第13話

「すまんが話をして良いか?」

「えぇ良いわよ。ごめんなさいね、騒がしくって」

「俺のせいじゃありません」

「へぇそう。そういうこと言うのね」

「わぁーすみませんでしたぁ!」


一旦落ち着いたかと思えばまた痴話喧嘩(?)が始まりそうになる。


「ミサキ」

「はい」


ミサキと呼ばれた狐面の女は鈴を1回鳴らす。


「…黙っておくわね」

「そうしてくれ」


お狐様がこちらを向いた。途端に体が緊張で震え始める。


「人間の身でありながら、よくぞここまで辿り着いたな」

「…助けてもらいましたから」

「もう1度問おう。本当に帰りたいのか?」

「帰りたいです」


もう1度って、会うのは初めてじゃないのか?けどその割には声に聞き覚えがありすぎる。


「そうか。しかし私はお前を帰したくないのだ。やはり連れ帰って閉じ込めてしまおうか?」

「え、いや…」


冗談ともつかない言葉だった。


「主様!」

「とは言ってもお前と約束してしまったからな。約束を破ることはできない」


なんかよく分からないし記憶ないけど過去の自分に心の底から感謝した。


「お前はここまで辿り着いた。故に私の名において帰る資格を与えよう。選べ。お前のいた世界はどれだ?」


3本の鳥居の方を示し、お狐様は僕を見た。


「え…?」


右の鳥居の先では、知り合いも家族も皆優しくて、誰もが僕を必要としてくれていた。

左の鳥居は逆に誰もいない。人間が1人もいなくて、文明という文明は滅びているようなそんな世界。

真ん中は何も変わらない。僕の知ってる世界だ。皆が自分のことに精一杯で、誰も他人のことなんて表面上でしか気にしてないような世界。


「どれを選ぶ?」


迷う必要なんてどこにもない。悩む要素が見つからない。


「真ん中を」

「なぜ?」

「僕がいたのはあの世界です」

「あんな世界に戻るのか?自らのことを1番とし、誰もが自分のことしか考えない、見ていないようなあの世界へ?」

「はい」


それを言うなら、僕が1番そうなんだろう。他人に興味なくて、でも認められたくて、けど人と関わるようなことはめんどくさいと感じるような僕は、それこそ自分勝手で自己中な人間の典型的な例だと思う。


「認められたいのだろう?ならば、我等でも良いではないか」

「それじゃ駄目なんですよ」


こんなめんどくさい僕をちょうど良いと言ってしまえるようなこの人たちでは。

たかだか飴の1粒で、気に入ったからといって2度も助けてくれるような人では。

何考えてるのか分からないと言われてばかりの僕の考えを読めてしまうような人では。


「そんなんじゃ僕の欲求は満たされないと思います」


矛盾している僕でも浮かないようなあの世界がいい。


「僕は他人からの信頼や感謝にしか興味ありません。誰かと深く関わりたくないです。浅く広く他人と関われていればいいんです」


親友とか友達とか仲間とか。そんな物には何の興味もない。必要ない。


「…そうか。我等にとっての心地良い距離は、お前にとってそうではないのだな」

「そうみたいですね。けど、皆さんのことも嫌いではないです。なんだか友達みたいに思えてしまって…」


ふ、とお狐様が笑った。


「人間が我等を友達だと?おかしなことを言う」


あはは、と声をあげて笑い続ける。


「しかしそういう人間なのだよな、お前は。私が気に入った人間なだけはある」


つられて僕も微笑んだ。本心だった。初めて、お礼を言われるためだけ以外でも関わりたいと思えた人たちだった。人ではなかったけど。

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