運任せの逃亡術

僕は浩一郎さんと一緒に飛大絆ひだほだ区から脱出しようと走っていた。

両足を動かして逃げている僕たちの後ろでは、刀を持った吉兆組が全力疾走で追いつこうと迫りくる。


「⋯⋯どうして僕らを追いかけるのかな、君達は」


「ライバルは先に潰しといたほうがいいだろうが⋯⋯よっと!」


「うぉ危ない」


後ろから刀を投げられる命がけの鬼ごっこをしながら僕は走る。

捕まればただではすまないだろうし、命が脅かされないとしても監禁くらいはされるだろう。

舞台裏バックステージのみんなは仲良し小好しではあるが、友達想いと言えないので捕まったら助かる見込みはないだろう。


というか僕が捕まったとしても大きな損害ではない、救出する難易度を考えたら放置した方が良い。

僕ならそうする。


「なのでここから二手に分かれましょう、浩一郎さん」


「よろしいので?自衛ができるのならば構いませんが」


「まぁそこら辺は考えがあるので、自由行動のほうが浩一郎さんも楽でしょう?」


僕がそう言うと、唐突に浩一郎さんは足を止めた。

後ろから吉兆組に追われているというのにいきなり何をするのかと思えば、彼はクラウチングスタートの姿勢をしてから


「では幸運を」


とだけ言ってから、


それは最早攻撃や突撃なんて生半可で優しいものに非ず。

伸ばされた輪ゴムが元の形に戻るがごとく弾け飛んだ浩一郎さんを、僕達の後ろにまとわりつく吉兆組も予測できなかったのか、追いかけて来ている大半の生徒が木の葉のように吹き飛ばされる


「⋯⋯っマジかよお前ぇ!」


「こちらのほうが楽だと思いましてね⋯⋯っと」


刀を振り下ろされたら腕で受け止め、無防備になった四肢を掴んで壁に叩きつける。

突き刺そうとしてきたのならば、ひらりと身を翻して別の敵に投げつける。


さながら曲芸のような御業で、鬼ごっこの鬼を殺すかのような芸当だった。


「おいおいマジかよお前!楽しませてくれるじゃねぇか!」


「それはどうも、楽しんでくれているようで何よりです」


「だけど悪いなぁお偉いお偉い大人様、如何せん今回はお前が目的じゃねぇんだわ」


吉兆組のリーダーはそう言って、なぜか僕を目掛けて走ってきた。

面倒な相手である浩一郎さんとの戦闘を避けたかったのか、それとも最弱とも言える僕を狙ったほうが良いと判断したのか、どちらにせよ僕からすれば面倒な判断をしてくれたものである。


「ははっ!逃げるんじゃねぇよ!」


「いや刀持ったヤクザに追われたら逃げるでしょ普通」


「言われてみれば」


しかしどうしたものか。

このまま逃げ続けても埒が明かないし、追いつかれるのは明白だ。

であるならば、策を考える必要がある。

奇妙で奇怪な、奇策を弄する必要がある。


僕はスマホで時間を確認しながら、ある場所に向かって走ることにした。

走るというよりも駆け上がるといったほうが正しいだろう、なにせマンションに併設された階段や梯子を登って屋上を目指しているのだから。


屋上に到着すると、全身にぶわりと風を感じた、端っこに立っていたら風で飛ばされてしまいそうなほどに強い風だ。

しかし今はそれが好都合だ。

むしろ望んですらいる。


「いきなり駆け上がったと思えば屋上で待っているとは一体どういうつもりだ?」


「ライバル相手に手の内を明かすつもりかい?⋯⋯えーっと」


そういえば名前を聞いていなかった。


「そういえば自己紹介をしていなかったな、ではあらためて俺の名前教えてやる!吉兆組の組長が一人、跳高 兆吉ちょうこう ちょうきち!」


「丁寧な自己紹介どうも、だけど残念ながら僕は自己紹介は苦手でね、それに今から死ぬ人間の名前を覚える必要があるのかい?」


舌先三寸の戯言で時間を稼ぐ。


「それもそうだなぁ、まぁ殺すつもりなどさらさらないさ」


「へぇ?非公認部活だから殺しも厭わないと思っていたけれど違うんだ?」


「俺達もそこまで狂ってるわけじゃねぇよ、いくら医務室があるとはいえ死は不可逆的なもんだからな」


「⋯⋯前々から気になってたんだけど、医務室ってどんな組織なの?いや、名前の通りに怪我人を治す部活なんだろうけどさ」


まだ、まだ時間を稼ぐ。

ふらふらと、わざとらしく足を動かして屋上の端に立つ。


「なに、あいつら医務室は単純だ。国境なき医師団みたいに誰彼構わず、怪我人だったら見境なく治す部活だ」


「そりゃ殊勝なことで」


「たとえ俺達みたいな非公認部活だろうと治す。まぁもちろん?金はきっちり取られるがな」


「払えなかったらどうなるのさそれ、内臓でも売られるのかい?」


「そんな怖い真似はしねぇよ、払えなかった分働かされるみたいだけどよ」


もう少し、あと少しだけ時間を稼ぐ。


「てなわけで、安心して怪我してくれ!手加減はしてやっからよぉ!」


「⋯⋯残念ながらそれは叶わないかな」


「あ?それはどういう意味だぁ?」


「――――――こういうことさ」


僕は全身に力を込めて


五体全てに重力を感じながら落下しながら、どうにかして着地の体制を取る。

ぐるぐると視界と平衡感覚が引っ掻き回される感覚を覚えながら、最終的に


「⋯⋯っつぅ、間に合ったか」


さて、ここで追いかけるのをやめてくれれば良いんだが、そうはいかないだろう。

電車の天井に金属を打ち付けられる痛みを失いつつ上体を起こすと、動く電車を見つめる跳高くんがいた。

多分、この状況でも彼は追いかけてくるだろう。



「じゃあね跳高くん、縁があったらまた会おうね」


僕はその場で服を脱ぎ捨ててから、橋を走行する電車から身を投げて川に飛び込んだ。


―――――――――――――――――――

あとがき

虚言廻しの好きなゲームジャンル

・死にゲー全般

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