第12話

「最後に、質問していいかしら?」

「はい」

「あなたが誰かを助ける理由は何?」

「…それは」

「正直に答えてね。嘘は駄目よ。そういうの分かるんだから」


ひょっとこの男に忠告されたことだ。

正直に、己の心に従って。

この道を通ってきて、何となく気づき始めたことを。


「それは、ありがとうって言ってもらえると嬉しいからです」

「…そう。じゃああなたにとって、他人ってどんな存在?」

「僕のことを必要としてくれる存在です」

「あなたは他人を必要とする?」

「…どうなんでしょう」


分からない。


「正直に」

「…えーっと、上手く言えないんですけど、ありがとうって言われるとなんかこう、あぁ生きてるって感じがするというか…」

「ふぅん、そう思っていたのね。それって誰でもいいの?」

「そうですね。誰でもいいから言ってほしいです」

「なるほどなるほど」


僕を置いて、少女は歩き出した。1歩踏み出すごとに、少女の姿は少しずつ変化した。背も、肩までだった髪も伸びていく。


「狐があなたを気に入るわけだわ。要するにあなた、承認欲求が普通の人間よりあるのね?そのくせ他人に興味はない」

「…何が言いたいのか分からないんですけど」

「矛盾だらけのおかしな人間ってこと。他人からの『ありがとう』にしか興味がない変人。私たちからしたらそれくらいの距離が1番心地良いのだけどね」


矛盾。

そうか、僕は矛盾していたのか。


もう少女とは言えないほど背が伸びた女はふいと空を仰ぎ呟く。


「そろそろかしら」

「何がですか?」

「最後の試練ってとこかしら。皆が揃うわ」


女が言い終わると同時に風が吹き抜け、いつの間にか3人がその場に立っていた。


「久しぶりね、狐」

「あぁ、本当にな。人間がここまで辿り着くことなどないと思っていたが、そなたが手を貸したか」


真ん中に立っていた、美しい着物を着て、9本の尻尾が生えている女が口を開いた。


「何百年振りに呼び出されたかと思えば…」

「あら、私は受けた恩を返しただけよ?」


この声、聞き覚えがある。それも1度や2度ではない。


「主様、積もる話は後ほどごゆっくりなさいませ」

「…あっ」


1番最初に会った狐面の女だった。眷属というやつだろうか。思わず声が出てしまって目が合うと、小さく会釈をされた。


「そうだな。まずは人間とのことを終わらせようかの」

「そうしてちょうだい。あなたはこっちへ」


声をかけられたひょっとこの男は肩をすくめた。


「勝手に呼んだのは主でしょうが。全く、俺はちゃんと仕事してたってのに…」

「…お仕置きするわよ」

「すいませーん」


全く謝る気のない声で男は謝る。眷属というのはやはりひょっとこの男だったようで、ひらひらと手を振られて振り返した。


「あら、あなたまた面なんてしてたの?私の加護の付いた布あげたでしょう」

「えっ」

「いいじゃないですか、面の方が好きなんですよ」


懐から布を取り出して、男は面布を付けた。


「えっ…」

「悪いな、騙す気はなかったんだ。面の方が好きなのも本当」

「体溶けるの速くなるって…」

「それもあってちょっとばかし多めにお礼したろ」


面布とお面の違いが何かは分からないけど、それでも面布を付けている人の方がやばいのは分かる。


「つーかあんた、せっかく忠告してやったのに、うちの主に絡まれてるってことはまーた余計なお節介を?」

「絡まれるとは何だ?」

「いやえーっと、言葉の綾っていうか何ていうか…」


にこにこと笑いながら女はパン、と手を叩いた。


「うおぁっ⁉︎痛ってーなぁ、悪かったって!」

「それが主に対する言葉遣いか?もう1度くらいお仕置きしとこうか」

「うわ待って待って、待ってください!すみませんでした!」


女が手を叩いた瞬間、男はまるで殴られたように膝から崩れ落ちた。


「ちょっと主!本性出てんじゃないですか」

「うるさいわね、どちらも本当の私よ。あなたが苛つかせるようなこと言うからじゃない」

「俺のせいっすか…」

「お仕置きで済ませてあげたんだから感謝してほしいくらいだわ」


…とりあえず黙っておこう。人間の僕にはついていけない。

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