策謀をもって協力を築く

「ふむ、『願いを叶える』と来ましたか」


扉を開けたハイエースの座席に座りながら待っていた浩一郎さんはそう言った

腕を組みながら顎に手を当て、何かを考えているらしい。


「願いを叶えると一口に言っても色々な話がありますが、はたしてどのことを指しているのでしょうかね」


「僕が思いつく限りには童話のランプの魔人とかが思いつくけど」


「さぁ?少なくとも碌でもないものではあるだろうね、それこそ悪魔とかじゃない?もしくは猿の手みたいなやつじゃない?」


猿の手。

詳しい内容は覚えていないからどんな物語かは覚えていないが、3つの願いを叶えるがねじくれた方法でのみ叶えるという、実にひねくれた願望装置だ。

昔からひねくれていた僕は幼少期、どのようにしてこの猿の手を困らせるか考えたことがある。

だが実際には願いを叶える猿の手など存在しない、だから無意味な行為だったのだが。

⋯⋯この学園に来るまでは。


「⋯⋯なんで転校先をこの学園にしちゃったんだろうね僕」


「というかそもそもなんで転校したの?親の都合とか?」


「⋯⋯⋯まぁ都合っちゃ親の都合か、うん、概ね合ってる」


「そいつは大変そうだな?まぁ人生ってのは往々にして大変そうなもんだがな」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「おいなんだよその視線、俺ちゃんの顔になにかついてる?」


⋯⋯⋯⋯いや、本当になんでいるの?

なんだろう、ものすごくデジャブを感じる。前にもこんな状況あった気がする。

空鳴の時はまだわかるが君がここにいる理由はないだろう?


もしかしたらと思い浩一郎さんの顔を見るが、首を横に振った。

なるほど、本格的に夕卜くんがここにいる理由がわからなくなってきた。


「まぁいいじゃねぇか俺ちゃんのことは、俺ちゃんは気にしないぜ?」


「僕が気になるんだよ」


「私は気にならないかなー」


「私も特に気にしませんので」


⋯⋯僕が少数派って、僕がおかしいのか?それともこの3人がおかしいのか?

先程まで戦おうとしてきた奴と仲良しこよしだなんて想像できない、もしかしたらこの学園ではこういう考えのほうが普通なのか?


「こっちじゃ普通だよ、島外ってお堅いんだね?」


「この孤島学園が柔らかすぎるんだよ」


まぁそんな僕の我儘はさておき、これからの話をするとしよう。

考えることは風紀委員会の依頼完了報酬による部員の増加、それと例の願望装置の件。

先に考えるべきはどのような部員を追加することからだろう。


「それでどんな人を部員にするつもりなの?僕ら二人ができないような技術を持っている人がいいと思うけど」


「ん、そうだねー。私はどっちかといえば技術系だし、浩一郎は防衛系だから戦闘特化の人がいいかもねっ」


そういって両手で頬に手を当てて楽しそうに考える空鳴。

よくよく考えたら、なぜ空鳴がこの部活を始めたのかを聞いたことがなかった。僕から見た空鳴はどちらかといえば、享楽主義の刹那主義、面白いことを第一に考えているような人間に見える。

それなのになぜ慈善事業とも言い換えられる超法規的組織を作ったのだろうか?

もしかしてだが、超法規的措置が可能ということを利用して何か大きな事をしようとしているのだろうか?


まぁそれはさておき、僕は隣で腕を組んで壁に体重を預けている夕卜くんを見た。


⋯⋯⋯⋯ちょうどいいや。


「夕卜くん、空鳴の部活に入らない?」


「応いいぜ」


「ちょっとぉ!?」


句読点すらつかないほどに二つ返事だった。

流石の僕にもこれには驚き、なによりも空鳴が一番驚いていた。

確かに言い出しっぺは僕だが、だからといって迷いなく即答されるなど誰が思うか。


しかしまぁ夕卜くんが部員になってくれるなら心強いし、嬉しいことだ。

いくら僕とはいえ、この提案を何も考えないで話したつもりではない。

考え無しという訳ではない。


「よしわかった説明しろ虚言廻しチェーンメール一から十まで全部説明しろ」


「⋯⋯風紀委員会の報酬はあくまでも部員の追加であって、誰を追加するまでは指定していない。なら夕卜くんを追加しても何らおかしくないだろう?それに彼は風紀委員会に追われているし、うちに所属させれば色々と安泰かなって」


なによりルールを敷く風紀委員会に対する切り札にもなるだろうし、仲間は多いに越したことはない。


「⋯⋯ん、言われてみれば確かに。それじゃあよろしくねっ、夕卜!」


「応いいぜぇよろしくなぁ!」


固い握手を交わす二人。

存外、この二人は相性が良いらしい。二人共風紀委員会に追われるくらいの大物だからだろうか?

