虚言廻しは名乗らない

藤主 久慈氏

島流しから始まる学園生活

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結局の所、人生というのは己が全て決められるものではない。



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界冗学園は、数年前開校した学校である。


「徹底した自由」

生徒達はのびのびと暮らすことができます。


「生徒達の自主性」

教師一同、生徒達の計画を邪魔することは一切ありません。


「あらゆる学び」

ここだけでしか学べない学問もあります。


この3つをモットーとしている実に平和に見える学校である。

もちろん全てが平穏とは行かない、あらゆる物事には二面性があり問題点を考えれば考えるほど生み出せるものである。

しかしそんなこじつけがましい問題点ではなく、これは歴然とした如実としてわかる問題だ。


界冗学園の数ある問題点の一つ、それは――――


「⋯⋯風が気持ちいいなぁ」


僕は無人で動く船に揺られながら大きく息を吸った。

潮風を浴びながら吸う空気は気持ち良い、都会の空気より断然に綺麗だ。

だが右を見ても左を見ても青色、上を見れば青空だ。空は綺麗なのに憂鬱な気分で下を見たくなる。

まぁ下も海で青色なのだが。


そう、界冗学園の数ある問題点の一つ。



端的に言えば、体の良い島流しである。


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さて、どうしてこうなったか説明しようと思う。


季節は5月、雨の香りがそれとなく感じれる梅雨前の時期である。

僕は界冗学園に転入しようと試験らしき受験をした。まぁ受験と言っても名前を書いて終わるものだったので学生特有の受験勉強はしていない。学生らしい事といえば受験勉強なのでもしかしたら僕は学生じゃないのかもしれない。


問題はその界冗学園が、だったということだ

だからまぁ、こうして船に一人で揺られている訳だが。

しかし問題児一人にここまでするとは思えない、さすがにこの通学路はおかしいんじゃないんだろうか。

しかも片道切符、ただでさえ思春期で多感な時期である子供を自殺させるつもりか?この学園。


「はぁ⋯」


青空を見ながらため息を一つ、そりゃため息も出るものだ。実質的に言えば島流しのようなものだし。

このまま青一色の景色を見続けるのもいいが、流石にそれは飽きが来る(今の季節は春だけど)。

なので僕は立ち上がって船の中を探索することにした。まぁ探索すると言っても漁船ほどの大きさだ、これがまだ豪華客船とかだったらマシかもしれない。

だがその場合でも世界一周はしないし行き先は問題しかない学園なのは変わりないけど。


「とりあえず、荷物の確認をするかな」


渡された手荷物はリュックが一つだけ、中身も1週間分の食料や酔い止め、学園のパンフレット。

一応僕が持ってきたスマホはあるがもちろん圏外だ、筆記道具やノートはあるが絵を描く趣味もある訳では無い。


そう思いながら運転室、まぁ運転室と言っても無人で動く船だからこれといった、操縦する機械はない。あるのはマップをタップして行き先を指定するための液晶だ。

おそらくだが、問題児一人にここまでするのだから今この機械を操作して元の港に戻るなどもできないだろう。

それに僕はハッキングなんてできない。

あれは宇宙人の仕事だと思っている。


「⋯⋯とりあえずパンフレットでも読んでみるか」


リュックから教科書ぐらいの分厚さがあるパンフレットを取り出す。

弾丸くらいなら防げそうだがここは銃刀法のある日本だ。

その機会はない、と思いたい。

フラグかもしれないが。


「まぁこんな島流しスタイルで登校させられているのに法律云々言うのは今更感はあるけどさぁ⋯」


少し愚痴を漏らしながら学校案内パンフレットを開く。

中身は「自由な学び」とか「多種多様な学問」とか、僕からしてみれば詐欺もいいところの誇大広告だらけだった。

この船上で何を学べというんだ、何が自由だ。自殺の自由はあるかもしれないが溺死は嫌だ。苦しんで死ぬのは勘弁してくれ。

こちとら生きてるだけで息苦しいってのに。

というか学びってあれか?サバイバル術か?

