風紀と怪奇の一触即発

先程の自己紹介を経て、僕と孔空 空鳴あなぞら からなりは、なんというかその、仲良しになった。


巨大な十字架を背負った異質な風紀委員長ともう一度遭遇しないように、一番最初に出会った病院の受付から移動している道中会話が始まったからである。

その話の内容は特に大げさなものではなくて、流行っているマンガのキャラクターとか、年相応の子供じみた話題だ。


「で、結局この学園はどういう場所なの?」


僕がようやく本当に知りたい事を尋ねると、少し間をおいてから返答が返ってくる。


「えーっとね、ここが問題児専用の学園、明確には学園都市ってことは知ってるかい?」


「⋯⋯ふうん、もちろん知っているさ」


学園都市というところは知らなかったが僕は誤魔化した。

見栄を張ったとも言う。


「でも問題児専用の学園なんてどこにでもあると思うけど、この学園都市のなにがおかしい、もしくは異常だって言うんだい?」


まぁ孤島にある学園に島流しされる時点で色々とおかしいし、十分異常だとは思う。

是非ともこの壮大な学園を作った責任者を出してほしい。

僕が会ったこともない学園創設者を脳内で殴り飛ばしていると、空鳴は少し悩んでから近くの窓に駆け寄ってどこかに手を振った。


「話すより見せたほうが早いかな、ほら」


そう言われたので同じ窓に寄って、指先の景色を見た。

曲がりくねったパイプに、どこに繋がっているかのすら分からない渡り廊下、数え切れないほどの教室。

どれもこれも常識離れの景色である。

だがこの景色は外から見た城壁のようです牢獄のような外装である程度は予想していた、まぁ異常ではあるだろうけれど。




瞬間、微かに聞こえた風切り音が鼓膜を震わせた。




「――――っ!?」


最初に衝撃、次に感じたのは自身が壁に叩きつけられる感覚、粉塵しか映らない視界の端に紛れ込た巨大な何かによってこの爆発が引き起こされたと推測できた。


「―――――!―――――!!」


何者かが叫ぶ声が聞こえる。

それは怒りの怒号にも聞こえるし、漸く獲物を見つけれた狩人の歓喜にも聞こえた。

だがどちらにせよ、視界の端で確認できた大きな十字架で誰であるかは特定できる。


つい先刻、騙したばかりの風紀委員長である。


「やぁ万々歳 万ばんばんざい よろず、そんなに急いでどうしたんだい?」


「仕事でなぁ、てめえ追っかける必要があるんだわ」


粉塵が晴れてこの騒音にも耳が慣れたところで、相対する二人の姿が見える。

片や巨大な十字架を背負った風紀委員長、万々歳 万ばんばんざい よろず

片や正体不明目的不明の謎の美少女、孔空 空鳴。

実に奇妙な一枚絵である、おそらくこの学園だけでしか見れないだろう。


「そりゃ仕事熱心だね、そんなに真面目だと鬱病になるよ?」


「ははっ、その前に過労死するだろうな」


お互いに軽口を叩きあうが、空気感はかつてないほどに重くのしかかる。

追跡者は笑い逃亡者も嗤う。

一触即発、その言葉がピッタリだった。



先に動いたのはだった風紀委員長だった。

僕の想像通りに万々歳 万くんはその巨大な十字架を構えて、空鳴の頭を的確に叩き潰そうと振りかぶる。

それに対して空鳴はいつも通りの、嘲笑的な笑みを浮かべるだけだった。


砕ける地面と再び舞う粉塵、この体に感じる衝撃。

何もかもがめちゃくちゃで、この世の光景とは思えないほど常識外れな戦いである。

だが不思議と床は崩れて下の階層には落ちていなかった。


「君は実に馬鹿だな、一つ覚えが趣味なのかい?」


「馬鹿の一つ覚えはそっちもだろ、その真っ黒な怪奇日食クロスオーバーで受け流すことしかできねぇだろ?」


唐突に、粉塵がぶわりと晴れて二人の姿が見える。

そしてこの粉塵をいとも容易く散らした孔空の武器らしきものが見えた。


『それ』は黒よりも暗く、黒よりも昏い。

この世に存在するあらゆる黒を煮詰めて固めたような色。

風紀委員長が『怪奇日食クロスオーバー』と呼んだ物質は、光という光の反射を一切許さない物質だと直感的に理解した。


「ずいぶんと鍛えたね、努力の賜物かなぁ?」


「てめえみたいな犯罪者に褒められてもなぁ、ちっとも嬉しくねぇんだよぉ!」


見ればその『怪奇日食クロスオーバー』という名前のそれは、空鳴の頭上に浮かぶ真っ黒な円盤から滴り落ちており、彼女の顔を黒く染めている。見えるのはにたりと上がる広角だけである。


