舞台上に現れるトリックスター
何処へ向かうかすらわからないまま揺れるハイエース、窓から見える都市の景色が流れる中、僕は空鳴に質問する。
「それでどう?見つかったの?その、
「それがぜーんぜん見つからないんだよねー、沢山のドローンを使って探しても最終的に情報が集まる場所は私の脳内だからさ。いくら私とはいえ処理能力には限界があるんだよ」
まぁ他に原因があるかもだけどさ、と空鳴は残念そうにため息をついた。
よくもまぁ数千数万もあるドローンの映像記録を頭に垂れ流しながらため息をつけるものである。
マトモな人間ならば発狂する程の情報量だと思うが、如何せんこいつはマトモではない。
稀代の気狂いである。
「失礼だなぁ君!?そこは素直に天才とか秀才とか美少女とかあるだろう!?」
「自惚れるな、せっかく褒めているんだから諸手を上げて歓喜しな」
僕のような人間が人を褒めるだなんて、それこそ金を積まれない限りほとんどない。
高くて固い絆で結ばれていないと言わないくらいの言葉だ。
そんな所で、僕と空鳴が言い争いという名のじゃれ合いを始めようとしたところで、浩一郎さんが話を戻してくれた。
「どうしますか?もしかしたら普通は見つからない場所にいるかも知れません」
「⋯⋯仕方ない、やっぱ裏区に行くべきかな。浩一郎、頼んだよ」
「了解しました」
ぐい、とハンドルを傾ける浩一郎さん。
いきなりなので多少身体が傾くが、それよりも僕は空鳴が発した『裏区』という単語に首を傾げた。
字面の意味通りだとしても、どうせろくでもない意味を持つ単語なのだろう。
「実に察しがいいねぇ君も、まぁそこら辺の説明は浩一郎よっろしくー」
隣に座った空鳴はそう言って、運転席に座った浩一郎さんの肩をぽんと叩いた。
頼まれた浩一郎さんは淡々と説明をしてくれた。
「裏区とは非公認部活の縄張りの総称、ヤクザやマフィアで言うシマですかね。まぁ非公認部活間での抗争が頻発するので危険極まりないところですよ」
「歌舞伎町みたいな感じですかね?」
「いえ、どちらかと言えばアメリカのテキサスかと」
思っていた数倍、いや数段ヤバい返答が帰ってきた。
ものの例えとしてテキサス州が提案されるとは、銃弾でも飛び交っているのだろうか。
「まぁ基本的に理由無く入るような場所ではないですね」
「⋯⋯でもこれから行くんですよね?」
「公認部活になるのに一番近そうな道でしたので」
それはまぁ、そうなのだろうけど。
僕は諦めを混ぜたため息を一つ吐いてから、座席に体重を預けた。
これからどうなるのか、これから生きられるか、そればっかりを考えていた。
――――――――――――――――――――
先程まで見ていた繁栄した都市とは打って変わって。
転がる空き缶とスプレー缶の死骸、建物の壁に描かれる縄張りを主張する芸術作品の数々。
見ただけで治安が悪いと感じれるような景色になってきた。
路肩に車を止めて僕と空鳴は降りたが、浩一郎さんは運転席に乗りっぱなしだった。
「⋯⋯どうしたんですか?」
「これ以上先は車で行かないほうがよろしいかと、騒音などで感づかれたら色々と面倒ですし、それにこの車を盗まれるのも問題かと」
「それもそうだね、それじゃあ車の護衛は任せたよ」
「お任せあれ、それとこちらを」
そう言って浩一郎さんは僕に、あるものを手渡した。
それは鋼色をした握りやすい円柱の物体であり、握る部分にはグリップテープが貼られた一部の人は日常的に見るであろう道具。
俗に言う、金属バットである。
「⋯⋯⋯まぁ、はい、どうも」
「いざとなったらそれで自衛を、連絡をしてくだされば車を回しますのでよろしくお願いします」
まさか顧問からこのようなものを渡されるとは思っていなかった。
しかしまぁ慣れ始めている僕がいるのも事実、諦めともいうのだろうけれど。
僕は浩一郎さんに軽くお辞儀をしてから、空鳴がウズウズと楽しそうに待っている路地裏に向かった。
路地裏ということもあり、建物の間の道は酷く薄暗くジメジメとしている。
思えばもうすぐ夏なので蒸し暑いのは納得できる。
そんな空気の中、空鳴が僕に質問をしてきた。
その内容はこの学園でしか聞かないようなものだったけれど。
「そういえば
「え、ないけど」
「⋯⋯嘘でしょ?」
「いや逆に学校に行くっていうのに武器持って来る方がおかしいでしょ」