釣り竿もなければ糸もないけど。


「まったく⋯どうしろって⋯い⋯う⋯⋯」


どうにもならず外に出て青空を見ようとしたが、僕の予想に反して青空は見えなかった。

それは水平線に浮かぶなにかが気になってそちらの方角に視線を移したからだ。


自分にとって、建物というのは土地に建っているだと思っていたが、今回は違うらしい。

一口に学校といってもその種類は多種多様だ、デフォルメされている凸型の学園を見ることはあまりない。

少なくとも僕は見たことはない。


しかしあれを学園を呼ぶとするのならば凸型の学園も学園と呼べる。なぜなら僕が視線を移した校舎は嘘偽りなく、文字通り

連山のように、霊山のように。

厳かであり堅牢であり、巨大であった。


パイプが枝のように生え、時計台が大黒柱のように聳え立ち、ブロック状の建物がゲームのバグのようにめり込んでいる。

芸術的な九龍城砦みたいだ、建築基準法に向かって中指を立てながら建てられた建物とも言える。


「⋯⋯大層な芸術家が作ったもんだね」


僕は思わず皮肉を言い放つ。

誰にも聞かれない、特定の誰かに向かって話していない言葉だ。

その皮肉は静かな波に飲まれて消えた。

大自然はあらゆるものを飲み込み隠してくれる。

皮肉的な言葉も、憂鬱な気分も。


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「よいせっと」


自動で動く船はようやく界冗学園にたどり着き、さながら秘密基地のような港で止まった。

僕は少しワクワクしながら船から降りるが、どちらかと言えばネガティブな気分だ。登校したというより投降した気分。

今登っている階段も十三階段と思えるほどだ、理由があるタイプの希死念慮更に加速する。


「⋯⋯見た目も出鱈目だと思っていたけど、中身もそうだとは思わないでしょ」


古い電灯がチカチカと瞬きする階段を登ればそこにあるのは、まさかの病院の受付だった。

部屋は清潔な空気に包まれており、本来なら病人が集まっているのだろう。

だが今回は人っ子一人いない、なのですこし違和感というか、不気味というか。少し不思議な気分だ。

超現実的な景色とも言い換えられるだろう。


「さて何か情報は⋯⋯」


受付の近くにある掲示板を端から端まで見渡して、なにか有益そうな情報を見つけようとする。


だが唐突に、そして突然に。

人と人の出会いというのは予測できないもので。


「匿って!」


僕がいざ受付で情報を集めようと近づいた瞬間、隣を横切る人影があった。

一瞬だけ視界に写った彼女の容姿は黒色のセーラー服に肩に触れるほどの黒髪、唯一瞳と胸元のリボンだけは赤いが、まぁ端的に言えばまっくろくろすけだ。

その姿だけならただの女子高生だが、彼女の頭上にあるお盆のような円が異色を放っている。


一瞬で現れて、一瞬で受付の下に隠れた彼女は張り詰めたような表情で誰かに追われていた。

一体誰に追いかけられているのだろうかと考えたが、その問いの答え合わせは直ぐにできた。

再度、僕に話しかけてくる声があった。

ガラの悪い口調だった。


「おい、てめえさんよお」


僕が思わず振り向いたそこには、長身痩躯で姿勢の良い男がいた。

かっちりとした真っ白な軍隊のような長ラン、前面のチャックを一番上まで上げているのは本人の気質だろうか。

だがその生真面目そうな気質とは真反対の、巨大な十字架を彼は背負っていた。

彼は横暴な口調で僕に話しかける。


「てめえ見たことねぇ生徒だけど、名前は?」


「あ、えぇと、名前ね名前・・・・・・」


唐突に名前を聞かれたので思わず言い淀んでしまう。

別に名前を明かしてもいいが、ここで明かすと受付の下に隠れた彼女にも聞こえてしまうだろう。

それはすこし不本意だ、望み通りの展開ではない。

そうして僕が偽名を話そうかどうしようか悩んでいると、面倒くさくなったのかどうなのかは分からないが、彼は名前を聞くことを諦めたようだ。


「あー、まぁいいわてめえの名前は」


「助かるよ、僕は自己紹介と名乗ることが苦手でね」


「ところでよ、一つ聞きてえんだけどいいか?」


「ああうんいいよ?でも僕はこの学園に来たばかりだから君の望む答えが出せるとは限らないけど、それでもいいのならばどうぞ?」


「随分と冗長に喋るなぁてめえよぉ?まぁ単純に人探しでよぉ、黒色のセーラー服を着た赤目の女子生徒を知らねぇか?」


