爆発音はモーニングコール

外々 夕卜そとがい ゆうぼく、またの名を例外処理ゲームクラッシャー

現状判明している能力はルールの無視、ですね」


浩一郎さんが淡々と、抑揚のない落ち着いた声で説明をしてくれる。


「彼の罪状は単純に校則違反や脱走です、まぁ殆どが立ち入り禁止区域の不法侵入ですね」


「⋯⋯不法侵入で、あんなにおっかない風紀委員会に追っかけられるんですか?」


たしかに不法侵入は犯罪だ、紛うことなき、誤魔化しようがない犯罪だ。

さが、不法侵入如きとまでは言わないが、それくらいで捕まるなんてあるのだろうか?


「いえ、彼の場合はまた別の問題がありまして」


「あはは、よくもここまでやったもんだよね―」


「――――584、それが外々さんの不法侵入と脱走の回数です」


⋯⋯逆にどうやったらそこまで出来るのか好奇心が湧いてきた。

もしも仮に出会ったら聞いてみよう。

犯罪の積み重ね方など、人生の参考にはならないかもしれないけれど。



―――というのが、つい先程までの話である。



「どうしたもんかなぁ⋯⋯」


僕は今、この孤島学園に張り巡らされた駅の一つ、「八洲之宮」の近くにある『八洲公園』なる公園で途方に暮れていた。

ベンチに座って空を見上げるばかりである。

本日は晴天なり、曇りなど欠片も見えない。


「あはは、人探しだなんて初めてだからねー楽しくって仕方ないや!」


僕の座ったベンチの前で楽しそうに両手を広げ、クルクルと回る空鳴がそう言う。


会議室での解説の後は実に単純なもので「では一旦別行動ということで」ということだった。

一応浩一郎さんも僕の身を案じてくれたのか、空鳴を護衛に付けてくれた。


⋯⋯遠回しにこのトラブルメーカーの手綱を握れと言われているような気がする。


「⋯⋯ところで、どうやって見つけるの?まさか探偵みたいに張り紙をするだなんてしないよね?」


もしもそうだとしたら僕は帰る、まぁ帰ると言っても現状寮すらないのだが。

僕がそう質問すると、彼女は彼女自身の頭上を指さした。


「あぁそこら辺は任せてよ、私達にはがあるからさっ」


「⋯⋯怪奇日食クロスオーバー?」


「正っ解!明確にはこの黒い円盤の方はと呼んでるんだけどね」


そう言うと空鳴は自身の黒い円盤を両手で掴んで、雑巾絞りのようにねじり始めた。

すると不思議なことに、明らかに体積以上の怪奇日食クロスオーバーが湧いて出てくる。

無限に滴り落ちているのとはまた別の違和感がある光景だ。


「定期的にこうしないといざというときに詰まっちゃうんだよねー」


「なんだか乳搾りみたいだね」


「ちょっと男子ー乳搾りだなんてやらしー」


「やらしいのはお前の頭だこの脳内思春期が」


「思春期だからねっ!」


「そういえばそうだったね」


妙に小気味良いやり取り、意外と楽しいものである。


「それでこれをどうするつもりなんだい?もしかして津波のように溢れ返させるつもりなのかい?」


「あははっ、そんなことをしたら怒られちゃうだろう?」


「今世紀最大お前が言うな大賞おめでとう」


「どうもありがとう!」


「皮肉だよ」


僕が呆れ混じりでそう突き放したところで、どうやら下準備が終わったらしい。

空鳴はこちらにくるりと振り向いてから、人差し指を立てて楽しそうに笑った。


「さてクイズです!私の能力は一体何なんでしょーかっ!?」


「⋯能力って言われても、僕まだ使ってるの一回しか見たことないんだけど」


「さーて?一体どんな能力なんでしょうかねぇー?」


「⋯⋯⋯⋯特殊物質の生成と操作」


「ぶっぶー!!ちっがいまぁーす!!!」


⋯⋯辛うじて、拳を握り込めるだけですんだ。

空鳴の顔面に握り拳をシュートしなかった僕を褒めてほしい。

できることなら賛美歌と拍手喝采を。


「⋯⋯じゃあ答えの方をどうぞ」


「あは、私の怪奇日食クロスオーバーってのはね、特殊物質の変形操作じゃなくてなんだよ。まぁこの2つはあくまでも基本だけどねー」


「なんかハッカーみたいだね、それも違法の」


「まぁ膨大なデータの侵食とかは苦手なんだけどね、データ量=侵食の必要時間だからさ」


「へぇ、それで?」


「まぁそう急かないでよ、せっかちな男は嫌われちゃうぜ?」


「⋯⋯分かった分かった、そこまでもったいぶりたいのならばもったいぶらせてやる」


「えへ、ありがと」


そう言って笑う空鳴の表情は、心の底からその能力を楽しんでいる顔だった。

高校生にしてはずいぶんと素直な性格だ、いや、僕が単純にひねくれているだけかもしれないのだけど。


「さて、さっき膨大なデータの侵食は苦手といったけど、逆に言えば簡単なものなら大得意って訳だ。こんな感じにねっ!」


そして空鳴はバッと人差し指を立てた片腕を天に上げた。

その行為と共に黒い影が僕ら二人を覆い、僕は反射的に空を見上げて影の正体を認識し、そして驚愕した。

雲一つない青空を覆い尽くさんとばかりに、まるで一つの意思を持っているかのように、巨大な黒い雲のようなものであったのだ。


「⋯⋯あれは?」


「この八洲公園のちょうど真下には創り手の杜のがあってねー!数千数万の機体全てを侵食した!しかも最高速度は時速200kmまで可能!さらに創り手の杜製だからなぜか銃撃機能付き!」


