最初の一手は
「―――特別顧問
唐突に現れて、突然として自己紹介を始めた男性の名前は
僕が状況を飲み込めず呆然としていると、淡々と浩一郎さんは話し始めた。
「万さん、どうかここは引いてくれるとありがたいのですが」
「そうは言うがなぁ浩一郎サンよぉ、如何せん仕事なもんでなぁこれは。はいそうですかって感じで頷くわけにはいかねぇんだよ」
「⋯⋯まぁ、そうでしょうね」
浩一郎さんは少し間を開けてから懐に手を入れ、一枚の手紙を取り出した。その手紙を万に手渡す。
先程まであんなに暴れていた人物に、よくまぁ簡単に近づけるものである。その胆力は大人だからなのだろうか。それとも生来の性格なのだろうか。
その手紙を受け取ったが読むことなく、手にした十字架を椅子代わりにして万くんは質問した。
「それで?要件は?」
「端的に言いましょう、風紀委員会の仕事を手伝うので見逃してください」
平然とした態度で浩一郎さんは命乞いをした。
命乞いというにはあまりにも堂々たる姿ではあったが、そのふざけた命乞いは効果あったらい。
現に万くんが不服ながら納得した顔をしている。
「⋯⋯まぁ上がそれを通したってんなら俺はそれに従うしかねぇけどよ」
そう言うと、万くんは僕と視線を合わせた。
一体何を言われるのかと思い首を傾げる。
「転校生、てめえはコイツラの仲間じゃねぇのになんでそこまで首を突っ込むんだよ」
言われてみれば確かにそうだ、僕は改めて気付かされた。
ノリと勢いでここまでしてきたが、少し考えれば僕がここまでやる道理がない。
いくら僕といえどそこまでのお人好しでもないし、そういうキャラでもない。
僕がこの場から全身全霊の逃走をしようとしていたら、浩一郎さんが説明をしてくれた。
「あぁ、彼については私から別件があります。そのために孔空さんと捜索依頼をしましたので」
「ふふ、そうだよ、まぁこんな早く見つかるとは思っていなかったけどねー」
先程まで激闘を繰り広げていたというのに、空鳴はあっけらかんと肩を竦めた。
しかしこちらとしては特に用事は無いのだけれど、一体何を言われるのだろうか。
説教じゃないといいのだけれど。
一方、風紀委員会はすでに撤収の準備をしていた。来るのもいきなりなら帰るのもいきなりである。
まぁ統率が取れているということで褒められるべき特徴ではあるのだろう。
「てめえら、撤収するぞ」
「えぇ!?本気ですか委員長!?」
「まぁでも上からの命令じゃなぁ⋯⋯仕方ねぇよなぁ⋯⋯」
「規則違反者死すべし慈悲はない!!!」
「撤収するっつってんだろ、あと殺すな」
⋯⋯風紀委員会とは思えないくらい殺意高い人物がいるな。
思えばかなりの個性派な人が多いけれど、ずいぶんと仲の良い集団ではあった。羨ましいものである。
「では、ご案内します」
その後、僕は浩一郎さんが案内通りに足を動かすことにした。
現状では何かを知っていそうなのが浩一郎さんくらいだから仕方ない。
――――――――――――――――――――
「まず最初に、転校生のため詳細な説明などを疎かにしていたことを詫びます」
そう言って浩一郎さんは頭を僕に下げた。
先程の激しい戦闘から打って変わって、僕たちは静かな会議室にいた。
手元には浩一郎さんが配った資料らしき紙、ホワイトボードにはこれから解説されるであろう題目が書かれている。
「では改めて、私の名前は
「あぁ、ご丁寧にありがとうございます」
本当に丁寧な人である、推測だがこの場の準備も彼がしたのだろう。
そうだと言い切れるほどにこの場は整理整頓が行き届いているのだから。
そんな中、この静寂を裂くようにある人物が口を開いた。
「ねぇアイスないのー?」
「こちらに用意しています、貴方もお一つどうぞ」
「わーい」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「はて、もしかしてお一つではなくもう一つ欲しかったですかね?」
「⋯⋯⋯あぁいえ、そういうのではなく」
―――なぜ空鳴はこの場にいるのだろうか、しかもアイスをねだっている始末。いいんですか浩一郎さん、こいつ放置しても。
「まぁ、孔空さんにもさんにも関係のある話があるのでちょうどいいです。むしろどこかにいかれる方が面倒なので、貴方にはご迷惑かもしれませんが」
「あぁ、はい、気にしないので大丈夫です」
「ではこの界冗学園について説明を始めますが、まずどれくらい知っているかをお教えください。そちらのほうがやりやすいのでお願いします」
まず僕が知っていることは異常な生徒の対処を専門にしているということ。
そして風紀委員会のようになにかしらの陣営があり、尚且つ武力を持っているということ。
最後に、これはあくまで推測だが異能力らしきものを使える人間もいるということ。
僕が知っている限りの知識と推測を言うと、浩一郎さんはパチパチと軽く拍手と共に称賛の言葉を送ってくれた。
「概ね正解です、慧眼ですね」
「それはどうも」
称賛は素直に受け取る。
嬉しいものは嬉しいのだから謙遜する必要はない。
僕が少しの照れ臭さとむず痒さを覚えていると、隣で三つ目のアイスを取り出そうとしている空鳴が割り込んできた
「ふふ、この界冗学園はああいうのしかいなくてね、中には最強ランキングとかそういうのすらあるんだぜ?最っ高でしょ?」
『ああいうの』とは十字架を武器にしていた万くんのような生徒のことだろうか。
つまりこの学園には往年の異能力バトルみたいな学生しかいないということか?