そしてその物質は、一撃でも食らったりしたり微かにでも触れたら死に直結する十字架を、鉄のように硬さで、刀のような鋭さで、鞭のようなしなやかさで全て捌いているのだ。

その形状や性質は、知識の片隅にある『ウルミ』というのが近い。


それはさておき、眼の前でこんな大喧嘩を見逃すわけにもいかないので仲裁しよう。仲良しこよしが一番だ。

僕は触れたら爆発しそうな空気感の二人の間に立つ。


「⋯⋯⋯⋯⋯おや?」


「⋯⋯⋯おいおい、どういう真似だぁ転校生?」


「強いて言うなら余計な真似かな、いくら僕といえど眼の前で喧嘩を放置できるほど傍若無人ではないからね」


「あのなぁ転校生、いい機会だから教えてやる。これは喧嘩じゃなくて補導や逮捕みてぇななしっかりと順序に則ったなんだぜ?」


「人を殺そうとしておいて正義とはずいぶんな事を言うね、風紀委員長」


「⋯⋯そいつが殺したくらいで死ぬわけ無いだろ」


待ってくれ、今とんでもない発言が聞こえた気がするが。


「ま、これ以上邪魔するつもりならてめえにも容赦はしないぞ?今の俺の仕事は孔空を追っかけることだからよ、命が惜しいなら下がるこった」


「女のケツ追っかけるのは楽しいかい?」


「その言い方やめろ!俺が追っかけてんのはケツじゃなくて孔空の首だ!」


「つまり首ったけという訳か」


「違ぇ!そうじゃねぇ!」


先程までの強キャラの雰囲気が一気に雲散霧消して、実に馴染みやすい年相応の焦りようである。


「はぁ⋯⋯いいからそこを退け、転校生」


「悪いけど無理かな」


「お人好しだな、もう一度言ってやろうか?」


「おいおい、何を勘違いしているんだい?風紀委員長」






「―――、そうだろう?」


相手がルール違反者に容赦しないのならば


嘘はついたが、その嘘は意味もない無意味で無意義で無意識で騙った嘘だ。それにあの状況だったら普通は少女の味方をするだろう。


それに騙し通せた嘘は嘘ではない、偽りとはいえ真実である。


「⋯⋯⋯わーお」


庇われている空鳴はわざとらしく驚き。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ」


万くんは苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。

それもそうだろう、あくまで推測だが何かしらの罪を犯している人間を目の前にして、何もできないというのは彼にとっては苦痛なのだろうから。

だからといってこの場から動く気は毛頭ない。一切ない。微塵もない。

するのは万くんと孔空の間にたって妨害するだけだが。


「いくら風紀委員長といえど、を罰することなんてしないよね?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯随分と小賢しい転校生な事だなぁ?」


「お生憎様、僕はそれくらいしかとりえがなくて」


昔なんて反則使いとも呼ばれていた。今となっては懐かしいあだ名である。


「あぁそうかい反則使い、なら残念な知らせがある」


「聞きたくないかな」


「それは―――」


「聞きたくないかなぁ!!!!!」


「うるせぇ!こんなやべぇ女を俺一人で捕まえに来るわけねぇだろ!」


その怒りの叫びと同時に四方八方から、真っ白な和装の制服を着た風紀委員が飛び出してくる。

その数は数十人を下らないだろう


鬼気迫る表情で迫ってくる多数の風紀委員に大して、僕の脳内は冷静だった。

さてどうしたものかと、少しなら時間が稼げるかもだがその間に風紀委員長の万くんに動かれては困ると、この状況で次の策を考えていた。


「御命頂戴いたす!」


「お縄について貰おうかぁ!?」


「死に晒せ!!!」


「おい待て殺すんじゃねぇ捕縛しろ捕縛」


数々の捕物道具、いわゆる刺股や袖搦といった江戸時代に扱われていたと言われる道具を振り回して孔空を捕まえようとしてくる。

思わず動こうと思ったけれど、ここから動けば風紀委員長の万が動くのは明らかだ。

いくら『怪奇日食クロスオーバー』があるとはいえこのような大人数を捌くのは些か無理があると思う。


「双方、どうか矛を収めてください!!!」


唐突に、そして突如として、大声が響いた。

その声はこの場にいる3人とその他大勢の誰のものでもなかった。

カツカツと革靴で歩く音が聞こえる。


「―――失礼、少々遅れました」


眼鏡とスーツを見事に着こなしている、正しく『』という言葉がぴったりな男性。

長身ではあるが痩せてはいない、むしろしっかりと筋肉がついてガッシリとした大男だ。

その話し方や見た目からは誠実な印象を受ける。


「⋯⋯久しぶりだなぁ浩一郎こういちろうサンよ」


「初めてお会いになる生徒もいるので、一応自己紹介をさせていただきますよ」


そう言って彼は、礼儀正しく、手を後ろに回してハキハキとした声で自己紹介を始めた。




「――――草食 浩一郎くさばみ こういちろう、どうぞよしなに」


――――――――――――――――――――

あとがき

かっちりしたスーツを着こなせる大人ってかっこいいですよね。

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