少なくとも、小物とは思えない胆力だと思う。


――――――――――――――――――――


「―――という訳で夕卜くんを部員にしたよ」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯マジで言ってんのか、反則使い」


「マジで言ってるんだな、これが」


風紀委員会の本部に僕は来ていた。

流石治安維持組織の本部というべきか、例えるならば警視庁のような荘厳で峻厳な雰囲気だ。

だがその雰囲気とは裏腹に、出入り口の警備員に『風紀委員長に会いに来た』と言っただけで通れた。

もしかしたら浩一郎さんが話をつけてくれたのかもしれない。有り難いことだ。


「⋯⋯⋯⋯マジかてめえ、正気か?」


僕は万くんに夕卜くんを部員にしたことを伝えると、彼は書類を描くペンを止めて呆然とした。

まぁその心はわからないでもない。

追っかけていた犯罪者を仲間にするという報告を聞く彼の心労は計り知れないだろう。


「だったら取り下げてもらえっかぁ?これ以上頭痛の種が増えんのは面倒だからよぉ⋯⋯」


「ごめん、無理」


言い出しっぺは僕だし、取り下げるつもりはない。

吐いた唾をもう一度の飲み込む主義はないのである。


「というか、風紀委員会の本部だってのに僕実質顔パスで通れたんだけど大丈夫なのかい?ここは一応本部だろう?」


「直接会いに来る案件だしな、お前と空鳴と浩一郎サンは顔パスで通れるようにしてやったんだよ。これからも本部に来る案件も多いだろうしな」


これでも風紀委員長だから権限はあんだよ、といって再度書類の山に向かい始めた。

⋯⋯僕みたいな一般的な容姿をした人間を顔パスにしたら変装なり幻覚なりで侵入されそうなものだが。


「あ?ボケてんのかてめえ」


「認知症にはまだ早いかな」


「じゃあ若年性アルツハイマーだな」


「それもまだ早いかな」


「そうかそうか、じゃあただ単に頭がイカれてるだけだな」


「どうしよう否定しづらい」


「あんな奴と絡んでっからだろ」


「どっちの事?夕卜くん?それとも空鳴?」


「頭が可笑しい方」


⋯⋯多分空鳴だな、いつもヘラヘラ笑っているし。


「で、これからどうするつもりだ?」


「そうだね、まぁ夕卜くんが探してた願望装置ってやつを探すのが一先ずの目標になるかな。空鳴が気になってるみたいだからね」


「そうかそうか、頑張れよ」


「ありがとう。それで一つ頼みがあるんだけど、


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯へぇ?」


僕が脅すように言うと、万くんはギザギザの歯をギラつかせながら不敵に笑った。

ぞわりと、背中全体に冷えた金属を押し付けられたような感覚を味わう。

まるで虎の尾を踏んで蛇に睨まれた蛙の気分だ。


「おいおいどうしたんだよ反則使い、その物言いはまるで脅しているみたいに聞こえるなぁ?」


「へぇ、物わかりが良くて助かるよ」


「⋯⋯⋯風紀委員会に対するメリットはあるのか?」


「かもね、あぁでも断ったら――――」


――――


「それも決して少なくないデメリットがね」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯何をするつもりだ、てめえ」



住居の破壊、機密情報の漏洩、銀行等の強盗、人攫い、賄賂、強請。

思い浮かぶあらゆる違法行為を行って風紀委員会の権威を地に落とす。


「あぁ、旧校舎の開放とかもするかもね」


旧校舎。

この界冗学園の下層よりも遥かに下に位置する最下層、海中の部分に存在している関係者以外立入禁止の区域。

そこは犯罪行為の中でもを投獄している、実質的な終身刑のみの刑務所。

というよりも、

妖怪変化に百鬼夜行、魑魅魍魎が跳梁跋扈する地獄よりも地獄的な現実。

旧校舎保全管理人という組織がいるとはいえ、この界冗学園が薄氷の上に成り立っているということを理解させられる一種の災害達。


「そんな奴らを開放したら、どうなるんだろうね?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


長い永い逡巡の後に、彼はえづく様に言葉を吐き出した。


「⋯⋯人員配置以外の情報の開示と捜査の協力、それでいいか?」


「うん、ありがとう。仲良し小好しの協力は嫌いじゃないしさ」


「てめえ脅しておいて協力とは出来た頭してんな?」


「あははありがとう」


皮肉は素直に受け止める、意味がわからない皮肉は意味を持たない。


「じゃあ僕はこれで、今度は菓子折りでも持ってくるよ」


「ははは二度と来んな」


「あははまた来るね」


「来んなぁ!書類仕事の邪魔するんじゃねぇ!」


僕はその怒鳴りと共に部屋をあとにした。


――――――――――――――――――――

あとがき

文字数ってどれくらいがいいんですかね、多ければ多いほど良い気がしますけれど。

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