「正解!そんな問題児中の問題児だから島流しにされたとも言えるかもねー?」
「まぁ逆のパターンもありますけれどね」
それはさておき、と少し間を開けてから話し出す。
どうやら話題が切り替わるらしい。
「先程話した通り、この学園には普通の生徒というのはいません。当然普通ではない生徒は何をしでかすのかは分かりません、予測できませんし推測すらできません。」
「⋯⋯つまり教師とかの大人も異能力を持っている場合があると?」
「正解です、話が早くて助かります」
思わず僕は目を覆った。
うわ、すっごい帰りたくなってきた。
今からでも転学届とか退学届けを出せないかな、ダメかな。
「先に言っとくけどここの学園退学とか転校とかの制度はないよ」
「なんだいそれは、囚人みたいな扱いだね」
「概ねそのとおりです、実際に過去に犯罪を起こした生徒もいるのでご注意を」
「今の言葉で更に帰りたくなったよ」
「残念ここは絶海だ」
「僕は今後悔に駆られているよ」
「大後悔時代って感じだね」
「ははは洒落臭い」
僕はアイスが入っている箱に手を突っ込んで2つのアイスを取り出し、片方は空鳴の口に突っ込んだ。
そして包装を破りながら浩一郎さんの話を聞くことにした、いくら流される事が多い僕とはいえこのような異常事態じゃふざけないとやってられない。
「さて、ではこちらが本題になります」
浩一郎さんはそう言うと、一つの紙を取り出した。
見るとそれは『公認部活所属申請書』と大きく書かれており、部活名と活動が簡素に書かれている。
清掃業者として働く『排他的廃棄物処理場』
先ほど遭遇した『風紀委員会』
記録の保管を目的とする『図書館』
陣営同士の争いを収める『組織間戦争調停部』
怪我人と病人の治療をする『医務室』
個人主義の運び屋集団『運転席』
住居などの建築を行う『公共施設整備科』
唯一旧校舎の管理が許可される『旧校舎保全管理人』
類稀なるクリエイター達『創り手の杜』
名前以外が一切不明な『神秘的秘密主義』
その他数々の部活が書かれていた。
おそらくだが、この全ての部活は一般的な部活とは言えないのだろう。
治安維持を目的とする風紀委員会ですらあれだったのだ、異常な学園に住んでいる生徒もまた、当然として異常と言える。
さてどれにしようか、はてどの部活に入ろうかと考えていたところ、その考えは浩一郎さんの発言で無駄になった。
「虚言廻しさん、貴方には孔空さんの作成する部活に所属することを勧めます」
「⋯⋯理由は?」
僕が訝しげにそういうと、浩一郎さんは人差し指と中指を立てて話し始めた。
「まず1つ目の理由ですが、風紀委員会に楯突いたような真似をしたので非公認部活、違法と非合法を生業にしている部活に目をつけられる可能性があります」
「マフィアやヤクザみたいなもんですかね?」
「本物もいますので概ねそのとおりです」
それは、どうなんだ⋯⋯?
