それはまるで鏡のように同一で、されど姿形は対極だった
翌日、目覚めたのは午前十時頃だった。
どうやらみんな仲良く川の字で寝てしまったらしい、しかし万くんがいない。もしかして先に起きて風紀委員会の仕事に向かったのだろうか。
僕は二人を起こさないように静かに体を起こす。
菓子袋とジュース缶が転がる部室を片付けようと机を見ると、綺麗な文字で書かれた置き手紙が放置されていた。
『部活動に寝坊しそうになったとはいえ片付けもせずに帰って悪いな』
万々歳 万より、という最後で書かれた文だった。
「⋯⋯律儀だなぁ」
僕は部屋中に散らかったゴミを一先ずゴミ箱に入れてから、朝ご飯を食べることにした。
だがどうやら昨日のお祭り騒ぎで全て食べきってしまったらしい。冷蔵庫に食材の一つも残っていない、というかそもそも冷蔵庫に食べ物を入れた記憶がない。
「仕方ない、コンビニとかで買いに行くか」
ついでに空鳴と夕卜くんの分も買っておこう。あんなに楽しい夜遊びをともにしてくれたのだから、ここは一つ甲斐性や献身を見せるのも一興
僕は軽い身支度をして、書き置きをしてから靴を履いた。
『買い出し中、そのうち戻ってくる』
――――――――――――――――――――
「⋯⋯マズイな」
道に迷った。
いくら大通りに近い好条件なマンションの一室だとしても、右を見てもコンクリート左を見てもコンクリートな路地にある建物からコンビニに行くのが間違いだった。
縦にも高ければ横にも長いこの学園じゃ大半の空間は青空が見えない、ドミノのように積み重なった建築物は方向感覚を失わせるのにピッタリだった。
というかそもそもコンビニがあるかどうかすら考慮していなかった。
あるかないかだったらなさそうだ、この学園には。
しかし帰ろうにもここがどこかがわからない、今持っているのは精々浩一郎さんに渡された金属バットだけだ。
もしも出歩く場合は武器の一つでも持っていた方が良いと空鳴が言っていたから持ってきたが、なぜ僕はそれを唯々諾々と了承したのだろうか。
戦う気満々じゃないか。
「⋯⋯仕方ない、出るかわからないけど浩一郎さんに電話でもしてみるかな」
さすがこの時間帯だったら起きているだろうと思う。
そう思い普段から携帯電話を入れている方のポケットに手をいれたが、なにかに触れる感触はない。
金属製の電子部品などなく、ただ柔らかい布のズボンを感じるだけだった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ふと脳裏によぎるどんちゃん騒ぎの記憶、そして浮かんだのは机に置きっぱなしにされたスマホ。
「⋯⋯⋯⋯詰んだか?」
いや待て、一応どうにかできる手段はある。
それは辺り一帯の建物を破壊するということだ。
大きい騒ぎを起こせば風紀委員会が駆けつけて来るだろう、それならば人っ子一人いないこの状況から抜け出せる可能性はある。
「⋯⋯いや無理か」
そもそもとして、そんな建物を破壊するなんてことを金属バットだけで出来るわけがない。
この学園には探せば一人や二人いるだろうが、少なくとも僕はできない。
素直にフラフラと散歩を始めるとしようと、僕は何も考えないようにして足を動かし始めた。
そんな時だった。
僕が歩いている路地の奥から酷く嫌な感覚を覚えた。
ジメジメとした暑さの吹き飛ばすかのような冷たさの、形而上でしか味わえない感覚を覚えたのだ。
例えるならば禁足地と呼ばれる場所を前にした時。
例えるならば深夜の学校に忍び込んで誰もいない空間。
例えるならば葬式のような重苦しく沈痛な雰囲気。
一番近いのは葬式の雰囲気で、僕は親族が亡くなった小さい頃を思い出していた。
全員揃って黒い喪服を着用して沈痛な面持ちをしているのに、故人の遺影だけが笑っている異様な空間。
お坊さんの読経とすすり泣く音と嗚咽が交じるのと同時に、喪服を生者全員がごちゃ混ぜの感情で座っている。
死者と生者が入り混じっている離別と決別の雰囲気だ。
この雰囲気はそれなのだ。
だけどその嫌悪感とは別に、僕の体は自然とそちら側に歩んでいた。思い返しても当時を振り返ってもなぜそうなったかはわからない。
誘蛾灯に惹かれる羽虫のように惹かれていたのかもしれない。
路地を曲がった瞬間、僕は見た。
死体。
僕がそこで見たのは女の子の姿で同年代ほどの人物だった。
しかし、僕と決定的に違っていて徹底的に区別するべきことがあった。
死んでいるのだ。
もうすぐ夏場だから半袖のシャツを着た、茶色いロングヘアーが真っ赤に染まっている。
的確に首を掻っ捌かれ、息の根を止めるために心臓に突き刺さったナイフという2つの致命的怪我。
否、もはや生命ではないのだから損傷というべきか。
そしてなによりもこの惨劇を作り出した人物が、この悲劇を作り出した存在がいた。
夏場だと言うのに長袖の作業着風の衣服に、何かが仕込めそうな分厚いブーツ。
滑り止めのグローブに狩猟用ナイフを片手に持った、シルエットだけならば背丈は僕とそっくりな高校生。
だが絶対的に僕と違うのは、全身が血塗れということ。
その血は地面に倒れている少女のものだと直観的にわかるだろう。
この眼の前の存在が、殺したのだ。
僕は戦慄した。
この学園に来てから、いや、生まれてきてから初めてと言っていいほどに戦慄した。
こんな震えがあるというのなら、今までの恐怖などただの理性的感情だ。
浩一郎さんといった大人とも違い、夕卜くんや風紀委員長の万くんみたいな圧倒的なまでの個とも違う。
というよりも、世界観が違う。
―――気がつけば、僕は反射的に彼の頭を金属バットで狙っていた。
それは一種の防衛本能だったのかもしれない。
――――――――――――――――――――
あとがき
もうこれ文字数ガッタガタですね、文字数云々は諦めました。
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