「創り手の杜ヤバくない?」


「まぁクリエイターってそういうもんじゃないのー?」


「その発言炎上しそうだなぁ⋯⋯」


それはともかくとして、と空鳴は仕切り直した。


「あのドローンの群体があればすぐに見つけられると思うよ、なにしろ数千数万だぜ?この学園全てを同時に観測する事はできないけど時間があれば平気だよ」


「逆に数千数万あってもこの学園都市全てを把握しきれないんだ、いやそれほどまでに広いってことか」


「まぁなにしろ横も広ければ縦も広いからね、まるで九龍城砦だぜ、秩序あるスラムってとこも同じだしさ?」


おそらくだが、そうなのだろう。

僕はこの学園都市に来てから一日も経っていない。

だからこの界冗学園がどういう場所なのかはわからないが、少なくとも空鳴のその発言でろくでもない場所ということが理解できた。

それで十分である。


そんな思考を巡らせ、そんな事を考えていた時あった。


「―――!」


「うわわ、派手だねー」


僕らの後方で爆発音が聞こえ、黙々と上がる炎も認識できた。

その光景を見て何があったのかはわからないが、爆発が起きたということだけが分かった。


そんな粉塵と黒煙が舞う景色の中、こちらに向かってくる影が見えた。


「⋯⋯なんか向かってきてない?」


「いやはや、ずいぶんと仕事が早いね」


僕の質問を無視し、空鳴はこちらに向かって来る存在を見つめる。

近づいたところでやっとこさ確信できたが、その存在は車だった。

ハイエースだった。


やがてエンジンが聞こえるほどに近づいて、近づきに近づいて、そして最後には僕ら二人の眼の前で停まった。

完璧で惚れ惚れするほどに綺麗なドリフトであった。


「申し訳ございません、少々手間取りました」


中から聞こえたのは聞き覚えのあるこえ、浩一郎さんである。


「さぁ早く乗って虚言廻しチェーンメール、これから忙しくなりそうだからねー」


そう言われ手を引かれたので思わず乗り込んでしまった。

流れるように安全のためシートベルトを着用してしまう、今僕は何が起きているのか全くわかっていないのに。


結果として、シートベルトをすぐに着用したのは正解だった。

僕がシートベルトを着用したのを確認した後(空鳴はしていなかった)すぐにアクセルを踏んだからだ。


「一応聞きますけど、何をしたんですかね⋯⋯浩一郎さん⋯⋯?」


「孔空さんに車が必要と言われまして、そのため車を買いに行ったら一悶着ありましてね。後ろを見ればわかるかと」


そう言われたら好奇心が刺激されるというのが人の業。僕はドアの窓ガラスから顔を出して後ろを確認した。


「オラオラオラオラ!!!たったこれっぽっちの金でその車買えると思うんじゃねぇよぉ!」


「逃がすなぁ!絶対に逃がすなぁ!」


「ヒャッハー!金目のモン置いていきな!」


⋯⋯モヒカンとまでは言わないが、中々に世紀末思想な生徒が鬼の形相でこの車を追ってきていた。


「あはは、まぁ非認可部活なんて大半がこんなもんだよ」


なんてところに車を買いに行ってるんだ、というツッコミはしない、もはやこの二人にその言葉は不必要だ。

必要なのは言葉ではなく暴力かもしれない。


「で、どうする?あれ多分ずっと追ってくるよ?」


「あぁそれならこちらを、たまたまこの車に乗せてあった代物ですが」


それは創り手の杜のロゴマークが印刷され、4つの丸が固まった直方体のロケットランチャーである。

見るからに他者を害する意思を形にしたものであり、見るからに兵器として作られた一品だ。

⋯⋯日本だよな?この学園都市。


「せっかくだ、どでかい花火を一つ頼むぜ」


そう言って改造され天井に付けられた天窓を開ける空鳴。

ええい、もうこうなったら乗りかかった船だ。

せいぜい沈没しないことを祈るしかないだろう。


「⋯⋯仕方あるまい」


だが何をどうすればいいのかわからない、残念ながら一般的高校生の僕にはロケットランチャーの構造など微塵も知識がない。というかそれが普通である。

そうしてあちこちベタベタと触っているとある文字列と、はらりと一枚の紙が落ちた。


『説明書を読んでください』


なるほど戦場初心者に実に優しいチュートリアルだ、これを作った人はさぞ優しいのだろう。

ということで、はらりと落ちた一枚の紙を見ることにする。


『其の壱、まず肩に担いで照準を合わせます』


『其の弐、引き金を引いて撃ちます』


『其の参、相手は死ぬ』


⋯⋯⋯⋯なるほど、実にシンプルでわかりやすい説明書である。

僕は天窓から身を乗り出して、ロケットランチャーを構え、照準を合わせてから引き金を引いた。


撃った途端に感じる反動、発射される四発の弾丸。

弾丸は弧を描くことなく、横にそれることなく、さながら生きているように的確に空を舞いながら―――


―――見事、追ってきた世紀末思想の生徒たちを吹き飛ばした


「お見事です、虚言廻しさん」


「ひゅう!最高だよ虚言廻しチェーンメール!どこで使い方を習ったの?」


「⋯⋯説明書を読んだんだよ」


―――これでいいのか、この学園。


――――――――――――――――――――

あとがき

ロケットランチャーのくだりは元ネタがあったりします。

???「説明書を読んだのよ」

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