殺せるだろう
なにしろ、札月は誰かの命を奪う殺人鬼である。
増えすぎた人類を滅ぼすために生まれた自浄作用のような存在。
人が生み出したというのに人を殺す人ならざる鬼という、人を見れば人を殺さずにはいられない人畜無害の対極、有害無益の究極系みたいな性質だ。
おいおい、いくらこの学園とはいえ個性的にもほどがあるぞ。
ずいぶんと世界観の違う人間がいるもんだ。
「いいや、違うね。お前らが見ていなかったり知らないだけで、世界にはこんなヤツらが元々いたんだぜ?」
「認識していない人間はのは存在しないと同義だよ」
例えるならば、世界五分前仮説のような。
「あぁ、世界は五分前に作られたって仮説か?五分よりも前の記憶があるって反論しようとしても、それらすべてを考慮して世界は作られたって言い返せるってやつだよな。まぁそれだとしたら誰が作ったのかが気になるし、どうして俺みたいな存在を作り出したのかわからないがね」
「そんな深い意味はないんじゃない?世界にそれほどの価値はないしさ」
「そうだな、美しいのと同じくらいに世界には汚いものはあるからな」
「⋯⋯綺麗は汚い、汚いは綺麗?」
「御名答!」
シェイクスピアのマクベスだったか。
偉人の名言だったり、作中の名言だけを調べる時期が僕にもあったので知っていた。
あくまでも、その一部分だけだが。
「ところで、聞きたいことが―――――」
僕が質問をしようとしたところで、カラオケルームの扉が乱雑に開いた。
当然、扉が開かれたのならば扉を開いた主がいる。
もう7月半ばに入ったからだろうか。
真っ白なワンピースを見事に着こなしている美貌を持つ、美少女と表現する他ない女性。
だがその鋭い眼光により幼いといよりも大人びているが、その服装故に少女のようにも見える。
「ずいぶんと速いのね、殺人鬼」
彼女はそう言って、どかっと札月の隣に座って2人分のスペースを占領している。
贅沢な空間の使い方だった。
「むしろアンタが遅すぎるんだよ、先輩」
困惑している僕を放置して札月と先輩と呼ばれた彼女は話し合う。
ここで明言しておくといきなり見知らぬ人間が現れたから困惑しているわけではない。
僕はそこまでの人見知りでもなければ、むしろ傍若無人と言っても良い図太さだけが数少ない武器だ。
そんな僕がなぜ困惑しているのかというと、彼女が血塗れだからである。
最初は血糊と思ったが、錆のように黒くなったその性質は血液に他ならない。
しかし全身血塗れ程度ならまだいいだろう。
何しろ僕の眼の前には殺人鬼が座っている。
今更血塗れスプラッターがなんだ、今こうして対面に座っているが少しでも油断したら殺されそうな状況だ。
「⋯⋯その、ずいぶんと縁起の良いなワンピースですね。白と赤で」
「あらそう、私の血で染まったワンピースで縁起が良いだなんて随分といい趣味してるのね」
そう言って、彼女はシニカルに冷笑する。
彼女自身が明かしたように、それは明らかに返り血ではなく心の臓を切り裂かれたが故に咲き誇る血痕だった。
見るものによっては、薔薇のように見えるかもしれない。
そのように見えるとするならば狂人に他ならないが。
「まぁ、はい、それはさておき、どちら様で?」
「はぁ?なんで貴様なんかに自己紹介しなければならないの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「でも良いわ今は気分が良いの、他人の金で飯を食べられるだなんて嬉しいことこの上ない幸福でしょう?」
「アンタほんといい性格してんなぁ⋯⋯」
札月はため息混じりに取り出したバタフライナイフで、隣に座った彼女の首を切り裂いた。
なんの事前宣告もなく
なんの予備動作もなく
なんの危険思想もなく
ただ、漫然と腕を動かして
ただ、悠然と体を動かして
ただ、自然と急所を狙って
――――芸術的なまでに人を殺した。
たとえその攻撃をすると知っていたとしても、回避しようがない一撃。
そんな攻撃を受け止めることも、回避することも当然できずに鮮血を巻き散らかした。
薔薇のような血飛沫を吹き出しつつ、バレエのように倒れ込んだ。
「⋯⋯⋯おいおい殺人鬼、ここはカラオケだよ。後から清掃する人の事とか考えないのかい?それにこんなやり方じゃ証拠が残って捕まってしまうじゃないか」
「世の中にはカラオケをまぐわう場所として使う人間がいるんだぜ」
いやラブホ行けよ。
「それに俺は殺人鬼だぜ?証拠を残さず殺すのは暗殺者だろうよ」
そう言って札月は凶器のバタフライナイフに付着した血を、唐揚げを注文したときに貰ったであろう使い捨てタオルで綺麗に拭いた。
その光景だけならば、愛用のバタフライナイフが汚れて残念そうな厨二病だ。
隣にある、ソファに項垂れるようなだくだくと血が溢れ出す良い死体がいなければの話だが。
「⋯⋯君みたいなおかしいやつと一緒にいると、今までの常識が塗り替えられそうだよ」
「ぞうね、まっだぐもっでぞのどおりよ」
――――――むくりと、血色の良い死体が起き上がった。
ごぼごぼと水に泡が生まれる音と、切り裂かれた喉を押さえつつ濁点混じりの話した。
「ぢょっど、ざづじんぎ、ぎざまのぜいでじゃべりずらぐなっだじゃない。じになざい」
「⋯⋯不老不死がよく言うぜ」
不老不死。
童話や絵空事、昔話でよく聞く話であり人類の悲願の一つ。
見方によっては仏教、輪廻転生を外れた解脱もそれに類されるかもしれない概念。
腹を裂いても首を捩じ切っても四肢を切断されても腸をぶち撒けても頭を潰されても血を抜かれても内蔵を潰されても爪をはがされても目を潰されても指を切り落とされても全身を燃やされても処刑されても火炙りにされても魔女狩りに遭おうとも――――
――――生きることを強制される。
三途の川を渡れない、死という一種の祝福を忘れた人間。
「ん、あ、あー。よし治ったわ。それじゃあ清聴なさい、人生の先輩である私からの自己紹介よ」
「そこの殺人鬼に殺された被害者、しがない死がない死ねない死ぬつもりなんて微塵もない不老不死。
――――覚える必要はないわ、むしろ忘れなさい。
彼女はそう言って、札月の唐揚げを一口で食べた。
―――――――――――――――――――
あとがき
実のところ
でも読み辛いのでやめました。
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