仮にも学び舎にマフィアなどのアウトローがいるのはいかがなものか、今はそうではないが教職は聖職と言われていた時代もあったはずだ。
そんな領域に裏社会の人間をいれていいのだろうか、いや良くない。
「そして2つ目ですが、これは単純に私個人のお願いでして」
「はぁ」
「まず、この学園の実質上の行政機関である『学園統治機関』からの部活動公認条件は3名の部員と1名の顧問により認可されます。しかし空鳴さんの作成する部活は現状は部員が彼女1名だけです」
「つまり僕を数合わせにすると?」
「少々悪い言い方をすればそうなりますが、少なくとも貴方の身柄は保証されます」
「⋯⋯⋯⋯」
「先に言っておきますが、別に部活の活動をしなくても良いと思います。活動内容が活動内容ですので」
ふむ、それは一体どういうことだろうか。
もしかして戦闘や荒事がメインになるのだろうか。
そうだとしたら、あのような超常現象を起こす生徒と事を構えるなど九分九厘死ぬ。
相手によっては話が通じるかもしれないが、それでも直接戦闘になったらどうしようもない。
「まぁ無いとは言いませんが、そこら辺の内容は孔空さんからお願いします」
そう言われて空鳴と顔を合わせると、すでに四本目のアイスを食べていたところだった。
一体どれだけ食べるつもりなのだろうか、流石にそこまで食べたら腹を下してしまわないのか、と色々思ったが、どうせ自業自得なのですぐに考えるのを辞めた。
「名前とかは決まってないんだけどねー、活動内容は一応決まってはいるけど」
そこまで言うと空鳴は、すくっと立ち上がって、大げさな身振り手振りで話し始めた。
その姿はさながら政治家の演説である。
「風紀委員会や調停部ですら解決できないような事件を、非合法な手段を使ってでも解決する超法規的機関。それが私の部活だよ」
「⋯⋯つまり社会を歪みなく回すための走狗になると?」
「こんな異常者の巣窟に社会なんてあるもんか、それにこの学園は歪みきっているからね、私達みたいな歪みを治す奴らが必要なのさ」
「歪み、ねぇ」
「君も、どうせどこかが歪んでいるんだろう?
「⋯⋯心当たりがないと言えば、それは嘘になるけどさ」
「でしょー?」
まぁ、この学園は歪んでいるとは思う。
どこもかしこも歪で、歪んでいて、歪んでいる。
臭いものに蓋をするように、社会に適合できずに受け入れられなかった子供達が孤島に押し集められて生きている。
息をしようとも息苦しさを感じているのだろう。
ならばその息苦しさをかき消して、みんなを生きやすくするのも一興と言える。
救われるものが歪んでいるならば、救う方もまた歪んでいる。
割れ蓋に綴じ蓋だ。
人を救えるほどの高尚な人間でもないけれど、それを理由に救わないのはまた話が違う。
「⋯⋯まぁ別に部活に入るのはいいよ、困っている人を放置するほどの人でなしのろくでなしじゃないしさ」
「そいつは殊勝なことで」
「でも頭領は君に任せるからね、リーダーとか僕の柄じゃないし」
「もっちろん!黒幕とかフィクサーとか、そういうのやりたかったんだよねー!」
「黒幕だと敵にならない?」
「でも素敵でしょ?」
「そのような不敵な笑みを浮かべられてもねぇ」
それはさておき
僕は椅子から立ち上がって、浩一郎さんと空鳴に問う。
その質問はこの部活を設立させるためのものであり、僕の身を守るための質問だ。
「本格的に部活をするにはあと一人が必要だけど、そっちの工面はどうするんだい?必要だって話なら助力させてもらうけどさ」
「そちらについては私から、風紀委員会との交渉を事前に済ましていたのでご安心を」
そうして取り出される一枚の用紙、なにやら風紀委員会公認のハンコが押された正式な書類である。
「これよりこの部活は、風紀委員会の依頼を受けます。報酬は部員の追加です」
「へーえ?内容は?」
再度、懐から紙が取り出される。今度は顔写真付きだから履歴書みたいな印象を受ける紙だ。
⋯⋯というか一体どれだけの準備をしているのだろうか、その紙は懐から取り出したがどれだけ入っているのだろうか。
そんな僕の疑問をお構いなしに、浩一郎さんは語り始めた
「特定監視対象生徒、
後にこの部活、
――――――――――――――――――――
あとがき
主人公が数ある呼び名の中で
「かっこいいから」
とのことです。
思春期ですからね。仕方ありません。
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