「⋯⋯⋯さあ?」


深い逡巡の後に僕はとぼけることに決めた。

ここで先程の黒セーラー少女を売ることもできるが、もし仮には売ったとしても僕には得がない。手に入るのもといえば善行をしたかもしれないという感覚だけだ。

だからといって黒セーラー少女を売らないのも、僕の得にはならない。

とは、行かない。


黒セーラー少女は追われていた、ということは追われるようなこと、もしくは秘密があるということでもある。と思う。

それ即ち、情報がほしい僕にとっては非常に得がある。

それが機密情報ならなおさらだ。


まあわかりやすく言い換えるのなら、『黒セーラー少女の味方をしたほうが面白そうだから』ということになるだろう。

もしくは『黒セーラー少女の見た目がドタイプだったから』でもいい。

思春期真っ盛りな高校生なんてそんなもんだ。


僕がそうやって言葉を有耶無耶にしてごまかすと、眼前の彼は少し頷いてから納得したかのように満足した。


「ふうん⋯へえ⋯そうかい、そうかい」


「ああ僕が庇っているとかそういうのを考えているのかい?それなら安心してよ、さっき言ったとおり僕がこの学園に来たのは本当に、本当にさっきなんだ。そんな生徒が君みたいな物騒な十字架を武器にした相手を敵に回すと思うかい?思わないだろう」


「おおすげぇな、よくこの十字架が俺の武器って分かったなぁ?」


「如何せん、僕はマンガとアニメが趣味だ」


マンガは世界に誇れる日本の文化だ。

日本人として発言しよう。


「俺もそう思うぜ、十字架を武器にしてるだなんてなかなか見ないけどよ」


「まぁそれはともかく、黒のセーラー少女を探しているんだろう?それならさっさと他のところを探したほうがいいんじゃないかい?僕はあっちから足音が聞こえたよ?」


そう言って僕は、先程十字架男がやってきたであろう通路の方向を指差す。

つい先刻、十字架男と黒セーラー少女の足音らしき異音が聞こえた方向だ。

嘘は言っていない。

誤魔化しているだけだ。


「⋯まぁそうだな、今度見つけたら教えてくれよ」


「ああうん、見つけたらね」


「はははっ!いいな、素直なやつは大好きだぜ?」


「僕も、君みたいなかっこいい武器を扱うキャラは大好きだよ」


巨大な十字架を背負った男子生徒の背中を僕は見送る。

去りゆく際に、彼は僕に質問した。


「ああそうそう、最後に一つ質問だけどよ――――」






「――――てめえは規則違反者か?」


「⋯⋯来たばかりの生徒がするものとは思えないね、少なくとも僕はそう思うよ」


「ははっ、だよなぁ?」


その言葉を最後に、名前も知らない彼は本当に去って行った。

そしてその背中が見えなくなったところで、受付の机の下に隠れた彼女に話しかける。


「⋯⋯もう行ったから、安心しなよ」


僕のその発言からしばらく間をおいて、先程の見事なまでのアクロバットを見せてくれた彼女は現れた。

先程見かけた姿と全く変わらない、頭上の真っ黒な円盤は幻覚のたぐいではないらしい。


「いやー助かったよ、私って足はやくないからさ」


「そりゃどうも、大変な鬼ごっこだったようだけれど大丈夫なのかい?」


「あっはは!風紀委員長の彼と鬼ごっこをするのは慣れっこなのさ」


なるほど、先程の人は風紀委員長なのか。

まぁ確かに規則違反者と話していたり、全身真っ白な制服だったり、言われてみれば風紀委員会らしさもある。

だがまぁ彼の持っている巨大な十字架は異色を放っていると思うが。


「ところで、聞きたいことがあるんだけど」


「ああ、自己紹介を忘れていたね」


⋯⋯聞きたいことはそっちではないのだが、まぁいいだろう。

名前を聞くことは大切だし、名乗ることも大切だ。


「―――孔空 空鳴あなぞら からなり、呼び方はご自由にね?」


「―――虚言廻しチェーンメール、それが一番好きな呼び方かな」


これから付き合っていくことになる少女とは、運命的とまでは言わないが喜劇的な出会い方をするのであった。

全く持って、人生とはままならないものである。


――――――――――――――――――――

あとがき

異能力バトルっていいですよね。

好き好き大好き。

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