そんなことをするのはカチコミを仕掛けに行く不良生徒くらいだろう。
それこそ、この学園の生徒みたいな。
「まぁそれはそうだけどさ⋯⋯よくもまぁなにも武器を持たないで生活できるね、私みたいな能力持ちなら話は別だけど」
「あるわけないだろう、そんな奇妙奇天烈摩訶不思議極まる能力だなんて」
こちとら一般的男子高校生、あるのは健康的な肉体くらいだ。
「一般的男子高校生はこんな学園に来るわけないじゃん?」
「君よりかは一般的だと思う」
「そりゃそうじゃん、私を超えるような異常な子供なんてなかなかお目にかかれないぜ?」
「へぇ、それは幸運な出会いをしたもんだね、僕は」
「私はあまりにも物珍し過ぎるが故に動物園に展示されるほどに珍しいからね」
「人間扱いされてないじゃないか」
「具体的にはパンダと同じくらいに珍しい」
自らをパンダのような愛くるしさを持っていると思っているのかこいつ。
傲岸不遜ここに極まれり、といったところだ。
「⋯⋯あとそのジョークはあまりにもブラック過ぎる、人間動物園とか一部の歴史好きにしか伝わらないだろう」
「まぁ、ああいう見世物小屋でしか生きられない人間もいるから、一概に全てが悪いとは言えないけどね」
そうなのだろうか。
僕にはどうあがいても醜悪にしか見えない。
そもそも、人間が綺麗なものとは到底思えない。
「ひねくれているね、人間は好かないのかな?」
「少なくとも好きではないよ」
人間も。
人生も。
いつかは終着点に到着してしまうというのに価値があるのだろうか。
意味や価値があるというのならば、もっと人生に向き合えるのかもしれないけれど。
「あっは、ずいぶんと面倒臭い考え方だね。いや多感な頃の思春期だからこそかな?でもね、その問いに対して正しい答えを返せるのは誰一人としていないんだ、哲学者だって一生をかけて悩み続けるような問題だぜ?私達みたいな人生の半分すら生きていない子供がわかるわけ無いじゃん」
「⋯⋯それはそうなんだけども、身も蓋もない事を言うね。この考えが意味がないっていうのかい?」
「そう、まさしくそうだよ、
どうせなら楽しく踊ってみたいものだよね、と空鳴は歯を見せて笑った。
「――――わかるわかる、俺ちゃんも楽しいことだけしてたいぜぇ?」
「っ―――――」
突然に、そして唐突に。
見知らぬ声が頭上から聞こえた。
声の主は予想通り頭上にいたが、壁を歩くように足場にしていた。
どう見たって物理法則の一つである重力を無視した姿だ。
学ランの前を全開にしており、靴はクロックスという不釣り合いな人物。
黒い斜線と黄色が縞模様になったテープ、キープアウトのテープを至るところに巻き付けた奇人だった。
少なくとも、変わっている人間だと断言できる人物だと、はっきりと事実を吹聴可能なほどに。
「探している標的が逃げているとでも思ったか?風紀委員会から指名手配してるから逃げているとでも思ったか?探しているから、探されてないとでも思ったか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「ぎゃは、ぎゃはははははははははははははははははははは!」
豪快に笑って、爽快なほどに笑って、愉快だと言わんばかりに笑った。
「―――――俺ちゃんにそんなセオリーは通用しねぇよ、バァカ」
予想通りの奇人だった。
というか変人だった。
空鳴も流石にこの状況には驚いているらしい、僕は戸惑いながらも自己紹介してもらうことにした。
「⋯⋯あ⋯ええと⋯⋯君の名前を教えてくれる⋯と⋯⋯嬉しいんだけど⋯⋯」
「名前を聞かれたからって、名乗るとでも思っているのかい!?だが自己紹介しろって言われたら名乗っちまうんだなぁこれがぁ!」
頭上にいた彼はくるりと心身を翻して、僕たちの前に着地した。
それはもう見事なヒーロー着地だ。
「規則違反は甘露、破ることこそ使命!故にこそルール違反は蜜の味!」
吼えるように叫んだその口上は、裏区を揺るがすと思うほどだった。
「俺ちゃんは
――――――――――――――――――――
あとがき
前の半分くらいにしようと思いましたけどちょっとオーバーしちゃいました。
2500くらいにしようとしたんですが、ままならないものですね。
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